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光のもとでⅠ 第三章 恋の入り口  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
31/46

03~06 Side Tsukasa 01話

 球技大会が終わったかと思えば次のイベントへ向けて忙しくなる。

 しばらくはイベントとテストが交互にあるな……。

 思いながら、視線がうるさいテラスを突っ切り図書棟へと急ぐ。

 今回はいったい何枚の写真をプリントアウトすることになるのか……。

 膨大な枚数を予想すればため息も出る。

 ロックを解除して図書室に入るも、メンバーはまだ誰も来ていなかった。

「コーヒーでも淹れに行くか……」

 どちらにせよノートパソコンを借りに行かないことには仕事を始められない。

 そう思い、秋兄の仕事部屋へと通じるドアの前に立った。

 インターホンを押し、名前を告げればロックが解除される。いつものように室内へ足を踏み入れると、いつもとは異なる光景があった。 

 手前の応接セットに問題集を広げる翠がいる。

「翠はキャンプ不参加か……」

「はい」

 長い髪がクッションの上できれいにまとまっていた。

 別段、そうなるように座ったわけではなさそうだが、傷んでいない翠の髪は毛先までしなやかにまとまる。

「先輩は……? 今日は部活じゃないんですか?」

「しばらくは生徒会が忙しいからこっち優先」

 部屋を横切り、突き当たりにある簡易キッチンへ行くとカップとコーヒーを手に取った。

 ここにあるコーヒーはインスタントとはいえど、挽いた豆をフィルターにかけて淹れるドリップタイプのもので意外と美味しい。家でサイフォンを使う秋兄ならではの職場での拘りというやつだろう。

 そんなこだわりはあるくせに、普段の食生活は褒められたものじゃない。コーヒーより食生活に気を使えと何度か言ったことがあるものの、それが改善されたためしはない。

「秋兄、そこのパソコン二台向こうに持っていくけどいい?」

「あぁ、いいよ。そっか、もうそんな時期か。あとで俺にも見せてね」

「どうぞご自由に」

 クッションに座る翠は不思議そうにやり取りを聞いていた。

 疑問に思うと右に首を傾げるのは翠の癖だろうか。

「気になる?」

 訊いてみると、

「はい、少し……」

 と、顔をもとの位置に戻す。

「先日の球技大会のときの写真。あれが一斉に生徒会のメアドに送られてくる。それを千枚までに絞るのが今回の仕事。しばらくはひたすらプリントアウト。選りすぐったものを広報委員と食道に展示する」

 言うと、何か心当たりがあるような顔をした。

 外部生の翠は学校行事のほとんどを知らない。

 何か心当たりがあるとすれば、簾条あたりからもたらされた情報に違いない。

 そして、今抱えている仕事のひとつは翠に関わるものだった。

 球技大会ではさほど生徒会の仕事は多くない。

 基本は集計作業をしている人間たちをまとめ、各試合が滞りなく行われているかの確認をする程度。

 しかし、昨日は違った。

 簾条が厄介なことを言い出すからだ。……というよりは、集計をしていた簾条と佐野の話を聞いてしまったから、と言うべきか――。




 視聴覚室の片隅で、

「なぁ、さっきからすげー気になってるんだけど……」

 短距離走の特待枠で入ってきた稀有な人物、佐野明が簾条に声をかけた。

「御園生、かなり写真撮られてるっぽいけど、あれ大丈夫なんかね?」

「佐野も外部生だから知らないのね」

「何を?」

「この球技大会のあと、校内展示っていう副産物のようなお祭り騒ぎがあるのよ。写真はそのときに使われるの」

「何それ」

 佐野が集計の手を止め簾条を見ると、

「話はしてもかまわない。でも、手と頭は動かしてくれる?」

 隙のない笑顔で相手を萎縮させる。

「すんません……。で、それ、なんなの?」

「まぁ、人気投票みたいなものね、 相当数の写真データが生徒会所有のメールアドレスに送られてきて、それを食堂に張り出して人気投票するの。見事トップに選ばれた男子と女子は王子と姫って呼ばれて文化祭で何かやらないといけないのよ。……あぁ、いい気味。あの男、しばらくは送られてくる写真に忙殺されるわよ」

 クスクスと笑う。

 簾条があの男と呼ぶのは俺くらいなものだろう。

 話に割って入りたいのは山々。だが、もう少し先を聞くことにした。

 簾条が副産物祭りを知っていて何も手を打っていないとは思えない。

「要は、それに応募するための写真ってこと?」

「そんなところね。一応打てる手は打ってきたつもりだけれど……」

「御園生全然気づいてないから警戒も何もしてなかったけど?」

「撮られること自体は防ぎようがないわ。だから、撮った人間の写真は押さえておくようにクラスにデジカメ渡してきてる。佐野も、現行犯見つけたらとっとと捕まえて念書押し付けといてね。はい、これ」

 すでに製作済みらしい用紙を佐野に押し付けた。

「……それ、なんなら俺も手を貸すけど」

 そんなふうに途中から会話に加わったのがそもそもの発端。

 簾条とは中等部の生徒会で一緒だった。仕事をやらせればこちらが要求したもの以上のことをやってのける。非常にいい手足だったわけだが、高等部では生徒会の打診を蹴るためにクラス委員になったという。

「あら、藤宮先輩ごきげんよう」

 なんでここにいるのかがわからない。そんな目で見られた。

「今の話、翠の件だろ。どっちにしろ茜先輩の念書も委任される。なら、その念書を預かるくらいなんてことはない」

「ふーん……」

 今度は集計の手を止めて俺を見た。

「じゃぁ、これ」

 と、翠の写真を撮った人間のデータが入っているであろう、メモリカードと念書の用紙をセットで渡された。

「センパイは自主的にお手伝いいただけるんですよね。もちろん無報酬で」

 何を言われているのかと思えば、

「もうすでに大半は押さえにかかっています。全クラス委員のご協力を得ましたので。あとはこの集計の山を片付けて念書の回収に回るのみです」

 渡された用紙はすでに記入済みのものだった。

「私たち、当分集計から手が放せないので、回収に回っていただけますか? 先輩が校内を歩けば全校女子生徒が喜びますし、男子で歯向かう人間もいないでしょうから?」

 どちらにせよ翠が絡むものだ。どこで動いてもかまわないが、簾条に指図されるのだけはいささか気に食わない。それにこのお祭り騒ぎの校内を歩きまわるなど、冗談にもほどがある。

「簾条や佐野よりも俺のほうが集計は速い。なら、スプリンターに走りまわってもらうほうが回収率は上がるんじゃないか?」

 佐野は驚愕の表情をすぐに改めた。

「確かに、俺集計するの遅いし、簾条が悪徳政治家張りに裏取引してくるからこんなに溜まってるし……。効率が上がるならいかようにも動きますが?」

 殊勝なことだ。

「じゃ、今から二時間で半分は回収してこい。その間にこの山は粗方片付けておく」

「マジですかっ!? かなり分量ありますよ?」

「……どっちの話だ? 念書か集計か」

「その集計の山っすけど……」

 テーブルに散乱しているプリント用紙には全球技種目の勝ち負けや得点を記したものが点在している。

 クラス委員を買収するために仕事を引き受けたというところだろう。

 簾条もよくやる……。

「たいした分量じゃない。それより、大会が終われば生徒は帰る。すぐに行け」

 言うと、佐野は走り出した。


 集計を黙々とこなす簾条を見て、

「簾条、集計速度下がったんじゃないか? もっとピッチ上げろ」

 簾条は手を止めることはない。が、「何様のつもりよっ」という視線を向けてくる。

 女帝なんて言われているようだが、姉さんと比べればかわいいものだ。

 否、かわいげなど微塵もないが。

 "かわいい"というなら翠だろうか。いや、かわいいというわけではなく、見つけたら保護しなくてはいけない気がする奇妙な生き物。

 女は苦手だ。でもあれは何か別の生き物に思える。

 とても珍妙な生き物――。




 そして今、その珍妙な生き物が写る写真が大量に目の前にある。

 翠がいたるところで無防備に笑顔を晒したせいで、最悪を極めるデータが生徒会に寄せられていた。

 なんだこのバカみたいな枚数……。いったい何人に写真撮られてたんだ阿呆……。無防備にもほどがあるだろ。

 文句を言おうと思えばいくらでも言える気がする。

 普段、警戒しなくていい場で警戒するくせに――。

 届いたデータを次々とプリントアウトし、念書の最終確認をしているところ、カウンター内のドアが開き、翠がカメラを片手に出てきた。

 最初にドアから頭だけをひょっこり出してこちらをうかがい見る。そんな動作が小動物っぽい。

「あれー? 翠葉ちゃん、どうして? 今日から一年ってキャンプでしょう?」

 気づいた会長がいち早く声をかけた。

 会長の動体視力は大したもので、物が動けばすぐに反応する。

 翠はカウンターの中でなんと答えようか思案中。途中、俺の視線に気づいたのか、チラ、とこちらに視線をよこす。

「……体調があまり良くないので不参加なんです」

 また端的な答えを……。生徒会に入れば嫌でも知られることになるし、すでにここにある写真が物語っているも同然なのに。

 翠が写っている写真はすべて観覧席だ。これだけ撮られているにも関わらず、一枚として試合中の写真がない。

 どこで墓穴を掘ったことに気づくんだか……。

 見てられなくて視線を窓の外へ移した。

「大丈夫なの?」

 嵐が訊くと、

「はい。普通に過ごしている分には問題ないので……」

 少し上ずった声で答える。きっと下手な笑顔でも貼り付けているのだろう。

 嘘がつけないのならもう少しうまくごまかすことを覚えればいいものを。

 そこへ、

「……翠葉ちゃん、言いたくないときは言いたくないでいいと思うよ?」

 茜先輩が口を挟んだ。

 この人は人の感情にとても敏感だ。それだけ自身も繊細なのだろう。そのうえ、場の収拾をすることにも長けている。

 少し気になって翠に視線を戻すと、なんとも不安そうな顔をしていた。

「翠葉ちゃんってさ、体育がいつもレポートでしょう? 球技大会にも出てなかったし」

 優太が手に持った写真を見ながら声をかけると、目に見えて「どうしよう」という顔をした。

 嘘も隠し事も下手。それでも、そのルートを選ぶくらいには人に知られたくないのだろう。

 まぁ、あれだけ渋られたものをすんなりとほかの人間に話されるのも面白くはないけれど……。

「……あの、私、運動ができないんです。だから、不参加で……」

 目を瞑ってのカミングアウト。

 それに対するメンバーは、「そうなんだ」「なるほど」「それは大変ね」と声を発する。そして、

「はい、そこまで!」

 茜先輩がその場を取り仕切った。

「翠葉ちゃん、言いたくないことは言わなくてもいいの。ね?」

 翠はびっくりした顔で茜先輩を見ていた。

「……ありがとうございます」

 とは答えたものの、これ以上何か訊かれないかを危惧している様子。

 まるで外敵に怯える小動物そのもの。……だから、保護したくなる。

「うん。ところで、これ見る?」

 次々とプリントアウトされる写真を茜先輩が翠に見せた。

「翠葉ちゃんの写真、たくさん届いてるよ」

 優太が手に持っているものを翠に見せるとピタリと動作が固まった。

「あはは、固まってる固まってる! 因みにその寝顔、俺が撮ったんだ」

 会長が笑顔で近寄り、

「それ、かわいく撮れてますよねー? さすが写真部部長!」

 嵐がその写真を優太の手から奪った。 

 寝顔――それはきっと少し前に俺がプリントアウトしたもの。

 本来はピンはねに該当する写真だったが、うっかり私情を挟んだ。

 ……いいな、と思ったんだ。無防備に、光のもとで気持ち良さそうに寝る表情が。

 普段はめったに見ることができない表情だったから余計に……。

 未だ放心状態の翠の両脇には茜先輩と嵐がついていた。

「翠葉ちゃん、大丈夫よ。翠葉ちゃんの写真を撮った生徒からは念書をもらってるから。絶対に悪用されることはないわ」

「そうそう、今回は茜先輩と翠葉ちゃんの念書を委任されてるからね」

 茜先輩と嵐の言葉に、「ねん、しょ……?」と翠の口が動く。

「毎年あり得ない枚数があがってくるんだけど、あまりにも特定の人間の枚数が多いときは念書書かせて悪用できないようにしてるんだ。対象は女の子に限り、だけどね。で、それが今回は茜と翠葉ちゃん。ま、茜は一年のときから毎回なんだけどさ」

 翠は会長の説明に目を白黒とさせる。

 この制度はきちんと履行されるし、全校生徒にも浸透している。だから、そんな怯えた顔をしなくても大丈夫だ。

「ほら、私もいっぱい写ってるでしょう?」

 茜先輩が自分が写っている写真を見せても翠の不安は拭えないよう。

「そこ、ダンボールの中見てみたら?」

 堪えかねて口を挟んだ。

 翠は俺を見てからカウンター内のダンボールまで移動する。と、その中に入っている用紙を見てポカンと口を開けた。

 よくもまぁそこまで表情がコロコロ変わるものだと感心する。

「これ、ちゃんと履行されるから大丈夫よ」

 茜先輩が声をかけても何をしても、翠はしばらくその場から動かなかった。

 こうやって見てる分にはこんなにも無防備極まりないのに、人と接するときには急に警戒包囲網をめぐらせる。本人無自覚なのがまた救えない。

 この奇妙な生き物――体のことも不可思議な思考回路も相まって、どうも目が放せない。

 気にかかる存在――それは認めざるを得ないようだ。

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