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光のもとでⅠ 第三章 恋の入り口  作者: 葉野りるは
本編
3/46

03話

 午後も午前と変わらず数学の課題に取り組む。

 秋斗さんの電話は切ったかと思えばまた鳴るしで忙しそう。

 忙しいというよりは、さっきから電話に出る度に同じようなことを繰り返し話していて、相当機嫌がよろしくない模様。

 確かに、あれだけ同じことを話させられたら不機嫌にもなるだろう。

 そのくらい、何度も同じやり取りをしていた。

「いい加減にしてもらえませんか? 私がその会議に出る必要性を全く感じないのですが。むしろ、時間の無駄かと……。――それは会社都合ではなくあなたの都合でしょう。一度切らせてください」

 そう言うと携帯を切り、間を置くことなくどこかへ電話をかけ始めた。

「蔵元、佐々木専務どうにかして。午前から携帯が鳴りっぱなしで仕事にならない。これが続くならこの携帯解約するけど? ――困るなら蔵元がどうにかしろ。そもそも必要のない会議なんてさせるな。時間と経費の無駄だ。今回は会議がおまけで目的は見合いだろ? ――あぁ、そのデータなら九割方終わってる。夕方にはデータを転送できるから安心していい。――はいはい、だから俺に仕事してほしかったら電話鳴らすな、OK?」

 相当イライラしているのか口調も荒い。普段、私の前にいる秋斗さんとは別人みたい。

 初めて自分のことを"俺"と言うのを耳にした。

 しかも、お見合いって……?

 私の視線に気づいた秋斗さんが、「ごめんね」と苦笑した。

 私はブンブンと首を横に振る。

「こういうことは珍しくないんだけどさ、仕事に乗じて見合い話がついてきたりするんだ」

 声の調子がいつもの秋斗さんに戻っていて、なんとなくほっとしてしまう。

 そういえば、栞さんが言っていたっけ……?

 二十歳を超えると見合い話が来るようになるって。

「……大変なんですね」

 これ以外の言葉が思いつかなかった。

「そうなんだ。だから翠葉ちゃん、僕のお嫁さんにならない?」

 こういうふうに話を振るのは秋斗さんの癖なんだろうな。それに対し、少しだけ慣れてきた自分がいる。

「お嫁さん探しはちゃんとしたほうがいいと思いますよ?」

 にこりと笑顔を向けると、

「うまくかわすようになったね」

 と、笑われた。

 そのあとは電話が鳴ることもなく、とても静かな時間が過ぎた。

 秋斗さんもやっと自分の仕事に手をつけられるといった感じで、さっきよりもタイピングのスピードが上がっている。

 パソコンを三台起動して、あっちこっちのモニターを見ながらの作業。

 すごいなぁ、と時々視線を向けていた。

 ちゃんと社会人。

 変だけどそれが感想。


 私の課題も粗方終わりに近づいていた。

 これなら明日は一日未履修分野の課題に充てられる。

 七限目終了のチャイムが鳴り、思い切り伸びをする。

 終わった! 数学の問題集制覇っ!

 ピアノやハープの曲を弾けるようになったときにも感じるけれど、こういう達成感が意外と好き。

 問題集が一冊終わると、「疲れたな」というよりは達成感で清々しいくらい。

「もしかして、それ一冊終わっちゃったの?」

 秋斗さんに訊かれ、

「合ってるかはわかりませんけど、とりあえず全部終わりました」

「本当に計算速いんだね」

 と、問題集を後ろからパラパラとめくる。

 秋斗さんの提案でティータイムにすることになった。

 頂きもの、というケーキをお茶菓子にハーブティを飲む。すると、インターホンが鳴った。

 秋斗さんはパソコンのモニターを見る。

 きっとカメラ内臓のインターホンはあのパソコンに映し出されるように設定してあるのだろう。

 ロックが解除され、入ってきた人は藤宮先輩だった。

「翠はキャンプ不参加か……」

「はい。先輩は……? 今日は部活じゃないんですか?」

「しばらくは生徒会が忙しいからこっち優先」

 先輩は部屋を横切りカップボードの前でコーヒーを淹れ始める。

 生徒会の仕事……ということは、里見先輩たちも来るのかな?

「秋兄、そこのパソコン二台向こうに持っていくけどいい?」

「あぁ、いいよ。そっか、もうそんな時期か。あとで俺にも見せてね」

「どうぞご自由に」

 なんの話かと思っていると、「気になる?」と藤宮先輩に訊かれた。

「はい、少し……」

「先日の球技大会のときの写真。あれが一斉に生徒会のメアドに送られてくる。それを千枚までに絞るのが今回の仕事。しばらくはひたすらプリントアウト。選りすぐったものを広報委員と一緒に食道に展示準備」

 あ、桃華さんが話していた校内展示――。

 先輩はコーヒーを半分ほど飲むと、カップはそのままにパソコンを持って隣の部屋へ移動した。

「さて、翠葉ちゃんはこのあとどうするの? 蒼樹はまだ大学でしょ? ここにいても全然問題ないけど?」

「今日は写真部の活動日なので、外へ写真を撮りに行ってきます」

「了解。今日は暑いみたいだから気をつけるんだよ」

 注意を促されて仕事部屋を出た。


 図書室にはすでに生徒会メンバーが集っていた。

「あれー? 翠葉ちゃん、どうして? 今日から一年ってキャンプでしょう?」

 加納先輩に訊かれてなんて答えようか言葉を探す。

 答えられずにいると、窓際から視線を感じた。

 きっと藤宮先輩……。

「……体調があまり良くないので不参加なんです」

 答えたあと、気になって藤宮先輩を盗み見た。

 すると、こちらを見ていた視線は窓の外へと向けられていた。

 これはどう取るべきだろう……。

 先輩、模範解答は何だったでしょう……?

「大丈夫なの?」

 荒川先輩に訊かれ、

「はい。普通に過ごしている分には問題ないので……」

 嘘をついているわけじゃない。でも、嘘すれすれのラインを歩いている気がして心苦しい。

「……翠葉ちゃん、言いたくないときは言いたくないでいいと思うよ?」

 里見先輩の言葉にびっくりした。

 もしかしたら、表情に何か出ていたのかもしれない。

 嘘はつけなくてもいい。でも、せめて隠しごとはできるようになりたいかも……。

「翠葉ちゃんってさ、体育がいつもレポートでしょう? 球技大会にも出てなかったし」

 春日先輩が手に持っている写真を見ながら訊いてくる。

 そして、その場に広げられている写真を見て思った。

 私、もしかしたらすでにごまかしようがないほど墓穴を掘っているのかも……。

「……あの、私、運動ができないんです。だから、不参加で……」

 目を瞑って言うと、「そうなんだ」「なるほど」「それは大変ね」なんて言葉が聞こえてきた。

「はい、そこまで!」

 里見先輩の声に目を開けると、にこりと笑ってこちらに歩いてきた。

「翠葉ちゃん、言いたくないことは言わなくてもいいの。ね?」

「……ありがとうございます」

「うん。ところで、これ見る?」

 プリントアウトされた写真を何枚も手に持っていた。

「翠葉ちゃんの写真、たくさん届いてるよ」

 え……?

 見せられた写真はカメラ目線のものがひとつもなく、ほとんどが応援席にいるものばかりだった。

 その中の一枚は私がテラスで風にあたっていたときのもので、ほぼ寝顔同然。

 こんなの、いつ撮られていたのっ!?

「あはは、固まってる固まってる! 因みにその寝顔、俺が撮ったんだ」

 と、加納先輩が自慢げに話した。

「それ、かわいく撮れてますよねー? さすが写真部部長!」

 荒川先輩がその写真を春日先輩の手から奪っていく。

 パソコン二台につながれたプリンターはたくさんの写真を吐き出していく。

 それは、本当にあり得ない枚数を。

 それに忙殺されると言った藤宮先輩の言葉は過言ではなさそうだ。

 とりあえず、なんで自分がこんなに写されているのかを誰かに訊きたい。

 あまりにもびっくりして腰が抜けた。

「翠葉ちゃん、大丈夫よ。翠葉ちゃんの写真を撮った生徒からは念書をもらってるから。絶対に悪用されることはないわ」

「そうそう、今回は茜先輩と翠葉ちゃんの念書を委任されてるからね」

 と、里見先輩とは反対側に荒川先輩が座り込む。

「ねん、しょ……?」

 あ……桃華さんと佐野くんが言っていたもの?

「毎年あり得ない枚数が上がってくるんだけど、あまりにも特定の人間の枚数が多いときは念書書かせて悪用できないようにしてるんだ。対象は女の子に限り、だけどね」

 加納先輩が説明してくれた。

「で、それが今回は茜と翠葉ちゃん。ま、茜は一年のときから毎回なんだけどさ」

 と、付け足す。

「ほら、私もいっぱい写ってるでしょう?」

 と、自分が写っている写真を里見先輩が見せてくれた。

 そこにはかわいい里見先輩がたくさん写っていた。

「そこ、ダンボールの中見てみたら?」

 藤宮先輩に言われて、カウンター内に置かれたふたつのダンボールを見ると、紙が無造作に入れられていた。

 その内の一枚を手に取ると……。



――――――――――――――――――――――――――――――――――


念書



御園生翠葉様


私、○年○組○○○○は、このデータを二次配布、ネットへの流出等悪用いたしません。

問題を起こした際には停学処分を謹んでお受けることをここに約束いたします。


○年○月○日  ○年○組 ○○○○○


――――――――――――――――――――――――――――――――――



 ちゃんとした念書だった。

 隣の箱には「里見茜様」という名前で同様の念書が入っている。

「これ、ちゃんと履行されるから大丈夫よ」

 と、里見先輩に言われる。

 すごい……。

 私は開いた口が塞がらなかった。

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