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光のもとでⅠ 第三章 恋の入り口  作者: 葉野りるは
本編
26/46

26話

 海斗くんや司先輩と一緒に勉強したのはあの日のみ。それ以降はずっと栞さん宅の客間に篭って勉強をしている。

 残りが暗記物ということもあり、人と一緒に勉強するようなものではないのだ。それに、ものを覚える際にはひとり言よろしくブツブツ呟いてしまうので、周りに人がいるとやりづらい……。

 それでも集中してしまえば気にはならなくなるのだけれど、今度は逆に人の声すら耳に入らなくなるので、それはそれで申し訳なく――結果、ひとりで勉強をしている。

 夕飯時には栞さんが部屋まで迎えに来てくれる。気づかないものならくすぐり攻撃など手を変え品を変え仕掛けてくる。それを見て呆れている湊先生と司先輩の表情がユニゾンになっていてなんとも言えない気持ちになるのだけど……。

「勉強の進み具合は?」

 司先輩に訊かれ、

「なんとか、ですかね」

 苦笑いを貼り付けて答えると、テーブルに近づき問題集を手に取った。

「これ、明日の科目にないけど?」

「……一年の時間割まで覚えてるんですか?」

「海斗の勉強を見てれば嫌でも覚える」

 なるほど……。

「それは未履修分野のテスト対策です」

「中間考査の間に受けるって言ってたの実行するの?」

「はい」

「マジでっ!? 俺、四教科ずつでも厳しいって言うのにっ」

 海斗くんまでもが問題集に手を伸ばす。

「……翠、参考までに訊きたいんだけど、明日何教科受けるつもり?」

 司先輩の表情が少し強張る。

「午前四教科の中間考査と、午後に八教科の予定です。でも、三時間しか取れないって先生に言われてるので、実際には何教科終えられるかはわからないんですけど」

 答えると、海斗くんが持っていた問題集をバサバサと落とした。

「え? 何? 中間考査のあと三時間で八教科っ!? それなんの話?」

「えっと……明日受けるテスト科目の話だったと思うんだけど……」

 違ったかな……?

「それ、一教科二十二分の換算だけど?」

 司先輩が驚いていた。

 私は珍しいものを見られた気になっていた。

「先生にもそう言われました」

「マジでっ!?」

 海斗くんの大声に、若干身を竦める。

「ダメ、かな?」

 すると、くつくつと笑う蒼兄の声が降ってきた。

「翠葉のことだ。どうせ理系を最初に持ってきてるんだろ?」

「それはもう……。最後に日本史と公民を入れてるから、問題を読む時間が取れなかったらアウトかな?」

「ま、やれるところまでやっておいで」

「うん」

「ちょっとタンマっ! 蒼樹さん、なんでそんなに普通なの?」

 海斗くんが訊くと、

「だって俺の妹だから」

 と、満面の笑みで答えた。

 司先輩がようやく口を開き、

「……結果、大いに楽しみにしてるから」

 と、客間を出ていった。


 夕飯の席でも試験の話題は上がる。そして、私が受ける未履修分野のテストへも飛び火する。

「翠葉ちゃん、かなりチャレンジャーだね? 自信の程は?」

 訊いてきたのは静さんだった。

「とりあえずは小手調べというか……。どちらにせよ九十点以上取らないとパスできないので……。嫌なものは早く終わらせたいんです」

 肩を竦めて答えるも、隣に座っている湊先生からは「信じられない」という視線を注がれる。

「これで八教科パスしたら前代未聞よ?」

 そんな言葉は見舞わないでください……。そもそもパスできると確信しているわけでも自信があるわけでもないのだ。

 願わくば、

「これ以上プレッシャーをかけないでください……」

 こんなことなら誰にも話さなければ良かった……。

「じゃぁ、明日と明後日もいつもどおりお弁当が必要なのね?」

 栞さんに確認され、

「あ、はい。言うのが遅くなってしまってごめんなさい」

「大丈夫よ。毎晩この食卓ですからね。食材は多めに買ってあるの」

 そう言うと、明日のお弁当の下ごしらえをしにキッチンへと戻っていった。

 ここ数日、六時から夕飯を食べ始め、八時頃まではみんなで食べたり話したり、という日々を送っている。

 みんな、このフロアのそれぞれの家に帰ってはいくのだけど、日が落ちてからみんなでご飯を食べるということに慣れていない私は、集団合宿のような感覚になっていた。

 それも、あと三日で終わる。

 月曜日火曜日水曜日の試験が終われば、そのあとは全国模試に備えなければいけない。

 どこまで行ってもテストが付きまとう。けれど、全国模試が終われば陸上競技大会というイベントが待っている。

 嫌なことばかりじゃない。楽しみなことも待ってる。だから、今は目の前にあることをがんばろう……。



 * * *



 テスト当日――さすがにクラスで雑談をしている人の姿はない。

 みんながみんなライバルであり、同士でもある。

 緊張に満ちた空間だけれども、どうしてか、その緊張がとても質のいいものに思えた。

 心臓が縮みあがりそうな緊張とは違い、自己の能力を発揮するのに適度な緊張というか……。

 テストというものが自分を見定められるためのものではなく、自分の力を試すもの。みんながそう捉えているからこその"緊張感"な気がした。

 これが"試合"というなら、"好戦的"という言葉がしっくりくる。

 今日のテストはさほど気に病むものはない。

 英語は苦手だけれど、オーラルコミュニケーションは半分がリスニングだからだ。

 昔から、なぜか筆記よりもリスニングのほうが得意だった。

 現国も数学も、見直す時間までしっかり取れたので、とんでもない思い違いをしていない限りはいい点数が取れるはず。

 帰りのホームルームが始まる前に川岸先生に呼ばれた。

「午後のテストの件だが……。御園生、八教科って本当に大丈夫なのか? 刈谷先生から聞いてなんの話か一瞬わからなかったぞ」

「……スミマセン。でも、とりあえずはできるところまでやってみようかな、と……」

「ま、がんばれや。場所なんだが、職員室から近いというのもあって図書室になった。一時半スタートだから遅れるなよ」

「はい。ありがとうございます」

 そのあと、短いホームルームが終わると桃華さんに声をかけられた。

「今日も海斗と帰るの?」

「ううん。今日は午後に未履修分野のテスト受けるから、午後からまたテスト」

「……ずいぶんとハードスケジュールね」

「んー……でも、早く終わらせたいの」

 そんな話をしていると、前から海斗くんが話しに加わる。

「翠葉、このあと三時間で八教科終わらせるつもりなんだぜ」

「ちょっ、海斗くん、言わないでっ! パスできるかもわからないんだからっ」

 止めたときには遅かった。

 周りにいるクラスメイトの目が点になっている。

「もう……秘密にしててほしかったのに……」

 ブツブツ文句を口にすると、

「御園生、マジ?」

 佐野くんが訊いてくる。

「……一応、本当。でも、小手調べみたいなものだから、ね?」

「とか言って……御園生はさらりとパスしそうだから怖ええ……」

「佐野くん……その人外を見るような目はちょっと……」

 そういえば、いつも一番に騒ぐ飛鳥ちゃんがおとなしい。

 隣の席に目をやると、死んだ魚の目をした飛鳥ちゃんがいた。漫画風に言うなら、口から魂が出ていっちゃってる感じ。

「飛鳥ちゃん、大丈夫?」

 声をかけると、

「数学数学数学数学……やばいかもおおおおっっっ。七十点以下だったらどうしよう――」

 頭を抱えてしまう始末だ。

「飛鳥っ、終わったことは仕方がないからな? 明日の科目だ、明日の科目っ!」

 海斗くんが慣れたようになだめる。

 もしかしたら毎回のことなのかもしれない。

 ……私にとっての古典とか世界史かな?

 思いながら、

「私、このあともテストだから、また明日ね」

 と、珍しくみんなよりも先に教室を出た。

 時刻はまだ十二時半。テストまでは一時間ある。

 お弁当、どこで食べようかな。

 テラスに出たけど誰もいなかった。

「それもそっか……。テスト期間中だものね」

 天気も良かったことからテラスで食べることにした。

 けれど、椅子に座って観念する。

「風、強すぎ……」

 座ったままちょっと呆然としてしまう。

 髪の毛がぐちゃぐちゃになるくらいの強い風。手で押さえても押さえてもキリがない。挙句の果てには口に入るは目に入るは、手がつけられない。

 これで桜香苑なんて行ったらもっとひどい目にあっただろう。あそこには風を遮るものが何もないのだから。

 そういえば、食堂は……?

 後ろを振り向いて撃沈。

『テスト期間中につき休業』らしい。

 途方に暮れていると、白衣が目に入った。

「翠葉ちゃん、久しぶり。……と言っても四日ぶりだけどね」

 そこに立っていたのは秋斗さんだった。

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