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光のもとでⅠ 第三章 恋の入り口  作者: 葉野りるは
本編
22/46

22話

「あの……秋斗さんはどうして"俺"と"僕"を使い分けてるんですか?」

 そう訊いたとき、図書室の入り口が開いた。

 先に私を中へ入れると、

「それは、自分を抑制するため、かな……」

「なんですか、それ……」

 カウンターへ歩きながら訊く。

「いや、翠葉ちゃん相手には"僕"であるほうが、翠葉ちゃんがいいと思ってね。もし、翠葉ちゃんがかまわないなら"俺"にするけど……どうする?」

 怪しい光が目に灯る。

 気分的にはライフカードの選択を迫られている気分なわけで……。

 テーブルでカウンター寄りに座っていた春日先輩がこちらを振り向いた。

「秋斗先生、なんつー会話してんですか」

 いつものように明るく会話に混ざってきた春日先輩に、

「何って、そういう話」

 と、なんでもないことのように答える。

「それってつまり……」

「ん? 俺ね、今、翠葉ちゃん口説き中だから邪魔しないでね」

 にこりと笑って答えると、私はカウンターの奥へと追いやられた。

 秋斗さんの言葉にもびっくりしたけれど、春日先輩が気になって後ろを振り返ると、

「マジでっ!?」という顔をしていた。

 そうこうしている間に仕事部屋のロックが解除され、中へ連行されてしまう。

 春日先輩はどう思っただろう。……というよりは、あの場にいたメンバー全員に聞かれてしまったのではないだろうか。

 ダイニングスツールに掛けた秋斗さんに、

「嫌だった?」

「……何が、ですか?」

「あそこにいたメンバーに知られるの」

「嫌、というよりは恥かしくて……」

 視線は床に落ちてしまう。

「ごめんね? でも、翠葉ちゃんの周りにいる男どもは一応牽制しておかないとね」

 と、にこりと笑う。

 きっと何を言っても無駄だろう。秋斗さんが行動を改めるとは思えない。

「あのね、僕に好かれるのは開き直ったほうがいいと思うよ?」

 そう本人が言うのだから間違いない。

「開き直れるように努力します……」

 答えれば笑われてしまうのだからたまらない。

「あまり笑うと篭りますよっ!?」

 少し睨んでみると、効果はあったようななかったような……。

「笑わないしいじめないから、そこにいて」

 微笑むと、何事もなかったように仕事を始めてしまった。

 一度集中してしまえばとくに何を意識することもなく、暗記科目に時間を費やすことができた。

 三時を回ると司先輩が入ってきて、ダイニングテーブルに勉強道具を広げた。

「あれ? 司、今日は湊ちゃんのところに真っ直ぐ帰らないの?」

 秋斗さんが尋ねると、

「御園生さんが迎えにくるまで」

「なんで?」

「見張り」

 短いやり取りの末、

「こっちにかまってないで仕事すれば?」

 司先輩の一言に秋斗さんは苦笑した。


 五時半を回ると蒼兄が迎えに来た。

「翠葉、帰れるか?」

「うん。ちょっと待って、この問題だけ終わらせたい」

 解きかけだった問題を解くと、問題集をかばんにしまった。

「司がこの時期ここにいるのは珍しいな? いつもだったら湊さんちで勉強してるだろ?」

 蒼兄が司先輩を見やる。と、

「自分、感謝されてもいいと思います」

「は?」

「俺がいなかったら翠は秋兄に取って食われてたかもしれませんよ」

 な、なんてことをっ!?

「ひどいな、司。取って食いやしないよ。ただ愛でるだけ」

 秋斗さんもっ、そんな受け答えはやめてくださいっ。

 慌てているのは私ひとりで、

「翠葉、人気者だな」

 蒼兄は和やかに答えた。

 なんか、いつもと違う……。

 思わず蒼兄の顔をまじまじと見てしまう。

「翠葉ちゃん、ふたりとも知ってるから」

「え?」

 何を……?

「僕が翠葉ちゃんに打診していること」

「何を、ですか?」

「つまり、僕が君に好きだと言ったことや、付き合いたいと思っていること、かな?」

 ……嘘っ!?

「本当は翠葉の口から聞きたかったんだけど……」

 蒼兄が言えば、

「俺はちゃんと翠から聞きましたけど?」

 と、答える司先輩。

 何!? なんなのっ!?

「あ、どうやらパニック起こしてるみたいだから連れて帰りますね」

 まるで物か何かを扱うみたいに言う蒼兄が信じられない。

 背中を押されるがままに図書棟を出ると、真っ直ぐ駐車場へ向かう。

 歩いている途中、蒼兄が口を開いた。

「森林浴から帰ってきた日、あまりにも翠葉がおかしかったし、夜中には高熱出すしでさ。翌日、先輩を問い詰めてしまったんだな……」

 そんなふうに白状する。

「それで知ってた」

「……そうなのね。今日くらいには蒼兄にも話せそうだったからいいのだけど……。でも、自分の知らないところで話をされているのはちょっと嫌……」

「そうだよな、ごめん」

「いつもなら牽制しに入るのに、普通に見守られているから何かと思っちゃった」

「それね……。いつものノリなら確かに牽制もするんだけど」

 と、一度言葉を区切った。

 なんだろう、と思って蒼兄の顔を見上げると、一陣の風が舞い込む。

 蒼兄の柔らかい髪の毛も、私の長い髪の毛もふわっと巻き上がり、手で髪をおさえようとしたら何か聞こえた。

「何? 聞こえなかった」

「本気なんだってわかっちゃったんだ」

 こちらを向いた蒼兄は苦笑い。

 苦笑いというよりも、どこか諦めたような笑いだった。

「秋斗先輩、遊びでも気まぐれでもなんでもない。ちゃんと翠葉を見てるんだ。だから、その先は翠葉しだいだな、と思って」

 その言葉には何も返せなかった。

 十分わかったつもりでいたけれど、人から聞くのと自分でなんとなく理解しているのは違うみたいで……。

「さすがにさ、いくら兄バカでも妹の気持ちに介入するほど愚かじゃないよ。ここからは翠葉ひとりの問題だ。……迷ってることや悩んでることならいつでも聞く。でも、最後に答えを出すのは翠葉じゃなきゃダメだ」

 言われていることは難しいことでもなんでもなくて、たぶん当たり前のこと。

 そのあと、私に向けられた眼差しはとてもあたたかく優しいものだった。

「正直、どうしたらいいのかわからないの。お試しで恋愛なんて言われてもぴんとこないし……。ちょっと逃げたい気分。秋斗さんのこと嫌いじゃないけど、答えは"Yes"か"No"の二者択一なのかなんかやだな……」

 そんな話をしていると車に着いた。

 帰りはアンダンテに寄ってケーキを買ってくれた。

 それは、「ちょっと立ち入りすぎたお詫び」らしい。

 私には苺タルト、蒼兄はチーズタルト、栞さんには季節のフルーツタルトを買って帰った。


 家に帰ればいつもと同じように栞さんが玄関まで出迎えてくれる。

 今日の夕飯は栞さんのお手製ピザ。

 生地からトマトソースまで全部栞さんの手作り。

 家の中はすでにピザのいい香りがしていた。

「あと十分もしないで焼けるから、手洗いうがい済ませちゃいなさい」

「じゃぁこれ、お願いしてもいいですか?」

 アンダンテの箱を渡すと、

「あら、どうしたの? ケンカでもした?」

 蒼兄がアンダンテのケーキを買ってくるときは、たいてい私の機嫌が悪いからだろう。

「……そういうわけでもないんですけど、あとで話しますね」

 と、一度自室へと引き上げた。

 制服を着替え、手洗いうがいを済ませる。と、部屋に置いてある植物に視線をめぐらす。

 ベンジャミンもアンスリウムもアイビーも、みんな元気。

 少しだけ霧吹きを吹きかけ葉っぱを拭いてあげる。それらが終わるとリビングに戻った。

 蒼兄は早くもダイニングテーブルに着いていて、栞さんが飲み物を運んできたところだった。

「なぁに? 何があったの? 蒼くん、口割らないんだけど」

「んー……蒼兄曰く、立ち入りすぎてごめんなさいケーキ、でしょうかね?」

「あら、蒼くんたら、翠葉ちゃんかわいさに何かしでかしちゃったのね?」

「そんなつもりはなかったんですけど、箱を開けてみたらそんな感じで……」

 苦笑しながら答える蒼兄がおかしかった。

 ピザが焼けて、ダイニングテーブルに大きなお皿が二枚とサラダやフルーツが並ぶ。

 週の半分以上は和食がメインなので、とても新鮮な食卓に感じた。

 クリスピー生地のパリパリとした食感が癖になる。

「栞さん、お試しで恋愛ってしたことありますか?」

 ふと、訊きたくなり口にする。

「お試しで恋愛? お見合いみたいなもの? 互いが全く知らないで顔を合わせて試しに何度か会ってフィーリングを確かめるっていう方法のこと?」

 それとは何か違う気がする。

「いえ、お見合いではなくて……。お互いのことは知っていて、なおかつお試し……かなぁ?」

「あら、翠葉ちゃん誰かに告白でもされたのね?」

 その言葉に、図星です、という顔になってしまう。

「図星……?」

「……栞さんも知っている人なんです」

「……翠葉ちゃんの知り合いで私の知っている人って言ったら――そんなこと言いそうなのは秋斗くんくらいしかいないわね。当たり?」

「……正解です。でも、テスト前で考える余裕ないのに、放課後には会うことになってしまうので、ちょっといっぱいいっぱい」

 苦笑で答えると、

「あぁ、そっか。そこまでは考えてなかった」

 と、蒼兄が零す。

「蒼くんを待つ時間、秋斗くんのところだものね?」

 栞さんは少し考えてから、

「うちに来る?」

 と、小首を傾げた。

「……え?」

「テスト前とテスト期間。うちに泊ってもいいわよ? もしくは夕飯をうちで食べて蒼くんと幸倉に帰ってくるか……。泊ってもらったほうが私は楽だけど」

 思わず蒼兄に視線を向けると、

「好きにしていいよ」

 と、言われた。

「本当にいいんですか?」

「いいわよ? 幸い、部屋は余っているの。蒼くんも泊れるわよ?」

 栞さんが蒼兄を見ると、

「いや、自分は夕飯だけお邪魔させていただいて帰ります。家のパソコンじゃないとできない作業もあるので」

「じゃ、決まり! 明日から翠葉ちゃんはうちにお泊りね。そうと決まったら碧さんたちにも連絡入れなくちゃ」

 と、すぐに電話をかけに行く。

「翠葉、電車通学とまでは行かないけど、登下校がひとりだな」

「……本当だ。中学以来初めて……」

 登下校がひとりと言っても、本当に目と鼻の先なのだ。

 それでも嬉しいと思う。

 夕飯が食べ終わるとお泊りの支度をした。

 支度といっても、制服と栞さんの家で着る洋服を何着か。それから勉強道具一式。

 支度を一通り終えると、

「ケーキを食べましょう」

 と、栞さんに声をかけられた。

「さっき碧さんに連絡して許可ももらったから大丈夫。それと、夕飯には湊と司くんと海斗くん。もしかしたら静兄様もくるかもしれないわ」

 ……全部で七人!?

「そんなに大人数で大丈夫なんですか?」

「あら、七人なんて大した人数じゃないわよ? 藤宮の集まりなんて百人近くなるんだから」

 そもそも規模が違うということをすっかり忘れていた――。

 うちは多くても家族四人に祖父母が加わって六人がせいぜい。それ以上の人数で食卓を囲むことはまずない。

「秋斗くんは仕事で毎晩遅いから気にしなくても大丈夫」

「え?」

「だって、秋斗くん避けでうちに来るのでしょう?」

 そう言われてみればそうなんだけど、でも――。

「蒼兄……避けないでほしいって言われたの。これは避けてることになる?」

「うーん……ならないこともないけど、気になるならテスト期間は栞さんの家に泊ることになったってメールしておけばいいんじゃないかな」

「そうね。そのくらいは教えてあげたほうがいいかもしれないわ」

 ふたりに言われてメールを送ることにした。



件名 :テストが終わるまで

本文 :栞さんの家に泊ることになったので、

    しばらく図書棟通いはありません。

    避けてるわけではなくて、

    今はテストに集中したいので……。

    少しだけ、ごめんなさい。



 メールを送ると一分と経たないうちに返信メールが届いた。



件名 :了解

本文 :会えないのは寂しいけど、

    気が散って勉強に身が入らず

    順位落とされるのも困るからね。

    おとなしくテストが終わるまで待ってるよ。

    テストが終わったら、また出かけようね。

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