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光のもとでⅠ 第三章 恋の入り口  作者: 葉野りるは
本編
21/46

21話

 あのまま作業を手伝っていて、図書室に蒼兄が迎えに来て五時を過ぎたことに気づいた。

 そのため、奥の仕事部屋に顔を出すことなく図書棟をあとにすることができた。

 昨日までの作業で、何枚あったのかすらわからない膨大の量が三千枚ほどに絞れたらしい。

 それをさらに減らしていく作業がここから続くというのだから道のりは長い。ただ、ある程度の選定が済んだこととテスト前ということもあり、今日からの作業は一時から三時までとのことだった。

 それでも、テスト前の貴重な時間を割いてその作業をするのだから、すごいと思う。

 私はというと、昨日の作業で先日英語を見てもらったお返しは済んだよう。

 実際、テスト勉強もしなくちゃいけないし、未履修分野のテスト勉強も並行させているだけに作業に参加できる余裕もなかった。

 さきほど職員室へ行き、学年主任の先生におうかがいを立てた。

「課題がすべて終わりましたので、提出に来ました」

「お、御園生が一番のりだな。テストはいつにする?」

「もし先生の都合がつくようでしたら、中間考査の午後にお時間をいただけないでしょうか?」

「中間考査の午後? いや、こっちはかまわんが……。でも、御園生大丈夫なのか? どちらにせよ九十点以上取れないと合格はできんぞ?」

「正直、古典あたりはとても怪しいんですけど……。でも、早く終わらせたいので、よろしければお願いできませんか?」

「……じゃ、何からやる? テストは三日間あるだろ?」

「二日目に物理、英語、世界史、古典。ほかはすべて一日目に」

「……ちょっと待て。御園生、早まるな」

「……早まったつもりはないのですが」

「じゃぁ何か? 一日目に八教科受けるつもりか? おいおい、午後に時間が取れるとはいえ、八時間は取ってやれんぞ?」

 心なし、という域を超えて刈谷かりや先生の顔が引きつる。

「えぇと……三時間くらいならいただけますか?」

「そのくらいなら大丈夫だ。だから三教科が限度だろう」

「いえ、もしできるのなら八教科で……」

「…………とりあえず、無理なら無理でかまわないから。一応八教科分は用意しておく。時間切れになったら翌日に回そう。それでいいか?」

「はい、かまいません。お時間いただいてしまってすみません」

「いや、いいよ。でも、単純計算で一教科二十二分だぞ?」

「……できるところまでチャレンジで……」

「……選択権は御園生にあるしな……。生徒会からの打診もきてるんだから、くれぐれも中間考査に響かないように気をつけなさい」

「はい。失礼します」

 よし、予定はついた。あとは受けるだけ――。


 職員室から出てくると十二時半を回っていた。

 今日はどこでお弁当を食べよう?

 あまりにもいいお天気すぎてちょっと暑い。

「桜香苑はやめておこうかな……」

 空を見上げれば雲ひとつない。

「五月晴れ?」

 結局は日陰のテーブルを選んでニ階テラスで食べることにした。

 あ、そうだ。ここでお勉強すればいいんじゃないかな?

 周りにも友達と勉強会を開いている人たちがちらほらいる。決して多い人数ではなく、本当に若干名といった感じ。

 私みたいにお弁当を食べている人はいないので、そう長くはいないのかもしれない。

「あら、翠葉ちゃん。こんなところでひとりでお弁当?」

 声をかけてくれたのは里見先輩と荒川先輩だった。

「はい。先輩たちはこれから図書室ですか?」

「そう。一緒に行く?」

 里見先輩が誘ってくれたけれど、さすがにあそこにいてひとり勉強するわけにもいかない。

「いえ……。いい加減勉強しないと危険なので」

「じゃ、私たちもここで食べようか」

 里見先輩が荒川先輩に訊くと、「賛成!」と元気良く手を上げた。

 私は広げていたルーズリーフをしまいテーブルを片付けた。

「今見てたの古典?」

 荒川先輩に訊かれる。

「はい。大の苦手なんです……。友達が作ってくれた活用表を必死に覚えている最中で」

「翠葉ちゃんは理系なのよね」

 里見先輩に言われ、「どちらかと言えば……」と答えた。

「じゃ、うちの生徒会が今一番欲してる人材なわけだ」

 荒川先輩がサンドイッチを摘みながら言う。

「そうなんですか?」

 訊けばふたりが頷いた。

 生徒会にいるくらいだから、みんな適度に全教科をこなすのだろう。けれど、やっぱり得意分野として理系文系に分かれるようだ。

 現時点で理系は春日先輩と司先輩だけらしい。

「だから、予算案を組むときにはどうしてもふたりにウェイトが傾くのよね」

 と、里見先輩。

「でも、里見先輩も学年で主席って――」

「うちは誰もが成績優秀だから時間さえあればどんなことでもできるわ。ただ、計算の速さとかそういうのは持って生まれたものもあるから。私は与えられた時間内に満点になる答えを出せる人。でも、司や優太は必要最低限の時間で正解を導ける人」

 なるほど、と思った。

 暗算や問題を解くのに時間のかからない人、ということか。

「翠葉ちゃんもそっちよね」

「どちらかと言われたら……?」

 会話が少し前のものに戻り、三人揃って声を立てて笑った。


 一時を回るとふたりはテラスをあとにした。

 そういえば、このテーブルって球技大会のときに加納先輩に寝顔を撮られたテーブルだ。

 ん……?

 それは確か秋斗さんの仕事部屋から見える場所、ということにならないだろうか。

 ふと思い出し、先ほどまで荒川先輩が座っていた席の方を見ると――。

 バッチリと合ってしまった。秋斗さんの目と……。

 図書室の窓はUV加工がしてあるため、窓が開いていない限りは部屋の中が見えない。

 けれど、空調やエアコンを入れていても、いつもわずかに窓を開けているのが秋斗さんで、その三十センチほどの隙間に秋斗さんが立っていた。

 思い切り顔を逸らしてしまったけど……。このあと、私はどうしたらいいんだろう。

 次の行動をとれずにテーブルに突っ伏していると、ポケットの中で携帯が震えた。

 電話だったらどうしよう?

 恐る恐る携帯のディスプレイを見ると、メールであることがわかる。

 ただ、問題なのはその差出人である。

 差出人はしっかりと、"藤宮秋斗"と表示されていた。



件名 :こっちにおいで

本文 :そんなところで勉強せずにここへおいで。

    誰も取って食いやしませんよ。

    なんだったら仮眠室に篭ってもいい。

    僕が迎えに行こうか?



 さて、これにはなんと答えたらいいものか……。

 というか、これは行かなかったら間違いなくお迎えに来られてしまいそうだ。

 もう一度メールに目を通す。

 いえ、取って食われるとは思っていないんですけど……。ただ、ちょっと会いづらいかなって思ったくらいで別に避けてるつもりはなくて……。

 頭の中で必死に言い訳を考えている自分が、もはや救いようもない状態であることに気づく。

「翠葉ちゃん、迎えに来たよ」

「きゃっ」

 声にびっくりして席を立つ。

 突如襲う眩暈はここ最近で一番のひどさだった。

 秋斗さんが、「危ない」と叫んだ気がした。次の瞬間には体に衝撃が走る。けれど、思ったよりも痛くなかった。

 頬にぬくもりが、耳に人の鼓動が伝う。

 間違いなく秋斗さんが受け止めてくれたのだろう。

「……すみません」

「気にしなくていいから」

 ほっとしたような声が耳もとに聞こえた。

 視界は回復しないし、こめかみから肩のあたりまです、と血の気が引いているのがわかるくらい。

 意識も手足の感覚もあるけれど、それらがテラスの熱いタイルに接している感触はない。

 右足はかろうじて地に着いている気がするけれど……。

 体重のほとんどを秋斗さんが引き受けてくれている気がして、早く体勢を整えたかった。

 無理に、足に力を入れようとすると、

「無理しなくていいから。もう少し待ちなさい」

 呆れたような声で言われる。

 少し叱られた気分だ。

 徐々に視界が戻ってくると、やっぱり右頬を秋斗さんの胸につける形で、ほぼ横抱きに近い状態で抱えられていた。

「すみません……」

「いいよ。俺は役得だと思っておく」

 そう言うと、顔が近づいてきてこめかみに生あたたかい感触がした。

「え……?」

「僕を避けていた報復ってところかな」

 耳もとでクスリと笑われた。

「あの……今の……」

 秋斗さんの顔を見ると、「ん?」って顔をされたその直後、

「キスしたよ」

 と、甘い声が言葉を紡ぐ。

「……き、す……?」

 おうむ返しのように口にすると、「そう、キス」といたずらっぽく笑われる。

 言葉の意味を理解した途端、体中が熱くなる。

「翠葉ちゃんは本当にかわいいね」

 秋斗さんは私を立たせ、テーブルに出してあったノート類をきれいにまとめ始めた。

「さ、あっちへ行こう?」

 まとめたものとかばんを持って、仕事部屋を指差す。

「あれ? まだ再起不能?」

 いつものように顔を覗き込まれ、その動作にすら反応した私は反射的に後ずさる。と、腕を掴まれ制された。

「返事はゆっくりでいい。でも、避けるのはやめて? さすがにそれは堪える」

 少し悲しそうな顔をされて、胸がぎゅってなった。

 今のはどんな意味の、ぎゅ、だろう……。

「あのっ……避けていたつもりはなくて、嫌とか嫌いとかでもなくて……ただ、少し会いづらかっただけなんです」

「うん、わかってる。でもね、これは覚えておいたほうがいいかもよ?」

 え……?

「逃げられると男は追いたくなるんだ。基本、狩猟本能が備わってる生き物だからね」

 言っていることはとんでもないのに、表情はいつもと変わらない穏やかな笑顔だった。

 そんな顔すらが魅力的な人だと思うから困る。

 こんなの、いつになったら慣れるんだろう……。

「あの、わがままをひとついいですか?」

 秋斗さんを下から見上げると、

「なんだろう?」

 と、とても嬉しそうな顔をする。

「お願いだから普通にしてくださいっ」

「これが僕の普通なんだけどな」

「近くでその笑顔見せられると心臓に悪いんですっ」

 顔が熱いのはわかっていた。だから、途中で顔を逸らした。

「それは光栄、かな? 少しは異性として意識してもらえてるわけでしょう?」

 どうしてか嬉しそうに言うから困る。

 そのあとは観念して秋斗さんの仕事部屋にお邪魔することにした。

 だって、これ以上そこであがいても無意味な気がしてきたから……。

 どうしても気になって勉強ができないようなら仮眠室に篭らせてもらおうと思う。

 司先輩……あの部屋は、やっぱり篭るためにある部屋な気がするの――。

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