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光のもとでⅠ 第三章 恋の入り口  作者: 葉野りるは
本編
19/46

19話

 相談が終わるとリビングのローテブルに移ってテスト勉強会になった。

 みんな、主に自分の苦手分野をやる。そして、自分の得意分野を人に教える。

 なんとも画期的な勉強会。

 私は古典をチョイスした。

 学校内で行われるテストならば、英語はさして難しくない。

 教科書を丸暗記してしまえば満点は取れずとも、九十点台は取れる。

 うちの高校はテストが百点満点方式だ。

 それの示すところは問題数の多さ。

 難易度はそのままに問題の数が多いのだ。

 七十点以下は平均点以上であろうと赤点と見なされるというのだから恐ろしい……。

 つまり、平均点が七十点を割ることはそうそうないのだ。

 学年全体がどんぐりの背比べであるのには、このあたりに問題がある気がする。

 ほぼ全員が七十点以上を取るのだから、それはテストの回数を増やしでもしない限りは成績のつけようがないというもの。

 成績というよりは、順位をつけることすらが難しいだろう。


 私が人に教えるのは数学と化学。佐野くんが教えるのは古典と世界史。

 桃華さんが教えるのは日本史と現社。海斗くんはオールラウンダーだけれども、強いて言うなら英語と政経とのことだった。

 飛鳥ちゃんは免除……。

 このメンバーは私以外の人はみんな文系。

 選択科目でも、私が物理を選択しているのに対し、みんなは生物。

 桃華さんが社会全般に強いのはとても頷ける。

 普段から図書館の利用が多いのには、このあたりの文献を読み漁っているからなのだとか。

「翠葉、これ教えてもらえる?」

 桃華さんの問題集を覗き込む。

「あ、これは……この方程式を使うんだけど、一癖あって……こう書くとわかる?」

 それは引っ掛け問題となる数式で、実は書き方を変えてみると意外とあっさり解けてしまうものだった。

「目から鱗ってこのことよね。そっか、ありがとう。わかったわ」

 今、桃華さんと海斗くん、飛鳥ちゃんが数学をやっていて、佐野くんが化学をやっている。

「化学式って苦手なんだよなぁ……」

 佐野くんを少し見ていると、入り口で躓いているのがわかった。

 きっと私の英語と同じ。最初で躓くから苦手意識が余計に強くなる……。

「物質名から化学式が想像できることは多いよ? それぞれの原子の結びつく数の割合は想像できなくても、その物質をつくる原子の種類は推測できると思う。単純に規則性をちょっとだけ頭に入れておくの。例えばね……」

 ルーズリーフを一枚取り出し、簡単なものだけを書き出す。

「酸化鉄にはFeOとは違う形の化合物があるし、酸化銅、酸化銀、塩化銅、塩化鉄、硫黄鉄にもほかの形の化合物があるけれど、まずは基本的なものから覚えていくといいと思う。原子が結合できる手の本数を覚えておくと、分子のつくりが理解しやすいし、何を作れって言われても簡単に作れるようになるんじゃないかな」

 周期表のプリントを取り出して、表の上部分に数字を振っていく。

「十八列目は手がないの。だからゼロ。十七と一は一本。十六とニは二本、十五は三本、十四は四本」

 書き終わる頃にはみんながプリントを見ていた。

「そんな考え方したことなかったわ」

「あとは金属の陽イオンや非金属の陰イオンはひたすら暗記するしかないかなぁ……。それさえ覚えちゃえば、あとは足し算引き算で足りないものを補ってあげる感覚。解けるようになるとパズルみたいで面白いよ?」

 佐野くんは自分の周期表にも数字を書き込み、

「なんとなく覚え方がわかった気がする。無暗に詰め込んでもだめってことか」

 と、暗記モードに入った。

 文系だからか、基本、暗記は苦にならないらしい。

 今まではとにかく暗記して乗り越えてきたというのだから、やっぱり私の英語と似ている。

「翠葉は頭いいくせに英語と古典がダメなのな?」

 海斗くんが頬杖をつきながら言う。

「……漢文もダメ。英語は教科書中心に出される学内のテストならなんとかなるけど、全国模試とか総合問題出されたが最後だよ」

「助動詞の接続が苦手っぽい? 動詞は上一段はなんとかなってるかなぁ……。そのほかはかなり勘に頼ってない?」

 苦手としているものをザク、と指摘されて口もとが引きつる。

「そういえば、先日司先輩にも英語の文法を覚えろって何度も言われた」

「え!? いつ司に勉強見てもらったのっ!?」

「うん? 先週の土曜日。未履修分野の英語を見てもらったよ。教え方が上手、というか、ヒントの出し方が上手で、一時間くらい見てもらったらわからなくて埋められなかった場所全部埋められた」

「……超絶スパルタじゃなかった?」

 思い返してみるも、そこまでスパルタという印象はない。

 むしろ、高校受験のときの蒼兄のほうがすさまじかったくらいだ。

「そこまでひどくなかったと思うけど……」

「あいつ、俺に対する対応と違いすぎてムカつくーーー!」

 今度は床に転がらなかったけど、頭を抱えて突っ伏してしまった。

「ねぇ、翠葉。いつから"司先輩"になったのかしら?」

 にこりと微笑む桃華さんがいた。

「えぇと……木曜日から、かな」

「ふ~ん……いきさつを知りたいところだけど……」

 険呑な視線を投げられ、

「桃華さん、あのね……この間の約束、ちゃんと果たすからね?」

 言うと、「なるほど」という顔になった。

「テスト明けくらいに楽しみにしてるわ」

 ほかの三人は、「なんの話?」って顔をしているけれど、とくには何も訊いてこない。

 それがとてもありがたかった。

「話は全然違うんだけど」

 と、言い出したのは佐野くん。

「御園生のそのバングル、きれいだな? 似合ってる」

 言われて私は固まってしまった。

 ねぇ……天然って、実は佐野くんのような人のことを言うのじゃないかしら……。

 口もとが引きつってるかもしれない。でも、今はまだ話せないから――。

「うん、きれいでしょ?」

 私はそんなふうに答えてその会話をやり過ごした。



 * * *



 翌日には問題となる数値は何もなく、元気に登校することができた。

 昨日から午前四時間のテスト前週間時間割になっている。

 昨夜、司先輩から「体調がいいなら手伝いにきて」と短いメールが届いた。

 だから、今日は午後から生徒会を手伝いに行く予定。

 お弁当は桜香苑で食べようかな。

 今日は曇りだからそんなに暑いということもなさそう。

 桃華さんは自宅の用事があると言っていたし、海斗くんは秋斗さんの家へ帰り、すぐに勉強を始めると言っていた。

 飛鳥ちゃんは家庭教師が来ると言っていて、佐野くんは帰ってから二キロほど走ったら整体に行くと言っていた。

 テスト前でもトレーニングを休まないのはすごいと思う。


 授業が終わると、ミネラルウォーターを買ってひとり桜香苑へ向かった。

 曇っていてもさすがにこの季節、肌寒いと感じることはない。

 お気に入りのベンチまで来て芝生の上に座る。

 そして、古文の活用がびっしりと書き込まれているルーズリーフを眺めながらお弁当を食べた。

 このルーズリーフは佐野くん印。

 昨日の今日で、私が苦手とするものを佐野くんがきれいにまとめてきてくれたのだ。

 とてもきれいで見やすいノートを感心しながら見ていた。

「とりあえず、最低限これは暗記して」

 と、言われたので、素直に暗記することにした。

 けれども、お弁当を食べ終わる頃には眠くなる。

 どうにもこうにも、消化に血が使われるだけで頭がぼーっとする。

「少しだけなら……いいよね」

 今日は寒いわけじゃないから体温が下がりすぎることもないだろう。

 ベンチにもたれかかり、私はほんの少し目を瞑った。




 目が覚めると隣に座る人がいた。

 ぼんやりとした頭で顔を確認すると、

「っ……司先輩っ!?」

 端整な顔がこちらを向く。

「こんなところで寝るな。無防備にも程がある」

「す、みません……」

 またバイタルに異常が出たのだろうか?

 思わず、ポケットから携帯を取り出しディスプレイを確認してしまう。

「別にそういうわけじゃない。弓道場に忘れ物があって通りかかったら寝てる翠がいたから」

 そう言うと、手にしていた本を閉じた。

「あ、れ……? 先輩、制服の上着は?」

 司先輩は白いシャツしか着ていなかった。

 まだ衣替えの季節ではない。通常ならチャコールグレーのスタンドカラージャケットを着ているはずなのに……。

 ベンチに預けていた自分の上体を起こすと、背中側にバサリ、と何か落ちた。

 振り返ってその"何か"を確認すると、正にそのジャケットが落ちていた。

「っ……かけてくれたんですか!?」

 慌てて拾って芝生を払う。

「眠いなら秋兄の部屋へ行けばいいだろ。仮眠室ってそういうときに使うものだと思うけど?」

 ごく当たり前の一般論なのだけど、私には嫌みにしか思えない。

 きっと、仮眠室は篭るためにあるのではなく、眠るためにあると言いたいに違いない。

「……なんとなく行きづらかっただけです」

 そう、なんとなく――秋斗さんに会いづらい……。

「……何かあった?」

「そういえば先輩、ひとつ質問をしてもいいですか?」

「俺の質問に答えてないけど?」

「それはあとで……」

 若干眉をひそめるも、

「何?」

 と、聞いてくれる。

「先日、お見合いされたんですか?」

 バサ――。

 先輩が手に持っていた本を落した。

「それ、どこで聞いたの?」

「聞いたは聞いたんですけど、正確にはウィステリアホテルで見かけたんです……。秋斗さんと森林浴に出かけた帰り、ホテルでディナーをご馳走になって、そこでエレベーターに乗るところを見て……」

 もっと要約できなかったものだろうか。

 なんの心構えもせずに訊き始めたら、言葉を喋るごとに緊張が高まってそれどころじゃなかった。

 先日のドキドキほどではないにしても、同じ種類のドキドキが始まっている。

「あの、それで秋斗さんがお見合いって言っていて、飛鳥ちゃんもテニス部で噂になってるって話してたから……。でも、噂は信じないほうがいいって佐野くんが教えてくれて、海斗くんが直接訊けば? ってアドバイスしてくれたので――訊いてみたしだいです」

 日本語がおかしいのは自覚している。

 司先輩ならそんなところもことごとく正しにかかりそうだけれど、今はちょっと目を瞑っていただきたい。

「……なるほど。でも、見合いじゃないから。ただ、夏休み中家庭教師することになっただけ」

 ……なんだ、そうなんだ。

「この間、ここで翠と話してるときに電話がかかってきただろ?」

「はい……。家柄みの付き合いって……」

「それ。ただそれだけだから」

 その言葉を聞いたら胸が楽になった。

 つかえていたものが溶けてなくなったみたいに。

 ……なんだ、直接訊けば良かったんだ。

「で、思い切り話を逸らされたけど、なんで秋兄のところに行きづらいわけ?」

 今度は逃がしてもらえなさそうな目が私を向いていた。

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