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光のもとでⅠ 第三章 恋の入り口  作者: 葉野りるは
本編
10/46

10話

 午後から始めた英語の問題集は三時半から藤宮先輩と里見先輩に見てもらい、四時半を回る頃には終わっていた。

 もっと苦戦するかと思っていたけれど、ふたりの絶妙なヒントのおかげで早くに終わった。

 中間考査は教科書の丸暗記で回避できるとして、六月にある全国模試は危ういかもしれない。

 入試のときのように過去問を解きまくるしかないだろうか……。

 ある程度型にはまった問題を出してくれる分には対応ができる。が、それ以外はつらい……。

 さっきから何度も、「文法を覚えろ、理解しろ」と藤宮先輩に言われ続けているのだけれども、どうにも覚えられる気がしない。覚えたところで、問題の文章を見極められるかも自信がない。

 大体にして英語になんて興味がないのだ。英語なんて話せなくていい。私、一生日本から出ないもん……。

 そう頑なに思うほどには好きじゃない。

 おかしいなぁ……。少し前までは海斗くん効果で少し好きになってきていたのに。

 ……そっか。あれも結局は和訳と英文をセットで丸暗記だからすんなり受け入れられたのだ。

「翠葉ちゃん、これ終わったら休憩しよ?」

 里見先輩が声をかけてくれた。

「はい、すみません……。とても助かりました、ありがとうございます」

「いいえ。理解力というか、文法以外は問題ないから教えやすかったよ」

 かわいらしい笑顔に癒される。

 一方、反対側からは無言の視線が飛んできた。

 そちらを振り返り、

「藤宮先輩にもとっても感謝してます」

 言った直後、にこりと微笑まれた。

 かっ、格好いい……。

「翠、覚えてる?」

「何を、でしょう……」

「ペナルティ」

 見惚れている場合ではなかった。慌てて謝ると、

「思い当たることがあるようで何より。とりあえず、散歩に行こうか」

 里見先輩のかわいい顔を見ながら休憩時間を過ごすつもりでいたけれど、それは急遽司先輩との屋外散歩になってしまった。


 外でミネラルウォーターを買うと、先輩はいつも蒼兄が飲んでいる缶コーヒーを買った。

 そのままテラスに留まりそうだったので、

「桜香苑に行きませんか?」

 先輩は了承の代わりに、桜香苑に向かって歩きだした。

「よくあそこにいるけど、どうして桜香苑?」

 一階へ続く階段を下りながら森林浴が趣味であることを話した。

「ふーん……変わってる」

「外は外でも緑の中で風を感じたり、葉っぱ同士の擦れる音が聞こえるほうが気持ちよくありませんか?」

「それには同感」

 リスの石造があるベンチにたどり着くと、私はベンチには座らず芝生に座った。

「いつも床とかに座るけどなんで」

 ベンチに腰を下ろした司先輩が不思議そうに私を見下ろしていた。

「椅子にすわっているのもつらいというか……。一番楽な体勢が寝ていることだとしたら、次はこれなんです」

「あぁ……椅子に座ってるだけでも血が下がって心臓に戻ってこないのか」

 こんなにもすんなりと理解してくれる人がいるものか、と少し驚く。

 そこに携帯の呼び出し音が鳴った。私の携帯ではなく司先輩の。

「ちょっと悪い」

 言うと、先輩は少し離れたところで電話に出た。

 けれども大して離れていないこともあり、会話は聞こえてくる。

「はい。――明日? あぁ、その件……。夏休みの間だけなら。――ただし、場所と日程はこっちで指定させてもらうから。――わかった。あとは帰ってから聞く」

 手短に、いくつか受け答えをして電話を切った。

 戻ってきた先輩の表情は不機嫌に見えた。

「……何?」

「……眉間にしわ」

 先輩の眉間を指差すと、

「あぁ……」

 と、ごまかすように眉間に手を添え揉み解した。

「明日、何かあるんですか?」

「家絡みの付き合いみたいなもの」

「……なんだか大変なんですね」

「別に」

 そうは言うけど憂鬱そうだ。


 そこに十分ほどいると蒼兄がやってきた。

「翠葉、もう帰れるのか?」

「うん。でも、荷物は図書室にあるの」

「じゃ、一度図書室へ行こう。明日は? 早いの?」

 図書棟につながる小道を歩きながら訊かれる。

 明日とは森林浴に出かける時間のことだろう。

「秋斗さんが夜に会議って言っていたから、それが終わる時間しだいで出発の時間を決めようって。だから、まだ決まってないの。たぶん、寝る前にはわかると思う」

「そうか」

 蒼兄と並んで話をしていると、

「明日、秋兄とどこかに行くの?」

 右側から尋ねられそちらを向くと、不機嫌そうだった顔が少し驚いた顔をしていた。

「明日、森林浴に連れていってもらえるんです」

「……あ、そう」

 すぐにいつもと変わらない無表情に戻り、やりとりはそれで終わった。


 図書棟に戻ると、秋斗さんが会議に出かけるところだった。

「翠葉ちゃん、夜に連絡入れるから」

 と、足早に出ていく。

 秋斗さんを見送ると、

「あの人、今絶対俺のこと視界に入ってなかった自信があるんだけど……。翠葉、どう思う?」

 蒼兄が呆れた顔で訊いてくる。

「どう思うも何も……。急いでいただけでしょう?」

 そんなふうに答えると、

「さぁね」

 司先輩が一言残して図書室に入っていった。

 図書室では、みんながテーブルに着きお菓子を摘みながら休憩をしていた。

「あ……先輩、お手伝い……」

「来週からでいい。テスト前、午前授業になるから午後になったらここに来て」

「え? 何、翠葉ちゃん手伝ってくれるの!?」

 加納先輩がまるでくらげのようにふよふよと漂ってくる。

「はい。今日、里見先輩と司先輩に英語を教えていただいたので、そのお礼にお手伝いです。少しは役に立てるといいんですけど……」

「大丈夫! 翠葉ちゃんは写真を見る目があるから」

 笑顔で言われて、本当にそうだったらいいな、と思った。

「正直、猫の手を借りたいくらいに大変だから助かるよ」

 と、美都先輩にも言われた。

 けれども、美都王子の顔には疲れなどは微塵もない。

 荒川先輩は、「疲れたー。目が、目がああああ」とテーブルに突っ伏しているのに。

「翠葉、英語見てもらったってことはもしかして――未履修分野の課題全部終わった?」

 蒼兄がきょとんとした顔で私を見下ろしていた。

「うん、やっと終わった」

 蒼兄の顔を見て返事をすると、周りから驚きの声が上がった。

「えっ!? 翠葉ちゃん、未履修分野の課題って、あの全十二冊のやつ!?」

 血相を変えて訊いてきたのは春日先輩。

「……はい、そうですけど……?」

「ちょっと待ってっ!? 優太、今日何日っ!?」

 テーブルに突っ伏していた荒川先輩がガバッと起き上がり、携帯のディスプレイを見る。

「五月八日って……ありえなくない!?」

 春日先輩と荒川先輩が顔を見合わせる。

「私たちも外部生だから、あの課題の大変さはよぉっく知ってるけど――かつて、一ヵ月半かからずに終わらせた人間いないって話よっ!?」

「俺も二ヶ月でギリギリだったけど!?」

 わたわたするふたりに、

「計算スピードはずば抜けてるそうよ? ね? うちに欲しいでしょう?」

 里見先輩がチョコレートの包みを指でつつきながらにこりと微笑んだ。

「それってそんなにすごいことなの?」

 美都先輩が司先輩に訊くと、司先輩はテーブルに出たままの英語の問題集を手に取り、

「これが全教科十二冊」

「あらま……。外部生は最初の二ヶ月が大変って話は聞いていたけど……。翠葉ちゃん、すごいね?」

 みんなに好奇の目を向けられ、どう反応していいのかに戸惑う。困りかねて蒼兄を見上げる。

「蒼兄……」

「いや、すごいことだと思うよ。俺も一ヵ月半はかかったからね」

「でも、それは部活をやっていたからでしょう? 私は週に一度しか部活ないもの……」

「翠葉ちゃん、過去にも翠葉ちゃんみたいに週一の部活にしか入っていない生徒もいたけど、それでも一ヵ月半を切る記録はないよ? 久しぶりに記録更新!」

 加納先輩が楽しそうに跳ねた。

「テストはいつ受けるんだ?」

 蒼兄に訊かれ、

「中間考査の午後に先生の時間をいただけたら……」

 答えると、みんなが絶句した。

「すごい突破の仕方!」

 と、笑ったのは里見先輩。

「前代未聞だけど合理的」

 と、口にしたのは司先輩だった。

「……いるんだねぇ、こういう子」

 そう言った美都先輩は引きつり笑いだった。

「翠葉ちゃん、投げやりになってないよねっ!?」

 と、肩をつかんで訊いてきたのは春日先輩。

「そうよっ!? 二十位から落ちたら生徒会は入れなくなっちゃうんだからねっ!?」

 荒川先輩も必死な形相で詰め寄ってくる。

「あ、あの……未履修分野に関しては九十点以上取らないと合格させてもらえないので、まだどうなるかはわからないし……。でも、早くには終わらせたいので……」

 もごもごと答えると、

「あらやだ、この子マジだわ……」

 と、荒川先輩が口もとを押さえた。

「もう、こうなったら健闘を祈るしかないな……」

 するとふたりに、「ファイトっ!」と大きな声をかけられた。

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