走り出す影
翌日、私はもう一度よく考えてみた。
本当にあの男でいいのだろうか……。
私は不安だった。
心を動かされたとはいえ、一晩寝ただけの男。
それ以上でも以下でもない。
「あぁーもう!なんなのよ!」
頭が割れそうだ。
「あ」
「…あ」
今の最大の悩みの種である、柏木仁だった。
「楓さん、あ、えっと、中村さんお久しぶりです!」
「あ、あぁ、どうも…」
一応、私に気を使っているつもりらしい。
「中村さん、今度レコーディングするんで」
「は?」
「えっと…レコーディングします」
「え、ちょっと待って、まだ曲も何もないじゃない!歌詞だって…」
「あります、全部俺が作りました」
「そうなんだ…じゃぁ、聞かせてよ、その曲とやらを」
柏木がそっと差し出してきたiPodで柏木作詞作曲の曲を聞いてみた。
「…いいじゃん……」
「マジですか!?よかったー…これ作んのに結構時間かかったんですよー…」
「あんたさ、本気なんだね」
「やるからには本気でやらないと…失礼っすよ…」
「誰に?」
「かえ……中村さんにです…」
淀んでたいた心が晴れた気がした。
悩むことじゃなかったんだ。
こいつも音楽にかけてる。
悩んでいた私は馬鹿みたいだ。
その日はそれ以降、柏木とは会わず大学の授業を淡々とこなし、家路についた。