鉱山の盗賊
二人は暗く暗澹とした森を駆けていく。聞こえるのは足跡とかしむ葉が揺れる音。闇の先に見えるのはまた闇。
月明かりを目印にマグスは先頭を駆り、ラルはその後をついて行く。鉱山らしき山が間近に見えて来た頃だ。
「……おい、ラル。気が付いてるか?」
「ああ、気配だろう。魔獣らしいな。やはり、夜は邂逅する確率が高いようだ」
「森の開けた場所で一気にケリをつける。ラルもなるべく引きつけろ」
「私に命令をするな。貴様は雇われている身だ。身の程を知れ」
やれやれ、めんどくせぇ女だな。全滅してもしらねぇぞ。まあ、この周辺の魔獣といえば、ザコばっかだから怪我する事もねえだろ……。
暗がりの森を抜け、川の流れている河原に出ると二人は背を合わせ森を注視する。
木の上や草むらに光沢した双眸がずらりと並んでいる。不気味な甲高い笑い声が辺りに響いた。
「ああ、ゴブリンか。武器持ってなきゃ楽勝だな。よし、じゃあ、」
―――その時だった。ラルの手から轟音と共に大きくうねる火炎が辺りを照らす。
イエローからオレンジに変わりながら昇ってゆき火の海が森を包んでいった。
ゴブリンの鳴き声が悲鳴となった時、森の焼け焦げる音と肉の焼ける臭いが悲愴感を漂わせる光景となった。
「おい!てめぇ、いきなりすぎんぞ!それにな、せっかく盗賊に気づかれないように森の中を突っ切って来たのに、全部台無しになったじゃねえか。今ので盗賊に気づかれたぞ!」
「かまわん。盗賊共も皆殺しにすれば良い事だ。それと身の程を知れと言っている」
ラルの冷淡な眼が炎の色に染まっている。人間を殺める事も躊躇しないような眼差しに慄然とさせられた。
こめかみに指を置くとマグスは肩を落として忠告をした。
「身の程をわきまえた上で言ってやる。……あのなぁ、魔獣はいいとしてやろう。だがな、盗賊であれ殺人犯であれジャカラン国は人殺しに厳しいんだ。お前たちが殺人を犯してみろ。法王に会う前に、牢屋に入れられ殺人犯になっちまう。いいか、盗賊は俺にまかせろ」
いぶかしげな顔をした赤髪の女は炎の中で腕を組んで訊いている。
しばらくすると腕を崩して嘆息する。
「それは……困る。いいだろう。賊共は貴様にまかせる事にしよう」
「ああ……つーか、やりすぎだぜ……」
皓々と燃ゆる炎は黒煙を巻き上げている。二人はその場から脱兎のように離れた。
川に沿って進み、山場の岩へと駆け上がると人の気配のある地面を見下ろす。
盗賊たちは騒然とし森の中で燃えさかっている木々と黒煙を気にしているようだ。
「なんか騒ぎになってんな。ん~ざっと見て10人ってところか。ボスらしき奴はいねえな」
「マグス、貴様はあの人数を殺さずに馬車を奪取すると?」
「ああ、あのくらいの人数ならたいした事ねーよ。インセイン・ボーイを舐めんじゃねえっ!」
マグスは猛然と飛び出し、崖を滑りながら剣を抜き取ると地面へ降り立った。
盗賊たちは異変に気づきマグスの周りを四散し囲む。
「なんだテメーは!襲撃か?」
「よお。一人で襲撃ってそんな度胸はねえよ。なあ、俺の馬車知らねえか?」
「馬車だと?なぜ知っている!あの山火事もテメーか!」
「へへ。当たりだな」
マグスは腰を落とし神経を剣に集中させ全身を憤然させる。
煌々と剣が輝きはじめ剣は空を切った。
「うらぁっ!」
―――風。風圧が盗賊を吹き飛ばすと地面へ叩きつけられ低い声を上げた。風圧にまぬがれた賊はどよめくとマグスへと襲い掛かる。
夜目に慣れていたマグスは盗賊の動きが手に取るようにわかっていた。その場へしゃがみこむと鞘へ手を置き鉄針を射出させた。
「むがっ」「あああ!」「うっ」
脚へと刺さった鉄針は盗賊を転倒させ地面で這いつくばりもがいている。
その時、ヒュッとマグスの顔近くに風が切り裂いた。山の上に盗賊が一人、こちらに向かって弓を放ったようだ。
マグスは胸元にある短剣を取り出し、狙いを定めると勢いよく投げた。盗賊に命中し山上から転倒し落ちた。
脚を鉄針で撃たれてもがいている一人の盗賊の頭の横に剣を突き立て詰問した。
「ひぃいいいいいいいい!」
「おい!馬車はどこだ!それと、賊頭のガリアはどこにいる!」
「あ、あんた……インセインか!馬車は鉱山の洞窟だ。た、頼む。助けてくれ!」
「ああ、俺はインセイン。大人しく答えた方が身の為だ。なぜ馬車を盗んだ。あんなもん馬以外価値なんてないだろう」
「お、俺たちは馬車を盗むよう言われただけだ。本当だ。それしか知らねえ……」
「……ほう、それはそれは。では、この場で焼き肉にしてやろうか」
冷淡な声と共にラルが現れる。手には燃えさかる球体の炎が悠然と灯っていた。
「まずは髪の毛を焼き、次に眼を焼き、鼻と口を焼いて苦しんで死ぬがいい」
「おい、ラル、落ち着け……。なあ、こいつは俺よりヤベえ。本気で狂ってやがる。さっさと吐露したほうが身の為だぜ」
「ひいっ!やめてくれー!あの宿屋だ。あの宿屋に泊った宝石に身を包んだ女が目当てだ!店主のタレこみで馬車を盗んで逃げないようにして眠り薬を仕込んでさらうつもりだった。ガリアもそこに行っている!もう、助けてくれ!」
マグスとラルは顔を見合わせる。
「ちっ、店主までグルだったのか……。まあ、あの姫さんの事だ。リントも警護してるし大丈夫だろ」
「楽観的だな貴様は。リントは屋内では術式は使えん。風の恩恵が受けられんからな。姫様も眠らされては無力だ。さっさと行くぞ!」
二人は馬車の繋がれていたロープを切り落とし、マグスは馬車へと駆け込んだ。ラルは馬へとまたがり手綱を打つと馬車は走り出した。
「……貴様!盗賊共と知り合いだったのか!」
馬の蹄のリズム音と馬車のきしむ音で声が聞き取りにくい状態だ。
「前に一度、一緒に仕事した事がある!それだけだ!」
「……貴様の剣!術式が掛かっている疑いがある!どこで手に入れた!」
「ああ?なに?聞こえねえよ!」
それ以降ラルは口を開く事はなく馬車は宿屋へと到着した。
「あ、おかえりーマグス、ラル。ひどいよー黙って出て行っちゃうなんて」
ひょこりとドアの前に立っているラプラの微笑みにラルは安堵の顔を浮かべる。
「姫様、お身体の方は大丈夫ですか」
「うん、だいじょーぶだよ!ほらほら!」
ウサギのようにピョンピョンと元気よく跳ね回る。
その後ろで大柄の男が数名倒れていた。宿は荒れている様子はない。
ラプラに一連の事柄を訊いた。
食事の中に大嫌いなマッシュルームがあって食べなかったそうだ。その後、盗賊に襲われたラプラは術式を使い、その場にいる全員を眠らし、マグスとラルが帰るのをおとなしく待っていたそうだ。
マグスはテーブルを一瞥すると、リントはぐーすかと寝息を立てている。
「ね、殺さなかったでしょ?えらいでしょ?多分、三日くらい起きないと思うよ?」
その後、保安課へ連絡して盗賊ガリア一味と店主は逮捕された。店主と盗賊とのつながりが明らかとなり牢獄へ入る事となる。
朝陽はもう昇っていた。一行は昼まで宿でゆっくりし、ジャカランの城へ行く準備をする事にした。
そして、リントは昼になっても眼を覚まさなかった。