姫の暴走
一行は比較的大きな宿屋探し、馬車も泊まれるところで落ち着いた。
レンガのブロック塀に囲まれた三階建の宿舎で、外観は白壁と鉄の装飾があしらわれた品のある宿屋だ。だが、宿泊料金は良心的だった。
「うちの宿はベッドの心地は最高ですよ。フィサ国の殿下も泊まりましたからね。馬車も見張りがついているので安心してゆっくりしてくださいませ」
……そんな知らねえ、どこぞの殿下の話されてもな。まあ、気のよさそうなオヤジみたいだ。俺はこんな豪華な宿屋泊まったことがねえ。
「なあ、ここでいいな。安全そうだし問題ないねえだろ?」
「……まあ、いいだろう。馬を気にして寝れないなんて事はなさそうだな」
ラルは赤髪を揺らすとローブを脱ぎ、ハンガーに掛けると部屋を見に行った。
お騒がせの二人は疲れたのか、のんびりとカウンター近くのソファに寝転んでいる。
マグスは宿のオヤジに着替えと洗濯を頼んだあと、懸案を終わらせに外へ出て行こうとすると、
「マ~グ~ス~?どっこいくっの?」
「キサマ、まさか……っ!エロいところか!」
「……おまえらの居ないところだ。着いてくるなよ。それと早く部屋へ行け」
マグスは二人に釘をさすと、なめし革の袋を持ち玄関のドアを開け換金屋へと向かった。
換金屋のドアを開けると澄んだ鐘の音が鳴る。
小汚い部屋の入ると、中にはシェーカーの傭兵がいつもより多くいるようだ。だが、マグスは相手にせず真っ直ぐカウンターに向かう。
「よお、ロブじいさん。今日も稼いで来たぜ?」
「インセイン。少しは身なりに気を使ったほうがええぞ。汚れた服から腐った臭いがプンプンするからのう……」
「わかった、わかった。早くチェッカーを見てくれ」
ロブじいさんを適当にあしらって、マグスは右腕の小手を取るとロブへ渡した。
―――しばらくしてロブが驚きの声を上げる。
「おい、フェリグルを三匹も倒したのか!あれは獰猛な魔獣だぞ?よく生きて帰れたなあ!」
マグスはニヤリと薄ら笑いを浮かべ胸を張って言った。
「まあな、俺にとっては雑魚同然だ。シェーカーの傭兵共がなんで手こずってるのか、よくわかんねえな、ははは」
パラライズで生死を彷徨った事はロブに言うのは避けた。
シェーカー達の反感的な眼がマグスに集まる。マグスは気にせず、なめし皮袋から魔獣の卵を取り出した。
「例の卵だ。こいつも楽勝だったぜ?さあ、報酬を頼む」
「――姫サマに手も脚も出なかったクセに。とんだビッグマウス野郎だな」
聞き覚えのある声に振り向くと、そこに見慣れた顔が二つ。
「リント!ラプラ!……あれほど着いてくるなと言っただろう!」
「だって~やっぱりさ。ゴミ屋だけじゃつまんないからさー」
「我たちを置いて逃げたオマエがアホだからだ。反省しろ」
「反省するのはお前たちだ。さっさと宿屋へ帰れ。ここはお前らの来るところじゃない!」
その時、マグスは気が付いた。傭兵たちがラプラを凝視している事に。
―――しまった。こいつら、ラプラの事を俺の弱みだと思ってやがるな。危険すぎる……シェーカー達が……。いや、ラプラの術式?だったか。どのぐらい威力があるのか見てみるのも悪くねえ。
「……姉ちゃん、かわいいなぁ。俺と今晩付き合わねぇか?」
「おい、ジェン!俺がこの女を口説くつもりだったんだぞ!」
「早いもの勝ちだろうが。てめーは引っ込んでろ」
「ひゃははは!こりゃ上玉だな!お人形みてーだ。皆でやっちまうか。インセインの野郎、見てるだけだしよ!腰抜けがっ」
「いいなあ……それはいい提案だ。ガキは外へほっぽり出せ」
ラプラとリントの周りにシェーカーの傭兵が大勢集まってくる。全員眼が充血し正気の沙汰ではない。
「オイ!キサマら。それ以上来るなら殺すぞ!」
「ああ?ガキが生意気言ってんじゃねえ。この!糞ガキが!」
一人の傭兵がリントに殴りかかる瞬間―――
「うがっ……」と小さな声が聞こえ、二人の周りにいるシェーカーの傭兵たちが、バタバタと崩れるように倒れる。
もがくもなく傭兵たちが倒れたあと、店内は静寂に包まれた。
―――ラプラの様子が違う。双眸がギラリと光り、冷徹な眼に吸い込まれるような感覚に襲われた。マグスは眼を逸らす事が出来ない。
「あと……五秒後に心臓を吹き飛ばします。みなさん遺書や遺言はありませんか?」
「まて、まて!ラプラ!もういい、やめろ。店に迷惑がかかる!」
「何故?私の家来に乱暴をしようとしたのですよ?死に値します」
「わかった。俺が困ることになるから、もう、やめてくれ……」
ラプラは「そう……」と言うと傭兵たちは起き上がり、悲鳴を上げ次々に逃げていった。
ロブじいさんは魂が抜かれたように口を開け呆然としている。
「マグスのいじわる~。せっかく久しぶりに殺してやろうと思ったのに!」
「は―……、いまのは昨日、俺がやられたヤツか?」
「うん、そう。カースって言うんだ。亡霊が身体を掴むの。次にデスでトドメ。死神が心臓を狩りにくるんだよ。大抵の人間はこのコンボでコロリと逝くかな~?」
「……ちなみに、いままでに殺した人数は?」
にっこりとラプラは微笑み手の指を10本開き「このくらい~」と答えた。
マグスは数単位までは訊かなかった。一度にシェーカーの傭兵共を一瞬で這いつくばらせたラプラに戦慄を覚える。
―――俺もあの時、心臓を狩られてたら死んでいた。ラプラは何故俺を殺さないのだろうか……。やれやれ、ロブじいさんを正気に戻して店を出るか―――。
店を出ると、ラルが腰に手を置き仁王立ちをしていた。ラプラとリントはバツの悪そうな顔をして、マグスも苦虫を噛み潰したような顔しか出来なかった。