ブリーズ・リトルガール
辺り一面、星の海だった。
マグスは身体と五感を研ぎ澄ます。指、息、口、眼、鼓動。自分が生きている事を確認する。
身体をのろまに動かし胴体を前のめりに起こすと、左脚の痛覚が逆鱗に触れ、痛みで顔が歪む。脚が裂傷している地べた周辺にどす黒い血が広がっていた。
幸いな事に血は止まっている。マグスはローブを短剣で切り裂き、布片を左脚へ堅く結び戦々恐々する。
よく生きてたな……。ここはフェリグルの巣だ。喰われてないとはな……。しかし、ドウルのおっさんの鞘のギミックが役に立つとは。帰ったら礼ぐらいは言ってやるか。
マグスは岩を支えにして、身体に体重をかけ起き上がった。左脚以外は違和感はない。
ただ、岩山の下方を一瞥すると下山時に落下してしまわないか危惧しながらも、おぼつかない足取りで遠くに落ちている剣を拾い上げた。魔獣の卵を背負い下山を決意した。
――やれやれ、なんてこった。ドウルのおっさんめ、礼は却下だせ。
キックでエンジンを掛けるが、エンジン音さえ聴こえない。バイクの空回りする軽い音にウンザリしてきたマグスは苛立ちを覚える。
しばらく時が流れたあと、星の光で照らされた薄ら暗い砂漠の中をバイクを引いて歩くマグスがいた。
……なんだ。せっかく生きて山岳から帰ってこれたのに野垂れ死にか?くそっ、身体中ファリグルの血液の臭いでくっせえし。生きた心地がしねえ。
「――オイ!」
甲高く曇った声が辺りに響く――。
薄暗い砂漠で人に出会う確率はないに等しい。気を許していたマグスは感嘆し眼を疑うも、何故砂漠のど真ん中に小さな少女が突っ立っているのか理解不能だった。
「おまえ、何故こんなところにいるんだ?もしかして……どこかに遊牧民が居るのか?そうなら教えてくれ。困ってんだ、な」
少女は至極まともな格好ではない。白いタイツを履き、暗い赤色の服を着て腰にコルセット巻いたマグスの記憶にない異型の服装だった。肩の部分が膨らんでいて、紋章のようなマークが見える。
「何をじろじろ見ている!この先は通さん。通るならば死んでもらうぞ。立ち去れ!」
「何を言ってんだ、ションベン臭い糞ガキごときが。テメー、俺を本気で怒らせるとこえぇぞ?泣いても知らねぇからな」
「我はシャーマン!薄汚れ剣士など取るに足らん。死ね!」
瞬時――脚元の地面から砂埃が舞い踊り円形のうねりを上げてマグスを包み込む。
少女はニタリと笑い腕を前に突き出し静観している。
……なんだ?魔法か?そんなものはねえ。呪文や呪術やそんなもんはこの世の中にありはしねえ。バカでも解るだろう。きっとサンドウォームがたまたま俺の下に居たにちがいねえ。
マグスは剣を構え砂塵を切り刻む。虚しく手応えのない空振りに踊らされ眼に砂塵が入り込む。まばたきが出来ず身体の動きが止まる。
少女の嘲笑が高らかに辺りを包む。
「くはははは、どうした?泣くのはオマエだ。ワタシをナメるな!」
「――ああ?なんだって?目なんか見えなくてもな、気配で解るんだぜ?子供はねんねの時間だ」
剣を両手に持つと高く振り上げ、腰を降ろし全身を奮い立たせる。神々しく剣が光りはじめ、烈火のごとく振り下ろされた――。
振り下ろされた剣の風圧が砂塵を突き抜け少女に襲いかかる。
「きゃぁあああああああ―――!」
少女は空中へと吹き飛び、ドサリと鈍い音とともに地面へ落ちた。
マグスは手探りでバイクのもとへと行くと、なめし革のふくろに入っている水瓶を取り出し、眼球へと水を流し眼を洗った。暫くすると視界がハッキリとしてくる。
「痛い!痛い!痛―――い!タスケテ、タスケテ!」
「おい、目を見せろ。目に砂が入ったんだろ?」
「触るな――!ころすぞ―――!」
マグスは否応なしに少女の片眼を手でこじあけると水を流し込むが、小さな身体が暴れ出した。
「ひいいいいぃ―――!」
「おい!動くんじゃねえ!あと、目は開けたままにしろ」
―――沈黙。落ち着いたのか少女はスクリと立ち上がるとマグスを睨み言った。
「オマエはシャーマンナイトなのか?だったら我々と同行するんだ!」
「違う。なんだそのシャーマンってのは。イカサマ術師しかしらねーぞ。つーか、一から説明しろ。わからん。あと、一応名前もな」
少女は訝しげな顔をすると釈然としない態度で、腕を組み空を見上げて少しずつ話し始めた。
「……我の名はリント。西の大陸から来た。以上だ」
「端的すぎる!わからん!まず、あれはなんだ。魔法か?イカサマだろ」
「何を言っている!あれはシャーマンの術式、ウィンド・サークル。以上だ」
「わからん。もういい。ところで、こんな砂漠の中で何をしている。見渡してもテントなんてないぞ」
「うむ。術式で見えなくしてるからな。こっちへ来るがいい」
リントはマグスを来るように促すとある地点で脚を止め、手を伸ばし何を言ってるのか訊き取れない言葉を呟いた。
「よし、結界は解けた。入っていいぞ……いや、入るな!まて!何故オマエをここに入れなきゃいけないんだ!」
「……リント、おまえが来いって言ったからだろうが。入らせてもらうぞ。寝床と食料が欲しい。そういや、おまえ中々かわいいぞ」
「そうだろう。そうだろう。入っていいぞ」
扱いやすいな、こいつは……。俺はなんとしてでも生きなきゃならない。助け糸があれば細くても束ねて登ってやるさ。