ヘル・デーモン
「いたーいたー!マグス、あんなところで寝てるし!あははー!」
ラプラは走っている馬車から飛び降りるとマグスへと駆け寄った。
リントも後を追い馬車を降りて走る。ラルは白馬に乗りゆっくりと近づいていく。
「あれー?目を開けたまま寝るなんて器用じゃんー。ねえ、早く馬車に乗りなよー。キズ治してあげるからさー」
マグスの腕を掴み引くと、重みでラプラは尻もちをついてしまう。両手で脇を持ち「んー!」と力いっぱい引っ張るも、少しずつしか動かない。
「…………姫様。衣服が血で汚れてしまいます」
「あ、ラル。お願いー手伝ってー。マグス、寝てて重いんだもん」
「……姫様―――その者は、」
「もーマグス、早く立ちなよ!ほら、バンザーイ!」
ラプラはマグスの両腕を持ち上げ、手を放すと両腕は力なく地面へ落ちた。
「―――姫様。……その者は……死んでいます」
「はあー?冗談でしょ?」
「姫様、マグスは死んでいるのです!…………失礼しました。今からこの者を焼きます」
「……へえー。そうなんだ……ラル。主人に逆らうの?」
光沢の消えたラプラの眼が鋭くラルに突き刺さる。
「姫様の手で殺されるなら本望です。悔いはございません」
ラプラとラルのやり取りと訊いていたリントが叫んだ―――。
「―――待つのだ!次元の裂け目なのだ!」
「な……っ!次元の裂け目だと!?裂け目……幻影大陸にしかないはずだ!」
ラルは仰天の眼差しを裂け目に向けると、青い巨体が黒い炎を周囲に撒き散らし姿をあらわす。
「な……んだと……ヘル・デーモンだと!?―――何故こんなところに!」
「―――ラル!ヤバイぞこれ!我らで勝て………………」
身体が静止した―――ラルとリントは言葉も発せず驚愕したまま身体が動かない。
青い巨体がのっそりと動き、暗闇にある光が周囲を見渡す。マグスの血液が付着したツノが二人を捉える。
「フシュー……キサマタチ……サーナドゥノモノカ……ダガ……イズミニハイカセナイ」
その時―――ラプラの一声が上がった。
「―――セイント・デスペル―――」
「うっぐっ……はぁ……」
「あふっ……ひっ……」
ラルとリントは全身から汗が吹き出し膝から崩れ落ちる。
「―――二人とも逃げなさい。あなた達じゃ勝てない。……地獄の門番よ……貴様が、マグスを殺したのか」
ラプラの顔は豹変し普段の柔らかさはもうない。残忍な鋭い眼つきでヘル・デーモンを凝視する。
「フシュルル……ホウ……キサマ、ソーサラーカ……。ソコノニンゲン……ソウダ……」
「……そう。では、とっておきの殺し方で殺してやろう。苦しみながらジワジワと殺してくれてやる。ありがたく思うがいい……クククク……」
喉元を鳴らしラプラは右腕を水平に挙げると、ヘル・デーモンの左腕が引きちぎれ飛び散った。
「ゴアァァァア……!コノチカラ……プレアサマ……ノ……」
「プレア……?誰だそれは……次は右腕だ」
ヘル・デーモンの右腕が引きちぎられる―――。その上空で次元の裂け目が開き、青色の巨体が吸い込まれていく。
「クククク……逃がすと思ってるの?……ディメンジョン・ヴォイド!」
裂け目が閉じられ、ヘル・デーモンの巨体が地面へと轟音を立てて落ちる。
「グォオオオオオオ!!」
周囲に低い激しい声が轟く。
ラプラは右手を胸に当てるとヘル・デーモンの左足がちぎれ飛んでいく。
「可哀想……だから、右足は残して頭も潰さないようにしてあげる。優しいでしょう?」
ラプラが左手を前に前に突き出すと、腹の贓物が飛び散る。ヘル・デーモンの身体は原型がとどまっていなかった。
「グオ……プレアサマ……モウシワケ……」
「……まだ生きてるの?しつこいなぁ……」
ヘル・デーモンの頭部が飛び散り、地面は血だまりとなり真紅に染まっていた。
「ふん。他愛もない。…………そうだ!ラル!いいこと思いついちゃった……!」
「……は……」
ラルは恐怖していた―――。
幻影大陸の戦争でヘル・デーモンを召喚されると、シャーマン百人でも太刀打ちできない。それを一瞬にして葬り去ったラプラに慄然とする。
「―――マグスを生き返らせるの―――!」