マグス、捜索
小鳥のさえずりが聞こえ、日光が差した頃、マグスは荷物を肩に掛け老人に礼を言った。
「食いもんまで貰ってわりいな。今度お礼に来るからよ。長生きしろよな、ジイさん」
「……のう、小僧。今からでも遅くない。考え直さんか?命は大切にせにゃーいけん。わざわざ死に急ぐ事もなかろう……」
「そうだ―――命は……大切なんだよ。その言葉だけで十分だぜ。じゃあ……行ってくるわ」
ニッと笑うとマグスは右手を軽く挙げ、森の中へ消えていった。
「―――ねえ、ラル……お願い!マグスを探して欲しいの。えーと、たぶんね、一生のおねがーい、だよ!」
「……姫様お戯れを。彼奴はもうこの周辺には居ません。どこかで野垂れ死んで魔獣にでも喰われている事でしょう」
「でもぉー、ラルはあたしの言うこと聞いてくれるよねー。あたしの家来だもん。……お願い、お願い、お願い、お願い、おねが―――い!」
「しかし………………ですが…………」
ラプラはちらりと白い歯をこぼすと、頭を抱えしゃがみ込み、苦痛の表情を浮かべた。
「うっ……うう。頭がいたーい!死んじゃうかもしれないー。もう、一生のお願いができなーい~……かもしれない……」
「姫様、大丈夫ですか!少し横になってください。出発は取りやめに致します」
「ううん。あたしは行くよ。インフェルノを封印しなきゃいけないの。だから……マグスを探して……お願い。……マグスが……必要なの」
ラプラは涙を浮かべ、嗚咽を漏らしながらラルへと訴える。
「………………わかり…………ました」
釈然としない表情でラルはラプラの願いを受け入れた。
泣き落としが成功したラプラは、ニヤリと笑いを浮かべ舌をぺろっと出す。
ラプラ達は馬車に乗り、西へ西へと足を向ける。
道中、道がなくなり、馬車を手綱で引き歩く事となった。路傍の状況は芳しくなく、リントが馬車の後ろを押す場面も見られ、先行き困難であった。
そして、ラルは幾つものガーゴイルの死体を発見する。
「……この切れ味。奴の剣か。奴も西へ向かったと思っていいな。一人でフェリドーチカ草原を越える事はできないだろうからな」
「ね~、ラル。どうかした?早く行こうよ」
ラプラが馬車から顔を出しラルに催促をする。リントは悪路の連続でヘトヘトとなり、道端でへたり込んでいた。
「はっ、すぐに参ります。……なに、野犬が死んでいたので彼奴かと思いまして」
―――道なき道を馬車は進んでいく。
リントは息が切れ、ラルも疲労を隠せなくなっていた。
最中、ラプラが馬車から勢い良く身を乗り出し、指先を空へと向ける。
「―――ねえ、煙が上がってる!きっと、マグスだよ!」
ラルは馬車を白煙が昇っている方向へと向けた。
煙を辿って行くと開けた空き地に小屋がぽつんと立っている。その横で老人が火を焚いて食事を作っているようだった。
老人は馬車に気づき、双眸を見開き声を上げる。
「なんと……!サーナドゥ国の衣服じゃと!?十五年、いや二十年ぶりに見たぞ……!」
その老人は馬車ではなくラプラ達の衣服に驚愕していた。ラルは不可解な面持ちで話しかける。
「その通りです。ご老人。なぜ、サーナドゥ国の事をご存知なのですか?」
「ふぉっふぉっ、年をとっても忘れはせんよ。この森に迷い込んだサーナドゥ国の少女を泊めてやったんじゃ。それは美にあふれた少女じゃった。昔は……この森は人間に荒らされておった。そして、少女は不思議な力で妖精たちを放ち、人間から森を救ってくれたんじゃ」
「そうでしたか……我々は旅をしている者です。不躾ながら少しここで休ませていただけないでしょうか」
「ええよ、ええよ。いくらでも休んでいってくだせえ。食事もありますで……」
ラルが老人と話をしていると馬車からひょっこりとラプラが顔を出した。
「ねえ、おじいちゃん!こんな、こーんな顔をして、額に少しキズがあってー、ほっぺがひょーってなってる人見なかったー?」
ラプラは眉を指で吊り上げ、眼を少し横へ伸ばし、頬を両手で潰して老人に訊いた。
「それは……昨日泊まった小生意気な小僧の事かの?たしか……名前は……マ……」
「――マグス!」
「そうじゃったな。お前さんたちのお知り合いかの?それにしては品がのう……」
ラルはため息を漏らすと、一連の成り行きを老人に話し訊かせた。
三人は小屋の中で休憩を取ると死の森の魔族の事を訊かされ、早々に老人に別れを告げた。そして馬車を疾走させ、マグスを追った―――。