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森の番人

 ―――イカれてやがる。


 暗澹たる森の中を、草を掻き分けながら怒りに身を忘れ、がむしゃらに進んでいく。


 ……洒落にならねえ。あいつと比べりゃインセイン・ボーイの名なんてゴミみてえなもんだ。俺は妹の命を助ける為だけにあいつらとつるんでいた。だがこれ以上、一緒に旅するなんざこっちから願い下げだ。妹を助ける手段は幻影大陸さえ探せばなんとかなる。……軽々と大勢の人間の命を奪いやがって、ラプラ―――。


 音を立てずに立ち止まる―――。

 木の軋む音と複数の気配をマグスは逃さなかった。素早く剣を抜き取り、腰を落として構える。


 多分、ガーゴイルだな……五、六匹ってところか。ちょうど腸が煮えくり返ってた所だ。ぶちのめして―――ん?……他に何かいるな。

  


 ―――ラルの眼にゆらめく炎が映し出されていた。

 火葬。

 幾度も死体を焼き尽くしてきたラルは、感情もなくただ見つめている。

 黒煙は空へと昇り夜空へと溶けていった。


「リント、ご苦労だった。今日はゆっくりと休むがいい。明日の午後から旅を再開する」


「ラル……。我はいつまでこんな事を繰り返せばいいのだ……」


「我々は、姫様を守る事を宿命付けられ…………いや、いつも悲しい思いをさせているな、リント。インフェルノの封印するまでの辛抱だ。……悪魔か……言えなくもないな……」


 それ以降、二人は会話を交わす事はなかった。



 けっ……こんな雑魚どもと戦っても気がおさまらねえ。


 数匹の死した魔獣が地面に転がり、しばしの静寂が訪れた。

 だが、マグスは血の浴びた剣を布で拭いさり、さらに身構える。


「―――おい!いるんだろ!出てこいよ」


 木々のざわめきとともにマグスの声が響き渡る。

 そして、闇夜からぼんやりとボロボロのローブを着た老人が現れた。


「ふぉっふぉっふぉっ。小僧、この森へ何しに来おったんじゃ」


「……ジジイこそ、こんな所で何やってんだよ。魔獣に食い殺されるぜ?」


「そうじゃのう。食い殺されるなら若い娘に食べられたいのう。ふぉっふぉっ」


「ちっ……なんだよ。エロジジイかよ……」


 マグスはがっくりとうなだれると肩の力を抜いた。

 老人は背が子供のように小さく猫背だった。白髭が腹まで伸び、顔には深く刻まれたシワがある。

 小さな老人にマグスは警戒することなく言った。


「エロジジイ、食いもんを売ってくれ。金ならある」


「……ほっ」


 老人はマグスへと素早く脚を掛け、すっ転ばされたあげく尻もちをついた。

 マグスは何が起こったのかわからず呆気にとられる。


「誰がエロジジイじゃ。この森で金なんぞ一切役に立たんわ。口の聞き方もわからんのか、小僧」


 ……このジジイ。気を抜いていたとはいえ、俺を出し抜きやがった。くそっ……なんなんだ。


 マグスは立ち上がると剣を鞘に収め、ぐっと胸を張り睨みを利かせて言葉を吐いた。


「―――いいから、食いもんをよこせ!エロジジイ!」


 あっという間だった。暗転しマグスの身体がフワリと浮くと、地面へと投げつけられられた。


「じゃから、口の聞き方に気をつけえと言っとるじゃろうが」


 ―――油断はしていない。自分より強い相手に驚愕したマグスは、体勢を立て直し、剣に手を掛けるその矢先だった。

 空腹の気の抜けた音が静かな森に小さく響く。


「ふぉふぉ、腹空かしとるんかいの。まあええ、着いてくるがええ」


 ……ちくしょう。最近、俺の調子が狂いっぱなしだぜ。仕方ねえな、ジジイに着いていくか。……前にも……こんな事あったな……。


 老人に着いて行くと小さな山小屋が立っていた。小屋には大量のツルが伸び絡んでおり、まるで森と同化しているような錯覚を起こさせる。


「入れ、小僧」


 老人に言われるがままに入ると小さなベッドと調理道具しかない素朴な家だった。

 月の薄明かりの中で老人はマグスに調理道具を持たせた。


「外へ出ろ。飯を作っちゃるけえ」


 老人は火を起こし、裏庭にある野菜を持ってくると料理をし始める。

 マグスは一言も喋らず、それをしげしげと見ていた。


「……ワシはこの森の番人じゃ。名前は……ジジイじゃからジジイでええ。ふぉっふぉっふぉっ」


「―――番人?この辺になんかいるのか?」


「まあの。小僧、このまま道なりに進むと死ぬぞ。無理は言わんから引き返すがええ」


「……俺は引き返す事は出来ねえ。この辺に街はないか?」


「このまま西に行くとカルアの街に出る。じゃが、森を抜けるのには死を覚悟せんにゃいけん。東へ戻るとプラハド村じゃ」


 プラハド村……言葉を訊きマグスは嫌悪感を示し、苦渋に満ちた顔になる。


「それと……北にも行けるんじゃが、そこは迷宮の森と言ってな。そこを抜けると妖精がおるらしい。まあ、誰も辿り着いたもんはおらん。かくにも誰も帰って来たことがないからのう。ふぉっふぉっ」


「ジジイ……いや、ジイさん。俺は西へ行く。来た道は戻らねえ、戻りたくもねえ……」


「ふむ……今日は飯を食ってゆっくりと考えるがええ。西は死の森と呼ばれ、魔族のすみかじゃ。やめといたほうがええ。死んでもしらんぞ?」


「ああ、死にかけた事は何度もあるがこうして生きている。インセイン・ボーイを舐めんじゃねえよ」


「そりゃ勇ましいのう。なんじゃ?インセ……?」


「おい……ジイさん、野菜が焦げてるじゃねーか」


 ―――引き返す事は出来ねえ。なによりプラハド村へ寄りたくねえしな。俺はもう、あいつらと関わるのはもうごめんだ。街へ行って幻影大陸へ行く手段を探すしかない……。

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