辺境の村
平原を抜けると山に囲まれた小さな村にたどり着いた。家々は古風な藁葺き屋根で造られ、窓もガラス戸ではなく木板で出来ている。村は閑散として人が見当たらない。
民家をを訪ねるも誰一人として返答はなかった。
ただ一つ、青い屋根の大きな教会は別文化の建築物のようにそびえ立ち、静かな村で異色を放っていた。
「なんだ、しけた村だな。人っ子一人いねえ。食料と宿を探すとしても人がいないんじゃな。あの山の上にある教会へ行ってみるか……誰かいるかもしれねえ」
「キサマはアホだからな。どうせ神サマを信じないヤツダロ」
リントは歩きながら両手を頭に回し、軽蔑の眼差しをマグスに向けた。
「まあな。祈ったって金にもならねえ。食いもんと寝床さえありゃいい。信じる者は自分だけだ」
「貴様は信仰心くらい身につけておけ。神は我々を見守って下さっている」
「ふん、そういうもんかね。祈って幸せになるなら、ずっと祈り続けてやるさ」
白馬の手綱をラルが歩き持ち、マグスとリントものどかな風景を見ながら道を歩いていた。
魔獣の気配もなく畑や道ばたに咲く花が延々と続いて、ときおり民家が列んでいる。
ひょっこりラプラが馬車の中から身体を乗り出した。
「ほんとーに、人いないねー。マグスの服洗わないと臭いよ~」
「ああ、魔獣の返り血がたんまりついているからな。臭うのは仕方ねえだろうが。しかし、この服、派手すぎて落ち着かねえ……」
マグス報酬で貰った服と銀色のシルバー防具に着替えていた。
「あたしは、その服カッコいいと思うよ~?このローブも着てみてー」
「……無理だな」
ゆるやかな坂を二つ超え、教会へたどり着いた一行は外観を見上げた。
深い青色の屋根、きらめくステンドグラスの窓に白い壁、さながら教会としか思えない十字の飾りが屋根の頂点に上に飾られている。
入り口であろう大きな扉は古い歴史を想わせる造りをしていた。
「ラプラは馬車の中で待ってろ。とりあえず中へ入ろうぜ」
「おい!失礼だろう。貴様、ドアノッカーくらい使え」
ラルの制止を聞かずにマグスはドアを開ける。大きなドアは鈍いきしむ音を立てながら開いていく。
教会の中はステンドグラスからカラフルな色の光が差し、村人と思われる集団が肘を机に立て両手を組み座っていた。
奥には大きな女神像が飾られ、その前で牧師が教えを説いているようだった。
「───そう、私たちは恵みは女神様のご加護に守られています。女神を愛し慈しみ、慈悲を受け私たち生かされているので……」
神父は話を途中でやめると、マグス達を一瞥し穏やかな表情で言った。
「おや、見かけない顔ですね。旅人ですかな」
神父はほほ笑み、あたかも見知った人間に話しかけるように言った。
髪は白髮で髭を生やしていたが、声のハリや表情は若々しさがあった。十字のアクセサリーを首にぶら下げ、紺色の丈の長い服を着ている。
ラルが頭を下げ謝罪をした。
「お祈りを中断させてしまい、大変申し訳ありませんでした。村の方々にも失礼を致しました。我々は旅をしている者です。食料と宿を探しております。どうかお力添えを」
「はっはっは。これはこれは、もちろんいいですよ。こんな辺鄙な村へようこそ。わたくしはプラハド村の神父レモンドと申します。教会の離れに部屋がございます。そこへ泊まっていってください……みなさん、旅人をあたたかく迎えてあげましょう」
教会内は拍手が沸き起こり、視線がマグス達に向けられてる。
近くの老婆がラルの顔を見上げ、
「まるで女神さまの使いのような格好じゃのう。ワシの畑で取れた野菜ならいくらでも差し上げよう。いっその事、この村で暮らさんかの?神のお導きで衣食住には困らんよ」
「いえ……我々は旅を続けねばなりません。とどまる事は出来ないです」
「そりゃ残念じゃ。まあ出来る事はワシがしてあげるでの。ゆっくりしなさってくだせえ」
老婆は杖を持ち立ち上がり満面の笑みを浮かべる。村の人々もにこやかな表情で向かい入れてくれた。
祈りの儀式はそこで中断され、村人は老若男女出口から出ていく。
「なにか困った事があったらなんでも言って下さい」
「食べ物ならうちの山菜と猪の肉があるで。持っていくがええ」
村人は口々に親切な言葉を漏らし、名も知らぬ旅人へと話しかける。そこへ、幼き少女がリントへと興味を示し「遊ぼうよ!」と手を握り誘いの声をかけた。
「我は遊ぶ気はないのだ。遊ぶなら一人で遊ぶのだ。大人だからな!」
「ふっ……ちょうどいい遊び相手じゃねーか。背丈もほとんど変わらねーしな」
マグスは揶揄するとリントは少女の手を振りほどいた。
少女は転倒し嗚咽をもらし泣き始める。足の膝を見るとすりむいて血が滲んでいるようだった。
「……わ、我は悪くないのだ」
「オメーが悪い。……一晩、世話んなる村だ。子供に怪我させちゃまずいだろ」
マグスは馬車へ行き、ラプラを呼んでくると少女を治療するよう頼んだ。
「マグス?この間、術式使っちゃいけないって言ってたじゃんー」
赤い甲殻の魔獣との戦いのあと、マグスはラプラに術式を使わないよう促していた。
「すまねえな。今日だけ頼むわ。ラルもいいだろ?」
「……まあ、仕方ないだろう。リント、反省するのだな」
「…………はい」
小さく出た声は、リントの表情まで弱々しくさせていた。
ラプラは術式で少女の膝を治すと、その事柄を見ていた村人たちが騒ぎ出す。
「なんと……女神様が……おいでになられた―――」