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魔獣バリヴァトス

 まったく、正直、馬車生活も飽きてきたぜ。車両ならとっくに目的地まで行ってるつーのに。まあ、燃料が餌なら馬車も悪くねえが、こうのんびりしてると……。


 眼に涙を浮かべ思い切りあくびを一つ、


「マーグス!なーにしてるのぉ?」


「……がふっ」


 ラプラに意表をつかれ後ろからがばりと抱きつかれ、マグスは舌をかみ苦渋の表情をする。


「おい!テメーいきなりなにすんだ!離れろ」


「いいじゃん、いいじゃん!それで、なーにしてるのぉ?」


「……鉄針の補充だ。鞘の中に詰めてる……」


「あたしもやりたい!」


 栗色の長い髪が風になびく。青く澄んだ瞳と小さな顔、見慣れてしまうとただの少女に思えたが近くで見るとその美しい容貌にマグスは息をのんだ。


 こいつが……人を殺してたなんて信じれねえ。姫さんは自分の運命を知ってるのかね。待っているのは死だっつーのにあっけらかんとしてやがる。


「―――いってえ!」


 玉ねぎがマグスの頭に直撃し、リントがしかめっ面をして睨んでいる。


「キサマ、姫サマのご命令だ!断ると玉ねぎじゃ済まさんぞ!」


「おら、リント!なにしやがるんだ!別に断ってねーだろうが!……ちっ……まあいい。ラプラ、剣は抜いておいてやるから壊すなよ」


 喜ぶと思われたラプラは黙って鞘から抜かれた剣をジッと見ている。


「ねえ、マグス。この剣……術式がかかってる。なんだろう……感じたことのない術式だよ」


「………………はぁ?」


 マグスは首を傾げ、剣を持ち掲げると満面の笑みを浮かべて言った。


「この剣はな、プレアキメデルソードと言って俺の両親の渾身の作だ。軽く、岩をも切り、刃こぼれもしない!三拍子揃った最強の剣だ。こいつのお陰で俺は生きていると言っても過言じゃねえ。どーよ、この煌めき。俺はこの剣に術式がかかってるなんて聞いた事もねえ。……ラプラ、そいつはたぶん気のせいだ」


 ラプラは剣から眼を離さない。凝視し続けマグスの後ろ側からのしかかってくる。

 体重が軽いとはいえめんどさくなったマグスは、剣を鞘に収めラプラを跳ね除けた。


「―――いったーい!マグス、ひどいよ~」


 ドスンと尻もちをついたラプラはお尻をさすっている。


「おまえが―――いてっ!いてっ!おいこら!リント、やめろ!」


「オマエのようなアホはニンジンとジャガイモに土下座するのだ!姫サマに謝るまで投げ続けてやるからな!」


 くそっ……始末に終えねえ。俺の剣に術式だと?冗談じゃねえ。両親ともれっきとした人間だ。こいつらみたいに術式なんか使ったところも見たことねーしな。


 いきなりラプラは眼を見開き、何かに気づいたように馬車の外の見える場所まで這って行くと、


「……あれ、なんだろう?……ねえ、ねえ、マグス」


 目線を合わせないラプラは袖をクイクイと引っ張る。

 マグスはめんどくさそうにラプラの目線の先を辿って行くと、砂煙を上げて接近する物体見た。


「ああ、どっかの車両だろ。ド派手な車両だな。真っ赤?……おい!双眼鏡はあるか!」


「ホレ、投げてやるから受け止めろ。キャベツも投げてやろうか?」


「―――うるせえ!早く貸せ!」


 リントから双眼鏡を奪い覗いたマグスは双眸を見開いた。


「やべえ……バリヴァトスだ……。しかも超特大級だと?こっちを追いかけて来てやがる!―――ラル!聞こえるかっ!魔獣が追いかけて来ている!全力で逃げろっ!」


 馬の鳴き声が周囲に響き渡り、馬車はゆるやかに停車する。

 ラルは怪訝な顔をし馬から降りて馬車の中へ覗かせる。そして、つまらなそうに言った。


「―――なんだ。たかが魔獣だろう。くだらない事で呼び止めるとは……」


「おい、たかが、じゃねえ!鋼鉄の魔獣バリヴァトスだ!シェーカーが10人いても倒せるか倒せないかのヤツだ。しかもでけえ!あんな大物見たことねえ!」


「くだらん。返り討ちにすればよかろう。リント、行くぞ」


「あいあいー!」


 魔獣が砂煙を上げて迫ってくる中、リントは砂を集めてペシペシと両手をならして砂山をつくっている。ラルは気だるそうに片腕を腰に当て余裕な表情を浮かべていた。

 様子を見ていたマグスは、馬車から飛び出ると剣を構え戦闘態勢に移行した。


「おい!―――来るぞ!」


 巨体な四肢を大の字に挙げ、太く鋭い爪と緑色の眼光が一行を威嚇した。身体は鮮明な赤い甲殻で覆われ、裂けた口から長い舌がベロリと出ている。少なくともマグスの身長の二倍はある大きさだった。低い唸り声を上げ、巨体とはうらはらに俊敏に動いた。


「ふん!魔獣ごときが!」


 ラルの右手から炎がうねりを挙げ魔獣へと放射する。炎は魔獣へと命中すると四散し飛び散った。左手を手前に差し出すとランダムに爆発が起こる。轟音と火花を散らせ煙を上げるが魔獣は健在であった。魔獣は空を響かせるような雄叫びを上げる。


「次は我なのだ!覚悟するがよい。術式、サイクロン・ストーム!」


 リントは両手を天に突き出すと、強風と鉄をすりあわせたような音が魔獣を包む。


「しね、しね、しね!―――あはははははは!……は……効かない?のか?」


 埃の舞い上がった隙間から鋭い爪がリントを襲う。


「―――あぶねえ!」


 マグスはリントをかばい抱きかかえたまま地面を転がる。マグスの右腕から血がしたたり落ちた。

 ラルは蒼白顔で突っ立って微動だりしない。


「っ……だから言ったじゃねーか。こいつは別各なんだ!ちくしょう。俺が殺ってやる!」


 剣を構えマグスは眼を閉じ集中する。剣に力を込め猛然と魔獣に叩きこんだ。

 剣が輝くと円曲線の波動が魔獣へ当たり、右肩の甲殻が飛び散る。マグスはその一瞬を逃さなかった。しゃがみこんだ魔獣の右腕を駆け上がり、あらわになった肌へ剣をそのまま全体重をかけ突き刺した。血ふぶきが上がり、しばらくすると巨体は地響きを立て地面へと倒れこんだ。


「ふう……せっかく服を洗ったのに台無しだぜ。血まみれとはな。こいつの甲殻はミスリル並の硬さだ。術式も効かねえって」


「……オイ。汚れ戦士。すまなかったな……」


「まあいいってキズもたいした事ねーし。ラル。そんなところで突っ立ってないでラプラが待ってる。急ぐぞ」


「―――黙れ。私に命令を……いや……そうだな」


 馬車に乗るとラルは終始無言。リントも元気をどこかに落としてきたようだ。

 ラプラはマグスの怪我を回復させると、今晩の食事は何がいい?と、はにかんだ笑顔で訊いてきた。


「バリヴァトスの肉だな。まあ、もう、見たくもねえが……」

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