ラプラの秘密
「どういう事だ?何故、俺はここにいる……」
「やっと目を覚ましたか、ネボスケめ。だからオマエはアホなのだ」
馬車に揺られながらリントはリンゴをかじると、シャクシャクと音を立て呆れ顔をしている。
「マグス。ごめんね~。ちょっとだけ術式を使って寝てもらいました。エヘへ~」
「……エヘヘじゃねーよ、ラプラ。なんで俺はこんな草原にいるんだ。説明しろ」
馬の鳴き声が聞こえたと同時に馬車がゆっくりと止まる。眉間にシワを寄せ、目尻がつり上がり、への字口をしたラルが馬車に顔を出した。
「―――私が説明してやろう。貴様は城で王女に無礼を働いた上、姫様に恥をかかせたのだ。もうあとの祭りだが、貴様を殴り、気絶させ、問題を起こさぬよう軽度な術式で眠らせた。姫様の希望でそのまま旅へと連れてきたというわけだ。私は反対したのだがな」
「まてまて!俺は旅へ同行するなんて一言もいってねーぞ!ふざけんなよ。俺はここで降ろしてもらう。くそっ……なんてこった」
マグスは銀色の装備を投げ捨てるように脱ぎ、皮製の装備に着替えると馬車を降りた。
「じゃーな、良い旅を。そうそう、旅が終わったらまた連絡してくれ。ジャカランの換金屋に来れば会えるから。お前らの国にあるクスリの本が欲しい。頼んだぜ」
「オイ!餞別だ!」
リントからリンゴが投げられキャッチする。マグスは一口頬張るとニヤリとして答えた。
「うん、うめえ。いい餞別だ」
「これも餞別だ。受け取れ」
ラルの手からボストン型のバッグが手渡される。
瞬間、油断していた腰が悲鳴を上げ、マグスは顔を歪め紅潮した。
「ぐぁああああああ!重い!何が入ってやがるんだ!」
「この間行った機械屋のオヤジからの餞別だそうだ。たんまりと鉄針が入ってるらしい。感謝するんだな。あと、この五日間の報酬だ。受け取れ」
銀色装備一式をラルは白地の麻袋に入れ、マグスへと放り投げた。
「ああ?こんなもんいらねーよ。金をくれ、金をよ」
「まったく、貴様は呆れた奴だ。その装備はシルバー製の武具だ。売れば十万ジェムくらいにはなるだろう」
はあ……?俺の半年分の稼ぎじゃねーか。……あん……?五日間?
「ねー、マグス~。行っちゃうの?止めたほうがいいと思うよ~?」
「ラプラ、待ってくれ。少しばかり頭の整理をさせてくれ。俺たちは多くて三日の付き合いのハズだ。五日間も一緒にいた記憶がない」
「オマエはアホでバカでマヌケだな。二日も腹出して寝てりゃそうなるか。ひゃはははは」
腹を抱えてリントは哄笑する。
ラルは馬車から顔を出すと眼を細めた。
辺りは花開く眩い太陽が沈み出し、草原はオレンジ色に染まりだしていた。
「うむ……夜になるな。ここでキャンプをする。リント、結界を張ってこい」
「汚れ戦士め……魔獣に喰われぬよう気をつけるのだな。ま、その前に餓死か」
「うっせーな!とっとと行きやがれっ!……おい、ラル。ここはどこだ。砂漠が見当たらねえ」
「南西フェリドーチカの草原地帯だ。地図を見せてやろう。山岳からして現在地はここだ」
……ジャカランから150キロ離れた、草原……だと……!?
「ねー、マグスー。やっぱり一緒にいこーよー。私の騎士なんでしょー?」
「ラプラ!その通りだぜ!やっぱ俺がいねーと心細いもんな!仕方ねぇ、しばらく一緒にいてやんよ!」
食いもんもねえ草原で餓死は嫌だからな。死ぬわけにはいかねぇし……くそっ。
「ほんとぉ?やったー!ねえ、ラル、いいでしょ?」
「くっ……手のひらを返しおって。……姫様がお望みなら……」
渋面をしたラルはきびすを返すと、馬車からテント引っ張り出しキャンプの支度を始めた。
空気は冷え肌寒い夜となり、食事を終えたラプラとリントはテント中で静かに寝息を立てていた。
頬が赤く染まったラルはたき火に木をくべると、舞い上がる灰と共に木が焼け軋む音が鳴る。
マグスはそのそばで腰を降ろしあぐらをかいていた。
「……なあ」
「なんだ」
「ラプラはいったい何者なんだ」
「ふん。いい機会だ、教えてやろう。幻影大陸を治めているお方だ」
「その幻影大陸ってどこだよ。聞いたことねえぞ」
「地図を見せただろう。西の海の上にある大陸だ。もっとも記載されてないがな」
「……結界か。そんで術式ってなんだ。マジックか?」
「……火、水、雷、地、風、光、闇、星。幻影大陸に生まれた者は神の恩恵を受け、属性が一つ与えられる。恩恵を受けた者をシャーマンと呼ぶのだ。私は火を授かり、リントは風を授かった。それを術式と呼び、与えられた属性を自在に操ることが出来る。閉鎖された大陸だ。この土地では馴染みはないだろうがな」
―――沈黙が訪れる。マグスは眉をひそめ疑問を投げかけた。
「ラプラの属性は……?」
「姫様は……シャーマンではない。ソーサラーと呼ばれる人種だ。属性など関係ない。治癒の術式を使えるのも姫様だけなのだ。すべての術式を使い、幻影大陸を恐怖に陥れたのも姫様だ。力の加減を知らず赤子ながらにして両親を殺し、村を、街を、城を襲った。その頃、戦が絶えず続いていた幻影大陸は、姫様がサーナドゥ国の皇女に即位なされた事で、戦いは終わったのだ」
「……随分、おっかねえ話だな」
「ソーサラーは五百年に一度生まれる。それは、魔獣の主インフェルノを封印する為だけに生まれるのだ」
「そんで、封印したらどうなるんだ?」
「姫様は死ぬ。確実にな。逃れられない運命と定められている。古書にも書かれている伝説なのだ。……姫様は命を削り、術式を使う。貴様の脚も姫様の治癒の術式によって再生された。貴様に頼むのは不本意だが、姫様に術式をなるべく控えるように言ってくれ。せめてインフェルノを封印するまでだ」
「おい、それは自ら死にに行くようなもんじゃねーか」
「そうだ。それが宿命だからな。姫様の生涯は短い。封印する前に亡くなられては困るのだ。それと……貴様はクスリの調合書を欲しがっているようだな。すべてが終われば貴様にやろう。国宝だ、大事に扱うといい。まさか、貴様がそのような書物を欲するとはな」
「ああ、ラルには言ってなかったか。妹が原因不明の病にかかってるんだ。報酬がその本なら地獄へでも付き合ってやる」
「その書物に病気を治す方法が書かれてないかもしれんぞ」
「さんざん治す方法を探したさ。藁があったら掴むしかねーだろ。今にでも妹が冷たくなっていくんだ。いつ、どうなるかわからねえ。出来ることはしてやりてえんだ」
「冷たく?……それは……多分、ヘイルと呼ばれる呪いの術式だ」
「おい!知ってんのか!」
「多少な。主に城の君主に呪いをかけ、五年の歳月を得て徐々に死へと陥れるのだ。戦争によく使われる呪いだ。ジャカランの法王もその呪いにかかっている。しかし……おかしな事だ。一般民には関係のない呪いなのだが……」
「その呪いを解く方法は!」
「貴様、もう少し静かにしろ。姫様が起きる。城の古書に呪い返しの書があるから持って行くがいい」
……エファ!やったぜ!これで、お前の病気が治る!もう、苦しまなくていいんだ!とっとと、魔獣の主なんかやっつけて……。封印したら……ラプラが……死ぬのか―――。
マグスは苦悩し夜通し眠れず、馬車の中で一夜を明かした。