ジャカラン国の王女
「なんだ、これはっ!ふざけんなよ」
マグスは吠えたてた。
白い皮ズボンと青いスプライト柄の服。身体に付けられた銀色に輝く胸当て、楕円の鏡のようなバックラー、分厚い皮の灰色のブーツ。頭には豪華な装飾をされた兜を装備させられていた。
「なんでこんな恰好をしなきゃいけねーんだ。まるで騎士じゃねーか」
「当たり前だ。これから法王と謁見するというのに、みすぼらしい恰好を晒すこととなると、我が姫様と国の恥となるからな」
ラルは馬車の中からシルバーの肩当ての付いた白い紋章のローブをマグスに手渡すと、着るようにうながした。
「アホにも衣装とはこのことダナ。我らの恥部にならんよう気をつけるのだな」
ヒヒっとリントが嫌味気味に笑う。ついさっきまで寝ていたリントは元気いっぱいだ。横でラプラがにっこりとほほ笑んでいる。
「カッコいいです!私の騎士にぴったりですよ~ドキドキします!」
「そんな世辞はいい。俺は城へはいかない。お前らで聞いて来てくれ。そうだな、街の中央の噴水で待ってる」
右手を少し挙げ、振り向きざまにローブのフードをわしづみにされると、恐るべき力でグイグイ引っ張られローブの紐が首元に食い込んだ。
「がはっ!」
「だめー!一緒に行くの!マグスは私の騎士なの。そんなの許さない!」
体重を思い切り掛けられたフードにさらなる追い打ちが。リントがフードにがっしりとぶら下がってきた。
「オマエもこい!姫サマの言い付けだ!」
……死ぬ……。まさかこんなところで……。エファ、兄ちゃん、お前に何もしてやれ……。
「姫様、御戯れを。マグス、貴様は我々が安全に街を出るまでの護衛だ。城でも何が起こるかわからん。諦めて馬車へ乗れ」
ラルは横柄に言いマグスは後ろを向いたまま、震える両腕を挙げると降参した。
街中を抜けると平屋型の大きな王宮が見えてくる。天には国旗を揺らしている三つ塔。白色に縁取りをされた壁と白い大理石が精緻な造りをしている。鉄格子型の城門には鉄色の甲冑を身に纏った衛兵が二人立っていた。
「くそっ。俺はあくまで見てるだけだ。それ以外は何もしねえ」
「マグス。憎まれ口もそこまでだ。城の中へ入るぞ」
衛兵と交渉して馬車へと戻ってきたラルは、白馬に乗り上げ城門をくぐる。
中央にある女神像の周りには噴水が華やかに煌めいている。周辺は手入れをされた木々と花に彩られていた。地面には乳白色のレンガで敷き詰められた道が造られている。
「おお~すごいなここは。別荘にしてやってもいいナ」
リントがはしゃいでくだらない事を言っている。
馬車を下りると正装をした老人に室内へ案内をされた。赤絨毯で覆われた床と砂時計のように削られた白い柱がいくつもある。
階段の壁には、王冠を付けた厳格な顔をしているマント付けた法王であろう自画像が黄金色の額縁に飾られていた。
……なんだ。この豪華な城は。魔獣ハンターの俺にはとんと縁のねえところだ。場違いにも程があるぜ。
案内され部屋に入ると、謁見の間と思えない白いテーブルクロスが掛けられた長い楕円の机のある部屋だった。テーブルクロスの上には三又のランプ台が二つ置かれ、どう見ても食事をする場所のようだ。
椅子に座らされ法王を待つ事となる。待つ間、ラルがマグスに言い聞かせるように発言した。
「マグス、お前は喋らなくていい。それとここでは兜を取れ」
「言われなくても取る。お前らが無理やり装備させたんだろうが」
マグスはふてぶてしく兜を脱ぐと床へ置いた。
しばらくする入ってきたドアの異なる反対側のドアから、白いドレスと装飾品に身に纏った女性が入ってくるとゆっくりとしなやかに頭を下げた。
マグスは女性を注視した。女性ではなくラプラのような少女だ。蒼い髪が腰のあたりまで伸び、顔は小さく長いまつげのパッチリとした眼。ネックレスや小さな王冠を除いても、とても美しい少女だ。
「初めまして。ジャカランの王女フェリカと申します」
凛とした態度と澄んだ声は王女と呼べるにふさわしいものだった。
「初めまして。サーナドゥ国の皇女、ラプラと申します。以後、お見知りおきを」
……ラプラの奴、ちゃんと姫さんしてんじゃねーか。つーか、サーナドゥって訊いたことねえ国だな。ま、どっかの小国なんだろう。
フィリカ王女はひざまずくと、ラプラの手の甲にキスをした。
うん?ジャカランの王女がひざまずく……だと?この辺一帯を統治する国だぞ。意味わからん……。
「まず初めに謝らなければなりません。昨日、訪ねてこられたのに衛兵が断りを入れたようですね。現在、牢に入れて反省させています。どうぞご容赦ください」
「ええ、気にしていませんから。どうか牢から出してあげて下さい。それより……法王様はどうなされましたか?」
「ありがとうございます。……父はいま病に倒れています。そして法王の名を借り、その娘フィリカが代理で街を統治させて頂いています」
やれやれ。こんな娘が法王の代わりだと?どうなってんのかねこの街は。
「さて、本題に入らさせていただきます。我が国は八年前から魔獣に悩まされていました。そこで国をあげて調査を行い、その魔獣を生み出す根源となるものを見つけたのです。しかし、我々は総力をあげても太刀打ちできませんでした。打つ手のない我が国は、幻影大陸におられるシャーマン達の術式にすがるしか方法はないと結論が出ました。無理は承知です。ぜひお力添えをお願い致します」
「ちょっと待てよ」
マグスが椅子から立ち上がりフィリカ女王を睨みつける。
「貴様、この席で無礼であろう!黙って席につけ!」
「……ラル、すまねえな。どうしてもフィリカ王女に意見したくてな」
フィリカは動揺を見せずさらりとラプラに訊いた。
「あのお方は?」
「私の騎士マグスです。不躾者で申し訳ありません」
「いえ……勇ましいお方ですね。わかりました。お聞き致します」
ちっ、王女に潤んだ瞳で見られてもな……調子狂うぜ。
「ま、その根源とやらを根絶やしにしたら魔物がいなくなるって話だろ?各国から集められたシェーカーの傭兵共はどうするんだ。魔獣が消えちまったらお払い箱か?国にとってもあまり良い提案とは思えねえ。まあ、俺の稼ぎがなくなるってのが一番だがな」
「シェーカー達は希望があれば正規の兵隊として雇うつもりです。正規兵は皆、魔獣討伐で命を失っています。現在、城の兵も九割は傭兵です」
「よく……そんな情勢で国を治めてんな。傭兵共が反乱を起こしたら国が崩壊してもおかしくねえ。ちっ……魔獣討伐チャッカー制度も廃止か。ハンター廃業になっちまうな」
「あの、マグス様。ラプラ皇女の騎士様では……?」
「ああ、俺はシェーカーにも属さない魔獣ハンターだ。ラプラに雇われている傭兵だぜ。それに王女さんよ、街での俺の名はインセイン・ボーイって言われている。覚えときな」
「このっ!イカレ野郎がぁあ――――――!」
―――誰かに殴られた気がした。いや、殴られたっぽいな。首筋が痛い。身体中がゆさゆさと揺れているな。なんだ?あっちーなぁ、くそっ。
眼を覚ますとそこは馬車の中。顔に強い陽射しが当たり眼をしかめる。
機械仕掛けのように身体を起こすと首筋に痛みを感じた。
ふと外を見ると、
「は?……はぁ?……はぁあああああああ――――――あ!?」
そこは地平線が見える大草原だった。