雪の結晶
この小説は、企画小説の12月のテーマ『雪』の小説です。他の先生の小説をご覧になるのは『雪小説』と検索してください。
男は、アクセサリーショップでアルバイトをしている。ここでアルバイトをしている理由は、給料がいいからではなく単純にアクセサリーが好きだからだ。将来は、自分でアクセサリーショップを開いて生活をしようと考えている男にとってこの職場はまさに最適だった。
男が品物の整理をしていると、店のドアが開き一人の女性が入ってきた。
「いらっ……なんだ、雪奈か」
「おーすぅ! 会いに来てやったぞぉ! 三太」
雪奈は、片手を顔のとこまで挙げて三太にあいさつをしている。雪奈と三太は付き合っている。大学に入ってすぐに出会い、紆余曲折を得て今に至る。どこにでもいるような普通のカップルだ。
「会いにきてやったって。ここはお前、仕事場だぞ。しかも、昨日も会ったじゃねぇか」
「そんなこと言って、寂しかったくせにぃ」
三太は雪奈と会話をしながら、品物の整理を続けている。
「あ、おじいちゃんは大丈夫ぅ? 入院したって言ってたけどぉ?」
「ああ、大丈夫。一応病院には適度に行ってるけど」
「そうなんだぁ。もうすぐクリスマスなのに大変だねぇ」
「あ、クリスマスって言えば……」
そう言って、三太は手を止め雪奈のほうを見る。
「今週の土日あいてるか? 石川県に行きたいんだけど?」
「え? うん、あいてるけどこんな寒い季節に石川県?」
「じゃあ、あけといてくれ」
三太は自分の言いたいことだけ言って、また再び品物の整理をはじめた。
そして土曜日、三太と雪奈は石川県に電車でやってきた。ここまで来る間も雪が積もっていて電車がスロー運転だったのでかなり時間がかかってしまった。駅から出ると、やはり一面の雪世界。冷気がこの世界を支配しているような寒さに雪奈の身体は震えた。
「あ〜! さむっ! ねぇ、そろそろどこに行くか教えてよぉ!」
三太は、雪奈の問いかけに答えず足元にある雪を手に取り、ジッと見つめる。
「なにぃ? 雪なんか珍しくもないでしょぉ?」
「なぁ、雪の結晶ってどんな形してるんだろな?」
「え? 六角形でしょ?」
「見たいだろ?」
そう言って、三太は雪が積もっている道なき道を歩きはじめた。
途中バスに乗り、ついた場所は雪の博物館だった。そこは、雪の結晶のレプリカや、雪に関する資料、雪に関する様々な実験を楽しむことが出来る場所だった。三太は案内図を見ると、一目散に雪の結晶のレプリカが置いてある場所へと移動した。
「へぇ、三太こんなとこに来たかったんだぁ? あ、ホラ! やっぱ、雪の結晶は六角形だよぉ。あ、なんかあっちには雪の実験が出来るとこがあるよぉ!」
キョロキョロしながら一人はしゃぐ雪奈のことをまったく見ることなく、三太は雪の結晶のレプリカをジッと見ている。まるで雪の結晶に魅入られるように三太の瞳には、六角形の雪の結晶の姿がしっかりと映し出されていた。
「なぁ、雪奈。どうして、雪の結晶は六角形なんだ?」
「え? さぁ、なんでだろぉ?」
「七角形の雪の結晶があってもいいと思わないか?」
雪奈は何も答えることが出来ず、黙ってしまった。三太はこんどは、博物館の人に聞きに行った。聞いてる内容は七角形の雪の結晶がないかと言うことだ。博物館の人も呆れた顔で質問に答えている。
いままでこんな行動をしたことがなかった三太を見て、雪奈は疑問を感じていた。
雪奈は三太へと近づき声をかけようとしたとき、三太は突然、博物館の外に出て外に積もっている雪を手に取り捨て、また手に取り捨てを繰り返し、まるでなにかを探しているようだった。
「ちょっと、三太! なにしてるの!?」
三太の不思議な行動に、雪奈は少し大きな声で三太に話かける。しかし、三太は手を休めることなく雪を手に取り続けている。外は雪が降り、気温の低さは誰もが身に染みて感じるほどだった。三太の手は雪が溶けて濡れている。その手は見ると痛々しい、この寒さの中手袋すら着けていないからその痛さは見た目で痛いほどに伝わってくる。しばらくその様子を見ていた雪奈はそれを見るに耐えることが出来きなかった。
「やめて!」
その一言と共に、三太の手をとる。三太の手は雪奈の手に奪われ動きは止まる。
「どうしたの? 一体?」
三太は、雪奈の顔を眼を見る。そして、立ち上がると話し始めた。
「七角形の雪の結晶を探してるんだ。どうしても必要なんだ」
「どうして、そんなに七角形の雪の結晶にこだわるの? なんか変だよ、今日の三太は。見てよ。こんなに手が赤く腫れてるじゃない」
雪の冷たさと気温の低さから、三太の手は凍傷に近い形で赤く腫れあがっていた。ここまで腫れていては恐らく感覚もほとんどないだろう。
「それでも、あきらめられない」
一層、三太の言葉に力強さが増した。そこには、なにかを決めた三太の強い意志のようなものが感じられた。
「どうして?」
雪奈は心配そうに、三太へと聞く。
「……、病院で小さな女の子に偶然会ったんだ。その子は重病で手術をしなきゃ助からないらしいんだけど体力的に手術も難しくて今のままだと助かる見込みはないらしい。その子が言ってたんだ。どうして、雪の結晶は六角形なんだろって。七角形の雪の結晶も見たいって。でも雪なんか持って帰れないから。俺は七角形の雪の結晶をアクセサリーにしてプレゼントしたいんだ。だからあきらめられない」
その言葉を聞いた。雪奈はため息をついた。
「……なんだ。そういうことなら早く言ってよ」
そう言うと雪奈は、三太の手を離し自分の手で雪を掴んだ。そして、雪をジッと見つめる。雪奈も一緒に七角形の雪の結晶を探し始めた。三太はその光景を見て、少し笑った。そして、再び雪を手に取った。
――それから数日。
「ここが、その子の病室だよ」
三太は、雪奈と共に病気の小さな女の子の病室に来ていた。そこには、両親と女の子がいた。
「あ、どうも」
三太は、両親を見つけるとあいさつをした。雪奈も続いて軽く会釈をした。
「あー! おにいちゃん!」
「や! 綾香ちゃん。大丈夫?」
三太は綾香という女の子の寝ているベッドのすぐ近くまでやってくると、小さな綺麗な赤いリボンに包まれた箱を取り出した。綾香は見た感じ確かに病気の所為か少しやつれてはいるが、それ以外は普通のどこにでもいるような女の子だ。
「ジャーン! これなんだー?」
「え? もしかして、雪の結晶?」
三太は、なにも言わずに笑顔でその箱のリボンを取る。そして箱を開けようとする。
その瞬間、綾香の身体に異変が起きた。突然の嘔吐、その嘔吐物には血が混ざっている。そして、綾香は気を失う。突然の出来事に、三太も雪奈も驚ろく。両親も驚いているがすぐにナースコールを押す。するとすぐに看護士と先生がやってきた。どうやら話を聞く限り、病気の進行が進み緊急手術をしなくては命が危ないらしい。
綾香を乗せた台車は、手術室へと入り、外には取り残された両親と、三太と雪奈が残った。
しばらくして、先生が出てきた。どうやら手術は成功したらしい。しかし今夜がやまであることに変わりはないとのこと。乗り越えることが出来るかどうかは本人の生命力に委ねられた。両親は綾香の傍に着いたままでいる。三太と雪奈も手術を追え眠っている綾香の傍にいる。
酸素マスクをつけているその寝顔は眉間にシワを寄せて少しばかり苦しそうだ。こんな小さな女の子にこんな苦しい思いをさせるなんて、神様はなんて残酷なんだろうと誰もが思っただろう。
三太はしばらく綾香を見ていたが、突然近くの紙を手に取りなにかを書きかはじめた。そして書き終わるとそれを両親に渡し、事情を説明すると、小さな箱を綾香が寝ているベッドの枕の横に置いた。
そして、会釈をして病室を出て行った。
「ねぇ、いいの? 見てなくて?」
雪奈が三太の後ろを追いかけながら聞く。
「ああ、俺たちが見ていてもなにも変わらないしな」
雪奈はなにも言わず窓から外を見た。
「あ、雪だよ。そういえば今日はクリスマス・イヴだね」
「イヴか。じゃあホワイトクリスマスになりそうだな」
そう言って三太も窓の外を見た。そこには、白い雪が全ての存在を覆い隠すように降り注いでいた。
――翌日。
綾香は生きていた。なんとか山場を超え、耐え抜いたのだ。そして弱々しいことに変わりはないが意識も回復した。両親は涙を流している。きっとうれし涙だろう。そして、枕の横に置いてあった箱を手に取り綾香に見せる。昨日三太が言っていたことを説明し、箱を開ける。そこには、六角形の雪の結晶のアクセサリーが入っていた。
綾香は不思議そうな顔でそのアクセサリーを見る。そして、母親は昨日、三太が書いた手紙を綾香に読み始める。
”綾香ちゃん、よくがんばったね。このアクセサリーは君へのクリスマスプレゼントだよ。六角形の雪の結晶のアクセサリーだ。七角形の雪の結晶は見つからなかった。なんで七角形の雪の結晶はないのか、それは六角形っていうのは自然に出来る一番綺麗な形だからだよ。だから、君に世界で一番綺麗な六角形の雪の結晶のアクセサリーをプレゼントするよ。でもね、綾香ちゃん、世界にはまだまだこの雪の結晶以上に綺麗なものがたくさんある。ずっと病院で生活している君にはわからないと思うけど。でも、見たいと思わない? 君なら見ることが出来るよ。だってたいへんな手術にも耐えたじゃないか。君は生きている。だから、自分の眼で見に行くんだ。この美しい世界の姿を”
母親から手渡されたアクセサリーを綾香は見ている。
「綾香、最高のクリスマスプレゼントだね。がんばらないと」
母親のその言葉に、綾香の頬を雪のように冷たいものが滑り落ちる。でもそれは暖かな心を秘めた源。
そして綾香は力こそないが、芯のしっかりした声でその意思の強さを伝えた。
「生き……たい。見たいよ……綺麗な……世界を」
その小さな手には、力強くしっかりと六角形の雪の結晶のアクセサリーが握られていた。
――数日後。
三太は、祖父の見舞いに来ていた。祖父の病室に向かう途中で綾香のいた個室の病室を通る。三太はその部屋を覗く。そこには、綾香の姿はない。現在は誰も入っていないその個室は、静かだった。三太はその部屋から見える窓を見た。外には静かに誰にも気付かれないくらいのしなやかさを持った雪が降っていた。それを確認すると、三太はその部屋を後にし、祖父の病室へと向かう。
「おじいちゃん、見舞いに来たよ!」
三太は扉を開き部屋へと入る。
「あ、おにいちゃん!」
「お、綾香ちゃん、起きてて大丈夫なのか?」
「うん!」
綾香は、元気よく純粋な笑顔で返事をした。綾香の胸元には首から下げられた六角形の雪の結晶のアクセサリーが輝いている。
あの後、綾香は退院とはいかないが見る見る回復していった。この調子ならすぐに退院できるだろう。そのため、個室から大部屋に移されたのだ。そこには、あの個室同様に窓があった。窓の外を見ると雪が降っている。
綾香の目にも映っているだろう。空から降る天使の羽のように舞い散る綺麗な六角形の雪の結晶を。
綾香が助かったのは奇跡だと思うかもしれない。でも――。
でも、本当に大事なのは生きようとする意志。その気持ちがあれば奇跡でさえも起こすことが出来る。
そして、その意思があれば、きっといつでも見ることが出来る。
一番綺麗な”笑顔”という名前の命の結晶を――。
了
読んでいただきありがとうございます。ありきたりな話でしたが、どうでしたか?一応、テーマである『雪』と、クリスマス(聖夜の夜に起きた出来事)、サンタクロース(三太の行動)などを絡めました。
それでは、次回もまたよろしくお願いします。