起因-3-
いつの間にか暗くなっていた部屋で美桜は目を覚ました。
(寝ちゃったんだ…)
ぼーっとしながらも状態を起こすと、左手首の皮膚に乾いたような違和感がある。
(切った後にそのまま寝たんだ…。布団汚れてないかな?)
美桜が確かめようとした時、部屋の明かりが点いた。
眩しくて目を細める。
「美桜! 切っちゃったの!?」
「美楓?」
目を覆った手に血が付いているのを発見したのだろう、美楓は慌ててタオルを濡らしてきた。丁寧に美桜の手首に付いた血を拭っていくその手つきはこの一年間で慣れたものだった。
綺麗に拭い去られるまで美桜はただそれを眺めていた。まだ起きたばかりか思考が動かないからだ。
「美桜…」
「なに、美楓?」
「ごめんね。今日遊びに行く約束してたのに…」
申し訳なさそうに美楓が謝った。
「別にいいよ? そんなの。美楓が友達を大切にするのも分かってるもん。それに先に帰ったのは私だよ」
「美桜…」
その時、美桜は自分がどんな表情でそう言ったのかを知らない。
美楓の中に例えようのない不安がこみ上げてくる。
「何処行ってたの? お土産、あるでしょ?」
「…うん。時間経っちゃってるから少ししなってるけど……」
「大須だ! あそこの饅頭でしょ!?」
「美桜、好きだよね」
「うん!」
にっこり笑うその裏で、美桜は自分が何をしているのか、まだ把握していなかった。何をしたいのかも。ただ習慣のようになった「表情」が自然と表に出ているのだけは分かった。
「ご飯もできてるって。お饅頭はその後ね」
美楓はそう言って美桜の手を引いた。
「消毒もしなきゃね。待ってて、持ってくるから」
母親に見せるわけにはいかない。美桜は家では長袖を着ていることが多いから、包帯までは見えないだろう。せっかく快方向かっていると安堵している母に、余計な心配をさせたくない。多分心の何処かで美桜も思っている。
美桜の部屋を出た美楓は、自室に入り引き出しから消毒と包帯を取りだした。美桜がああなってから常備するようになったものだ。
「…無意識に創り出した人格も、もう効果ないんだね……。自傷だけに留めるだけで精一杯なのかな」
人間は誰しも二つの「人格」を持っている。二重人格とは違う、「理性」と「感情」の人格だ。
それが美桜にはおそらく他に三つ。それは最近の美桜の言動から分かった。
一つは会話。何処か諦観したように自分のことを話す話し方と客観的に話す話し方があった。そしてそれはネットにも反映されていた。あたかも二人の人間が一つのことをやっているかのようにしている。それも当り前のように、それこそが自然だというように。
もう一つは普通の学生よりも大人すぎることがあること。美楓の前ではそうでもないが、他人に対してそういうところがあった。かと思えば変に子供すぎて戸惑っていることがある。矛盾が一つの心の中に存在してしまい歯車が狂いかけることがある。今はそれが酷い状態で修復が追いつかないのだろう。
「美桜…、何を考えているの……?」
昔はお互いのことなんて手に取るように分かったのに、今は分からない。
美桜は口下手なところがある上に、本心を言うことができない性格だ。それは幼い頃のことが影響しているのだけれど。
「皆からは私がお姉ちゃんでしっかりしているって言われるけど、しっかりしているのは美桜の方なんだよね……」
先に生まれたのは美楓だが、性格や家での立場は美桜の方が姉らしかった。
「美桜……」