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起因-2-

 今年は美楓とクラスが分かれたうえ、階も違う。

 クラスに友人などいなく、回復したかのように見えた食欲も失せ、順調に戻っていた体重は更に減った。

 


 中間テストの最終日。

 独りでいることの多くなった学校生活で唯一楽しいのが美楓といられるバスの中だけだった。

 先にバスに乗り音楽を聴きながら本を読んでいた美桜は、バスが微かに揺れる感覚に顔を上げた。そこには美楓がいた。

「み…」

 美楓、と言おうとした美桜はその言葉を発せなかった。

「なんで…」

 美楓の後ろには何故か百合もいた。

 百合は路線が違うはずなのに……。

「美桜」

 美楓が美桜を見つけて近くに来る。美桜の複雑な感情を読み取れないのか、笑っている。

 また百合はバスが出発する間際まで遊びに来ているのかと思ったが…。

「百合も行くって。だから三人で行こ?」

 …どうして……?

「あ…、そう」

 心に浮かんだ思いを出さず、気にしてないよ、という風に美桜は言った。

 まだ他にも席は空いているが、美桜は取り敢えずいつものように美楓が座れるように鞄をどけようとした。

「百合、座りなよ」

(え……)

 美楓の言葉に、どうして、と思う。

 確かに席は近くで空いているといえば通路を挟んで右斜め。前後は空いていない。優しい美楓が自分だけ座って他人を立たせるなんてしない。

 姉の優しさなど昔から知っている。ここで「百合が座るのヤダ」と言えば、美楓の立場も百合のことも傷つけるだろう。

 仕方がないと、美桜は何も言わなかった。けれど。

「えー、美楓と座りたい」

 その言葉に美桜は固まった。ショックを受けている自分がいた。そして微かな嫉妬というものと怒りも。

 美桜はどかしかけていた手を止め、再び音楽を聴いて窓の外を見た。

 それに気づいた美楓はどうしようか、と思うが、百合に手を引かれ結局そのまま右斜め後ろに座ってしまった。


 中間テストの最終日。この日は二人で遊ぶと約束していたのに、帰りのバスには百合がいた。おそらく遊びに行くと話した美楓に、「自分も行く」と言ったのだろう。

 美楓は美桜が百合を苦手なのに気づいているが、自分といれば大分マシだろうと思っているところがある。それが嫌だと美桜自身が美楓に言っていないのだから当然だ。


 学院のバスが駅に止まった。

 美桜は二人を振り返ることなく鞄を手に取りバスから降りた。

「美桜!」

 後ろから慌てたような美楓の声がした。

 美桜は一度立ち止まって。

「先、帰るね」

 それだけ言って逃げるように駅を後にした。

 走って、走って。一刻も早く自分の部屋に、唯一の安心できる空間に逃げたかった。

 

 なんで、どうして? あの子と美楓は一緒にいるの? クラスでも一緒なんだからバスの中くらい美楓を返してよ。


 抑えきれない怒り、悲しみ、嫉妬……さまざまな負の感情が美桜を満たしていく。

 自室に駆け込んだ美桜は、ベットにうつ伏せになったまま、流れるままに涙を流した。

 美楓は暫くしても帰ってこない。

(嫌だ。何で三人なの? どうして分かってくれないの、放っておくの?)

 今まで双子ということからなのか、お互いの気持ちが手に取るように分かっていたのに、今はそれすら出来ない。

 きっと美楓は今頃、百合に止められて遊びに行っただろう。美桜のことを気にかけてはいるが、クラスでの付き合いがある上に百合はしつこい。

 帰った時には美楓は美桜のところに来て、美桜の好きなものを買ってきたと、何かくれる。

 その時美桜はどうすればいい? 笑って「ありがとう」と言えばいいのか? 自分にそれが出来る?

(もう…、分かんないよ……)

 どうしてこんなグダグダになってしまうのか。

 一昨年までは平気だったのに。学校生活も苦手な相手との会話も。少しイラついてもそれはみんなが思う程度で。

 今では笑っているのが本当の自分かすら分からない。

(また、悩んでる? 僕たちはただ一つを守るだけだよ。あの子の感情の大きな波に巻き込まれてはいけない。蒼夜、君は表を守るだけでいいのだから)

(朔夜…、でも僕とあの子は一緒なんだ。最初に繋がった。かぐ姉が直接殻を守ってるけど、最近は抑えるのが難しい……)

(僕は表に出ることはあまり出来ないから、君がやるしかない)

(分かってる……)

 薄らと開いた瞳に映るのは、カッターナイフ。最後に使ったのは始業式。

 頑張ってみようと、美桜の感情の流れがわずかに治まったからだ。

 美桜は何も考えずにカッターナイフを手に取った。そのまままだ残っている手首の傷跡の上をなぞるように切る。

 然程力は入れていないので、浅く猫に引っかかれたくらいの傷が開きわずかな血が顔を覗かせる。

「ははは……」

 一度やってしまうと蘇る。

 感情の波は大きくなり表に出てきそうなほどなのが感じられた。

(呑まれちゃダメ……)

 それは分かっているのに止められる気がしない。

 美桜は起き上がって、今度は思い切りカッターナイフをおろす。

 他人から見れば相当痛いだろう感覚は、今の美桜にとって微かに感じるくらい。むしろ悦楽の方が強く心が穏やかに下降していく。

 深めに切った傷跡の上を切ったから、何もない素肌からやるよりは深く、そして血も沢山出た。

 ポタ、ポタ…といくつか滴が落ち、手首を流れる。

 美桜はその血を手に取って、壁に塗りつけた。

 過去にやった文字もある壁は、既に白くない。赤い…とまでもいかない。汚れに見える程度だ。

 血は乾いてしまえば黒くなる。

 ところどころにある塊は赤血球なのだろうか、とぼんやり思う。

 そしてそのまま美桜は眠りについた……。




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