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眼鏡の底の真実

作者: 来生尚

「はつか、超運悪いねー」

 席替えをした時に言われた言葉の意味、その時は深く考えていなかった。

 そう。あたしの隣は奇人変人の異名を持つ「今江リョウ」だったというのにも関わらず。

 隣の席に座る今江リョウは、いつも分厚い眼鏡を掛けていてその素顔は定かではない。

 見えるんだよ、ちゃんと目も。

 だけどね、あまりにも分厚い眼鏡だから眼鏡のところだけ輪郭がおかしいし、目の大きさもなんだか変。

 多分眼鏡してなかったらそれなりに見えるんじゃないかって正直思うんだけれど、彼がその分厚い眼鏡を外す事は無い。

 しかし彼が奇人変人として校内にその名を轟かせているのは、決して容貌のせいじゃない。

 彼の独創的な世界に誰もついてこられないから。

 ものすごく読書好きな彼は、大概図書館で借りた本を読んでいる。

 それがまた健全な高校生男子が読むものとは思えないものばかりで、農業系が多い。

 別に農業が好きな人もいると思うの。

 だけどね、ここは県内一の進学校よ。

 なんで授業の合間に米の生産方法を熱心に読んでいるわけ?

 で、誰かが聞いたらしいんだ。何でそんな本を読んでいるのかって。そしたらその答えがすごいんだ。

「将来、勇者ファンタに呼ばれた時にお役に立つために」

 どれだけ頭の中ファンタジーで犯されているわけ? 子供じゃないんだから、いい年の男子高校生がそんなファンタジーを臆面もなく話しちゃうことっておかしくない?

 普通はまあテストのことだったり、進学の事だったり、それからバイトのことや彼女の事とか考えてるものでしょう。

 なのに妄想の世界の為に、農業の研究をする男よ。これを変人と言わずしてなんと言う。

 ちょっと近寄りたくない感じじゃない。

 そんな今江リョウと今日は初めての日直。気が重い。


 放課後、担任に頼まれて大量のノートを職員室に取りに行く。

 当然今江リョウも日直なので一緒。

 重たいノートを半分以上持ってくれたりして、そういうところは気が利くんだなと見直したり。

 だけど会話が続かなくて、窓から野球部の練習の掛け声が聞こえてくる廊下を、無言で肩を並べて歩く。

 こんな時に、三階の端の教室っていうのが辛い。

 職員室から遠い事遠い事。

 なんか無言ってのもやりにくい。

「今江くんって、いつも難しそうな本読んでるんだね」

 これくらいしか振れる話題がない。

「ああ、うん」

 素っ気無い返事に、いっそ無言を貫いたほうが良かったかもという後悔が過ぎる。

 でも無言で歩き続けるっていうのも、落ち着かないんだもん。

「今日はどんな本を読んでいたの」

「上総掘りの本」

 ん?

「え? かずさぼり?」

「そう。上総掘り」

 一体何なのよ、上総掘りって。意味わかんないんだけど。

 あー、やっぱり無理に話題を捻出しようとするんじゃなかった。

「ごめん、それって何」

「井戸の掘り方。江戸時代後期から明治時代に上総地方で考案された井戸の掘り方」

「へー。そうなんだ」

 あたしにはそれ以上言えないよ。語彙が少なくてごめん。でも無理。

 それ以上会話する事は諦め、黙々と淡々と教室まで足を進め続ける。

 無駄に会話してみようなんて思うんじゃなかったな。最初からこうすればよかった。

 教室に着くと教壇の上にノートを置き、自分の席に戻ってカバンを手に取る。

「それじゃあ今江くん、また明日」

 お愛想のご挨拶をして、足早に今江リョウに背を向ける。

 背後からは何の声も掛からなかった。無愛想すぎすぞ、いくらなんでも。

 溜息を吐きつつ、来た道をゆっくりと戻る。

 なーんにも楽しい事ないなぁ。最近彼氏にも振られたばっかりだし。

 窓の外を眺めると、眼下のグラウンドでは野球部の練習が行われている。進学校だろうと甲子園を目指しているんだそうだ。

 あそこのイガグリ頭の中に、アイツはいるのかな。

 三階の窓辺に立って眺めてみても、目当ての相手は見つけられない。きっとあっちからもあたしの姿なんて見えないだろう。

 何でダメだったんだろうな。

 突然言われた別れの言葉なんかを思い出しつつ、よく響く掛け声に耳を傾ける。

 この中に、アイツの声も混ざっっているのかな。

「帰らないの」

 ふいに掛けられた言葉にビクっと肩が揺れる。

 誰かと思って振り返ると、今江リョウが無表情で立っている。

「ああ、うん。もう少ししたら帰るよ」

「そうか」

 立ち去るのかと思いきや、足を止めて窓の外を眺める。

「野球部?」

「ううん。別に野球部を見てたんじゃないよ。秋の空を眺めていただけだよ」

 答えた瞬間、目が合う。

「嘘が下手だな」

 目が、笑っていたような気がする。どうしてだろう。

「あんな二股男の事なんか、とっとと吹っ切ればいいのに」

「アンタに言われたくなんか無いわよっ」

 咄嗟に言い返すときょとんとした顔をして、次の瞬間笑い出す。

 何がそんなにおかしいのかわからないけど、涙まで流しだして、あの分厚い眼鏡を外して目元を拭う。

「元気そうで何より。じゃあ俺帰るわ」

 ひらひらっと手を振って、今江リョウがあたしに背を向ける。

 何よ、何なのよそれ。

 ガっとカバンを掴み、目の前を悠然と歩く今江リョウの背中の追いかける。

「ちょっと、今江くん」

「リョウって呼んだら返事してやるよ」

 背を向けたまま、こちらを振り返ろうともしない。

 何よ、そのいきなり偉そうな発言は。

 くっそー。腹立つな。

「リョウ。ちょっと待ってよ」

 苛立ち紛れに叫ぶように声を掛けると、にっこり笑って振り返る。

「何ですか。はつかさん」

 目の前の相手が奇人変人との噂高い今江リョウだという事も、今のあたしの頭の中からはすっぽ抜けていた。だって、ここには他に誰もいないんだもの。

「勝手に名前で呼ばないで」

「俺が呼びたいんだから、構わないだろ」

「構います。そういう親しい間柄ではないもん。彼氏でもないのに、下の名前で呼ばれたくないのっ」

「ふーん。そんな事言っていられるの、今だけだよ」

「どういう意味よっ」

 キラリとリョウの目が輝く。

「はつかさんは俺と一緒にあちらの世界に行く事が決まってるから」

「何よそれ」

「俺は勇者ファンタに仕えることが決まっているし、はつかさんはジア皇女に仕えるって決まってるんだ」

 出た。脳内妄想垂れ流し。

「何よそれ。アンタの勝手な妄想ファンタジーでしょ。あたしを巻き込まないで」

 ぷっとリョウが噴き出すように笑う。それがまた馬鹿にされているようで腹立たしい。

 何で変人のペースにあたしが巻き込まれているわけ?

 こんな奴と関わりあいになったって、ろくな事にならないよ。

 明日からリョウがあたしの事を名前で呼んだりしたら、クラス中の笑いものになる。ううん、学校中の笑いものだよ。

 こいつの妄想の片棒を担ぎたくなんか無い。

「本当に、巻き込まないで」

 想像しただけでぞっとする。

 あたしまで変人だと思われて、みんなに笑われるのは嫌。

 俯いていると、じーっとリョウがあたしを見ているのがわかる。言いたいことがあれば言えばいいのに。

「何よ」

「いや。はつかさん、俺のこと嫌いでしょ」

 ドキっとしたけれど、誤魔化すように首を横に振る。

「嫌いとかじゃない。ただそういう子供じみた話に付き合うの、好きじゃないの」

「子供じみた、ねえ」

 首を傾げて考え込むかのような仕草で、あたしを値踏みするように見る。

「全てを忘れているのか。かわいそうな奴」

「哀れまないで。アンタの妄想世界にはついていけないわ」

 相手にするだけ時間の無駄だわ。

 カバンを握り締めてリョウを見る。

「本当に、そういうの勘弁して。じゃあね、さようなら」

 リョウの横を抜けて歩き出すと、ぎゅっと腕を掴まれる。

「嫌だね。絶対に連れて行ってやる。あっちの世界に」

 真剣な瞳で見つめられ、一歩も動けなくなってしまう。

 妄想を語る奇人変人とは付き合いたくも無いのに、体が固まって動けない。

「俺はお前を連れ帰る事を勇者ファンタに頼まれているからね」

「……どういうこと」

「ジア皇女を恋人にしたい勇者ファンタは、ジア皇女の最も信頼している侍女であるお前を探すよう頼まれた。まあ、それが付き合う為の試練というやつだな」

 うんうんと得意げに語る姿に、なんだかこっちの勢いが削がれてきた。まともに会話しようとしちゃいけないのかもしれない。

「ジア皇女の魔法で、はつかさんがここにいるってわかって、勇者ファンタは俺にはつかさんを連れ戻すように依頼したってわけ」

「ふーん。なかなか壮大な話ね」

 全く心が篭っていないのは、伝わっただろうか。むしろ伝わって欲しい。

「とりあえず、手、離してくれる」

 言うと、あっさりリョウは腕を掴んでいた手を離す。

「リョウの言いたいことはわかった。とりあえず考えておくから、教室では苗字で呼んで。あたしもリョウの事は今江くんって呼ぶから」

 妙になれなれしいの、嫌なんだもん。

 こう言っておけば、明日からは日常が戻ってくるわ。

「ケータイ、出して」

「は?」

「ケータイだよ、ケータイ。早く出せよ」

 言われて渋々出すと、リョウも携帯をカバンから取り出して、ポチポチ何やら始める。

「赤外線」

「は?」

「受信しろ」

 勘弁してよと思いつつも、今だけ受けておいて後でアドレス消しちゃえばいいやと思って、素直に受信する。

 すると、またリョウが携帯を弄りだす。

「今度お前送れ」

「えー?」

「何がえーだ。早くやれよ」

 メールとか来るといやだな。でもこの空気は断りにくい。

 しょうがないからアドレスを送ると、リョウは確認してカバンに携帯をしまう。

「今度メールする」

「いらない」

 即座に答えると、リョウの目が三角に釣りあがる。

「お前、さっきの話理解したわけじゃないのか。お前をあっちの国に連れて行くためにだな」

「そういうの苦手なんだ。ごめんね」

 さっと手を振って、廊下を駆け抜ける。

 あんなのまともに相手にしていたら、おかしくなるよ。

 本当にアレの仲間だと思われたらどうしてくれるのよ。十日前の席替えの時のあたしのくじ運の悪さを呪うわっ。あんなのとアドレス交換までする羽目になって。



「ジア皇女。わたくしの不手際をお詫びするには、この身をもってお返しするしかありません」

 あたしは深々と頭を下げ、床に頭を擦り付ける。

 目の前にはジア皇女の白い靴と、白いマントしか見えない。

「うーん。そんなに気にしてないよ。だからそんなに仰々しく謝んなくていいよ」

 でも皇女が魔法を使う為の大切な道具を壊してしまったのは事実。

 どんなに謝っても、その事実を消す事は出来ない。

「それが無くとも魔法を完成させる方法見つけるから。気にしないでね」

「いえ。皇女様がなんとおっしゃられようとも、わたくしの犯した罪は消せません。ですので、どうかわたくしを国外追放にするなり、なんなりとお気に召します方法で罰してくださいませ」

「うーんと、はつかって痛いの好きな人なの?」

「いえ、そういうわけではございませんが、皇女様のお気が済むようになさっていただければと思います」

 這いつくばるあたしの頭上に、皇女様ののんびりとした声が届く。

「でも全然気にしてないから、何もする事ないんだけれどなあ」

 その言葉と同時に、ボンっと何かが爆発する音が聞こえる。

 もしや皇女様の身に何かっ。

 咄嗟に顔を上げると、真っ暗な煙に包まれてしまう。

「あーっ。はつかっ。ヤダっ、どうしよう」

 慌てふためく皇女様の声を遠くに聞きつつ、意識が薄れていく。



「って夢!?」

 もうやだ。あの妄想男に毒されたんだわ、こんな夢を見るなんて。

 ピピっと鳴る目覚まし時計を止め、バリバリと頭を掻く。

 これじゃあリョウの思う壺じゃない。

 今日、学校行きたくないな。来週テストだから休みたくないけれど、でも休んじゃおうかな。

 バサっと音を立ててもう一度布団の中に潜り込む。

 昨日の今日で、こんな夢を見た後で、リョウの顔を見たくないよ。

 ♪~

 携帯電話がメールの着信を告げる。

 何のメールだろう。振り分け設定してない相手からだ。

 ピッと開いて見て、溜息が出る。

「今日学校で話したい事がある。絶対来いよ」

 メールも俺様口調ですか、今江リョウ。

 余計学校なんて行きたくない気分になった。

 布団に潜り込んで、絶対にアイツに掴まらない方法を考えてみたけれど、どうやったって隣の席なんだから接触しないわけにはいかない。

 クラスが違えば話も違ったんだろうけど。

 やだな。顔合わせるのも嫌だな。

 だってみんなに笑われるもん。あたしもアイツと同じ変人だって。

 悩んでいるあたしの世界が急に明るくなる。

「とっとと起きなさい」

 諸行無常。

 母さんのいつものように怒鳴り、被っていた布団をひっぺがす。

「具合悪い」

「嘘おっしゃい。早く着替えないと遅刻するわよ」

 今日ばかりは起こして欲しくなかった。本当に行きたくないんだってば、学校。

 しかし女子高生が家庭内絶対君主たる母親に勝てるわけも無く、重い足を引きずって学校まで行くしかない。


 教室に遅刻ぎりぎりに飛び込むと、今江リョウと目が合う。

 でも何も言おうとはせず、恐らく上総掘りの本を読んでいる。

 やっぱりファンタジーの世界を信じきっていて、いつかあちらの世界に行く事を前提に生きてるのかな。

 でもさ、こっちの世界に突然来たみたいな言い方してるけれど、あたしが赤ん坊の頃からの写真だってあるし、ある日突然この世に現れたわけじゃないよ、あたし。

 そうすると今江リョウの話と矛盾する気がするな。

 授業の間にもそんな事を考えてしまうほど、どうやらあたしの頭もファンタジーに侵されているらしい。

 だけどすぐ隣に座る今江リョウは、澄ました顔をして、あたしのほうをチラリとも見ようともしない。

 教科書にノート、それから上総掘りの本。

 数学の時間さえも手許に上総掘りの本が開いている。ホントわけわかんない奴。

 1時間目も2時間目も話掛けてくる素振りを見せず、お昼休みになっても全く接触してこないので、ほっと胸を撫で下ろす。

 仲のいいグループとお昼ご飯を食べ、5時間目になり6時間目が終わる事には、今江リョウのファンタジーの事なんてすっかり忘れていた。

 それなのに、それなのに。

「酒井、ちょっといいか」

 帰ろうとしている時に、今江リョウに声を掛けられた。

 ああ、一生の不覚。もっと早く帰れば良かった。

「何?」

 どうしたのと心配を装いつつも興味津々といった友人たちに目線を移すと、コホンと今江リョウの咳払いが聞こえる。

「昨日の日直の時に資料室に持っていった地図、見つからないから探せって担任が」

「えー。何それ。昨日ちゃんとしまったよ」

「俺は片付けてないからわからない。酒井、悪いけど資料室まで付き合ってくれるか」

「あー。うん、わかった」

 嫌だなんて言えない理由を持ってきたわね。この野郎。

「あたしたち先に帰るねー。じゃあ予備校でね」

「うん、またね」

 ぞろぞろと教室を出る友人たちのクスクスという笑い声に頭が痛くなる。

 面白おかしく言っているんだろうな、あたしのこと。

 まだ教室に残っているクラスメイトたちも、横目であたしたちの事見てるし。

「悪いな、付き合わせて」

「……いい、別に。しまったの、あたしだし。資料室に探しに行けばいいんでしょ」

 手にしていたカバンを机に置き、今江リョウと肩を並べたまま廊下を歩く。

 行き交うみんなが、あたしたちを見て笑っている気がした。

 今江リョウと一緒にいて、何にもいいことなんてない。

 鍵の掛かった資料室を今江リョウが開け、中に入る。

 地図、ちゃんとわかりやすいところに置いておいたのに。

 ぐちゃぐちゃと物が置かれて迷路みたいになっている資料室の棚の間を抜け、目的のものを見つけ出す。

 ちゃんと社会科の場所に置いてあるじゃない。

「今江くん、ここにあるけど」

 背後にいるであろう今江リョウに声を掛けると、むっつりとした顔でこちらを見ている。

「リョウだってば」

 そう言いつつ、ゆっくりと近付いてきて地図を手に取る。

 手に取ったまま、リョウが至近距離で微笑む。

「こうでもしなきゃ、はつかさんは俺と話なんてしないだろ」

 不覚にも背後には壁、左右には資料が崩れ落ちそうな棚、目の前に今江リョウ。絶対絶命の大ピンチ。

「ねえ、俺の言ったこと信じた?」

「信じたって、何のことよ」

 背後に下がろうにも、もう下がりようが無い。

 にっこりと表現するには人の悪すぎる笑みを目の前に、あたしは顔を背けるのが精一杯。

「俺の話。ジア皇女と勇者ファンタの話」

「そんなの信じるわけないじゃない。ばっかじゃないの。ファンタジーなんて子供騙しじゃない」

「そうかな? じゃあ何で俺のこと気にしてたんだよ。ずっと今日一日俺のことばっかり考えてたでしょ」

「考えてない。考えてない。自意識過剰じゃないの」

 一歩、また一歩とにじり寄られ、いったいどうしたらいいのよ。

 そうだ、こういうときは逆に質問攻めにしてやればいいのよ。

「そういう今江くんは、本当にファンタジーの世界を信じちゃってるわけ?」

「リョウ。そう呼べよ」

「やだ」

「何で」

「だって今江くんは彼氏でも何でもないもん」

 ニヤっと笑って眼鏡を外し、今江リョウがあたしの顔を覗き込む。

「はつか」

 呼び捨てにされ、ドキっと胸が鳴る。

 そんな風に呼ばれたのなんて、久しぶり。2ヶ月前に彼氏と別れて以来。

 だけどこんなヤツにときめいてどうする、あたし。

「本当はファンタジーなんて信じてないんでしょ。そういう顔してるもん」

 適当に誤魔化すために言った言葉に、今江リョウの顔色が変わる。

 まるで物珍しいものでも見ているかのような顔に。

「何でそう思った」

「別に、特に理由なんて無い」

 適当に言っただけだもん。理由なんてあるかっ。

 本当に本気でそう言ったのに、鼻で笑われる。腹立つわ。

「もうあたしなんかに構わないでよ。妄想ファンタジーに巻き込まれるのも嫌だし、そうやって人を馬鹿にしたような態度を取られるのもムカつくから」

 真剣に考えたりしたあたしの馬鹿。

 ファンタジーな夢まで見ちゃったあたしの馬鹿。

 こんなヤツに関わるからいけないのよ。

 今江リョウの横をすり抜けようとして、その体を押しのけようとする。

 なのに、一歩も動きやしない。

 むしろ押しのけようとした手を掴まれてしまった。

「離して」

 ギロっと睨んでやったのに、全然表情一つ変えやしない。

 じーっと、ただ本当にじーっとあたしを見下ろしている。

「何よ」

「……いや。別に」

「言いたいことがあるならはっきり言えばいいじゃない」

 今江リョウがクスっと笑う。

「誰もがお前みたいに直球勝負じゃないんだよ」

「何よそれ」

「ファンタジーは全部嘘。本当は青年海外協力隊に行きたいから勉強しているだけ」

「……本当に?」

 それも嘘っぽい。まるで人を食ったような笑い方であたしを見る。

「そう言ったら信じる?」

「信じない」

「じゃあさ、お前の事が好きだって言ったら信じる?」

「信じない」

「だよな」

 クスクスっと今江リョウが笑う。

 やっぱり眼鏡を外していれば、それなりに見える。こうやって普通に話していれば、他の男連中と変わらない。

 全然奇人変人なんかじゃないよ。

 って、ちょっと待ったーっ。

「今、何て言ったの?」

 すっごいこと、聞き逃した気がするんだけど。

「お前の事が好きって言ったら信じるかって聞いたの」

 好き?

 好きって誰が誰の事を?

「え? あたし?」

 何故かカーっと顔が赤くなって熱を持っていく。

 やだ。めちゃめちゃ意識してるみたいじゃないのよ。

「う、嘘なんでしょ」

「さあ。ご推測はご自由に」

 腕を掴まれたままで、今江リョウは離してくれる気配も無い。

 本当に、本当にあたしが好きなの?

 まじまじと見つめるけれど、その瞳は何ら変わらず、全く恋愛を語っているような甘い目なんかじゃない。

「嘘つき。全部嘘でしょ。あたしが好きっていうのも、妄想ファンタジーも、青年海外協力隊も」

「さあ。はつかが思うならそうなんじゃない?」

「……ずるい」

「何が」

 はぐらかしてばっかりで。

 そう答えようと思った瞬間、資料室のドアが開く音がして、地図を持ったままの今江リョウがあたしの手をぱっと離して背を向ける。

 何よ。ドキドキしてるの、あたしだけなんじゃない。

「行こう」

 振り向きもしないで後ろ手で手を差し伸べる今江リョウの横を、その手に気付かないフリをしてすり抜ける。

「じゃあね」

 資料室に入ってきた下級生の横もすり抜け廊下へ出ると、一気に廊下を駆け抜ける。

 走っているからドキドキしているのか、それとも今江リョウのせいなのか、全然わかんないけど、でもこのドキドキの正体から逃げ出したくて、一気に教室まで駆け抜ける。

 カバンを手に取ると、取って返して昇降口まで駆け下りる。

 関わっちゃいけないのに、あたしまで変人扱いされたくないのに。

 何故か今は、頭の中が今江リョウでいっぱいだ。


--真実が知りたい?


 短いメールに、返信はしない。

 だって、何て書いて送ったらいいのかわからないんだもの。

 知りたいし、知りたくないから。

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