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Fランク荷物持ちのバズりキャンプ飯 〜無能と追放され最深部でヤケクソ配信したら、ラスボス神獣が餌付けされました〜  作者: 伊達ジン


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第41話 世界最高峰のデリバリーサービス、開幕

 昨日のアビス・リヴァイアサン騒動から一夜が明け、深淵の迷宮の最深部には穏やかな昼下がりが訪れていた。

 天井の疑似太陽が青白い発光苔を柔らかく照らし、湖面にはきらきらと光の粒が反射している。


 俺は石造りのかまどの前で、アイテムボックスのインベントリを整理していた。昨日のリヴァイアサンの肉はまだ大量に残っているが、さすがに2日連続で同じ巨大魔獣の肉というのも芸がない。今日の昼飯はどうするかと考えていた、その時だった。


 ブォォンッ、という低い空気を震わせる音が頭上から響いた。

 顔を上げると、キャンプサイトの上空10メートルほどの位置に、直径2メートルほどの空間の歪みが発生していた。紫色の魔力光を伴うそれは、ハナが使っているギルドの転移ゲートに似ているが、もっと粗削りで強引な印象を受ける。


「なんだ、あれ」


 俺が呟くと同時に、キャンピングチェアでうたた寝をしていたエミリアが跳ね起き、即座に大剣を抜いた。ユジンはすでに俺の数歩後ろまで後退し、両手に短い刃を構えて低く身構えている。

 クロエは優雅に日傘を畳みながら、「……また野蛮な魔物でも降ってきますの?」と眉をひそめた。


 直後、ゲートの中から巨大な物体が吐き出され、重力に従って地面へと落下してきた。

 ドスゥゥゥンッ!

 重い地鳴りを立てて湖畔の平地にめり込んだのは、赤黒い分厚い装甲に覆われた巨大なハサミと、大人の胴体ほどもある極太の脚の束だった。


「……カニ?」


 土埃が晴れた後に現れたそれを一目見て、俺は呆気にとられた。どう見てもタラバガニの脚だが、サイズ感が完全に狂っている。


「ちょっと待って……これ、空間ゲートの干渉痕……?」


 通信端末をいじっていたハナが、血相を変えて落下物に駆け寄った。彼女は手元のタブレットと空中で消えかかっているゲートの残滓を交互に見比べ、パニックを起こしたように早口で呟き始める。


「私の使っている『特別管理官用ゲート』の魔力波長に無理やり相乗りしてきたの……? いや、でもアメリカのギルドがいくら技術力が高いからって、ダンジョンの最深部の座標をピンポイントで逆探知して一時的な転移路を固定するなんて……一体どれだけの魔力リソースと演算機を回したっていうの……!?」

「なんでアメリカだとわかるんだ?」

「落としたコンテナの識別コードが、向こうのギルドの……ああもう、信じられない!」


 ハナは頭を抱え、タブレットの画面を親指で激しくスクロールさせ始めた。


 そんな彼女の足元に、カニの脚と一緒にパラリと落ちてきた防水コーティングされた封筒を、エミリアが拾い上げた。


「英語……ですよね、これ。えっと……『Hey, Hiroto!』……」


 エミリアは少し眉を寄せ、手紙の文面をたどたどしく声に出して読み始める。


「俺たちはアメリカのSランクパーティーだ。アビスの第50階層で……アビス・キングクラブ? 超巨大タラバガニを、狩ったぜ……うーん、スラングが多くてちょっと読みにくいです……『これを捌いて食うところを、配信で見せてくれ!』……?」


 読み終えたエミリアが、パチパチと瞬きをして俺を見た。


「なるほどな」


 俺は手紙を受け取り、目の前に転がっている極太のカニ脚を改めて見下ろした。

 昨日の配信を見て、遠く離れた異国のトップ探索者が「俺たちが狩った最高の食材も料理してくれ」とわざわざ送りつけてきたらしい。なんという労力と魔力の無駄遣いか。


 だが、食材そのものの質は文句のつけようがなかった。


「……いい腕だ。関節の隙間を的確に突いて切り離してる。身の繊維が全く潰れてないし、鮮度も完璧だな」


 俺がカニの甲殻を撫でながら評価すると、周囲の女性陣から一斉にゴクリと喉を鳴らす音が聞こえた。


「送られてきた以上、腐らせるわけにはいかないな。エミリア、少し下がってろ」


 俺は袖をまくり上げ、極・生活魔法を展開した。

 通常であればチェーンソーや魔力刃が必要なほどの硬い甲殻だが、生活魔法の「切断」と「剥離」のイメージを極限まで精密にコントロールし、関節の軟骨部分に沿って不可視の刃を滑らせる。

 バキッ、メキッという音とともに、極太の脚がいくつものパーツに切り分けられていく。さらに殻の片側に真っ直ぐな切れ目を入れ、中からプリッとした巨大なカニ身を、傷一つつけずにスルリと抜き取った。


「まずは、豪快にしゃぶしゃぶで行くぞ」


 俺は特大の土鍋にたっぷりの水を張り、巨大な日高昆布を沈めて火にかけた。

 湯が沸き始めた絶好のタイミングで昆布を引き上げ、薄くスライスしたカニ身をトングで挟んで、静かに湯の中へくぐらせる。

 透明だった身に熱が通り、表面の繊維がふわりと白く花開いた。


「はい、ポン酢と紅葉おろしだ。熱いうちに食え」


 俺が銘々皿に取り分けて渡すと、エミリアが真っ先に身に食らいついた。


「はふっ……熱っ……甘い! カニの身が弾けて、中から汁が……!」


 彼女は熱さに涙目を浮かべながらも、口いっぱいに頬張ったカニ肉をハフハフと咀嚼している。

 隣では、ユジンが無言でカニ身をポン酢に浸し、口に運んでいた。彼女は咀嚼を終えると、小さく息を吐き出して俺を見た。


「……これ、お酒が欲しくなるわね。ポン酢の酸味がカニの強烈な甘みを引き立てて……おじさん、次お願い」


 と、すでに空になった皿を突き出してくる。


 クロエは優雅にフォークを使おうとしていたが、一口食べた瞬間にその手が止まった。


「カニの王と呼ばれるだけはありますわね。この繊維の1本1本に、濃厚な海の旨味が詰まっていますわ」


 と言いながら、扇子をテーブルに置き、本気モードでカニ脚に向き合い始めた。


 極太の脚肉を堪能した後は、本命の蟹味噌だ。

 俺は一緒に送られてきていた大人が両手を広げたくらいの大きさがある甲羅を、そのまま鍋代わりにしてかまどの火にかけた。

 中には、たっぷりの蟹味噌が詰まっている。そこに少量の酒と醤油を垂らし、グツグツと煮立たせる。濃厚な磯の香りが周囲に爆発的に広がった。

 蟹味噌に火が通ったところで、アイテムボックスから取り出した白飯を甲羅の中に直接投入し、さらに削ったパルミジャーノ・レッジャーノをたっぷりと振りかける。

 焦げたチーズと蟹味噌の香りが混ざり合い、暴力的なまでの匂いが立ち昇る。


「濃厚蟹味噌リゾットだ。よく混ぜて食え」


 俺の言葉を合図に、スプーンを持った4人が一斉に巨大な甲羅へと群がった。

 チーズのコクと蟹味噌の強烈な旨味が米粒1つ1つにコーティングされ、後を引く味わいになっている。皆、言葉を発する余裕すらなく、ただ無心でリゾットを胃袋へと流し込んでいた。


 そんな昼食の様子を映し出している配信端末の画面は、すさまじい勢いで流れるコメントで白飛びしていた。


『マジかよアメリカのトップギルド何やってんのwww』

『デリバリーサービス始まってて草』

『俺たちロシアのギルドは、第55階層でアビス・マンモスの極厚の鼻肉をゲットしたぜ! 今からそっちに送るから、最高のステーキにしてくれ!』

『ちょっと待ちなさい! わたくしたちイギリスのパーティーが仕留めた黄金のロック鳥の卵が先ですわ! 極上のオムライスを見せてちょうだい!』


 各国のSランクやAランクの探索者たちからのスーパーチャットが、次々と投げ込まれていく。

 それを見た俺が顔をしかめていると、再び上空の空間が歪み始めた。

 ズシンッ! ドスンッ!

 巨大なマンモスの肉の塊に、ダチョウの卵の数十倍はある黄金の卵、見たこともない極彩色の巨大キノコ。次々と魔獣の部位が、キャンプサイトの空きスペースにデリバリーされてくる。

 俺は次々と降ってくる巨大な食材たちを見て、ただ深くため息をついた。


★★★★★★★★★★★


 深夜2時。

 発光苔の光だけがぼんやりと周囲を照らす中、エミリアたちはいびきをかいてそれぞれのテントで眠りについていた。

 かまどの火の番をしながら、俺は小さな鍋でお湯を沸かしていた。


 アイテムボックスから取り出したのは、スーパーで特売になっているごく普通のカップ焼きそばだ。

 パッケージを開け、熱湯を注いで3分待つ。

 湯切り口から湯を捨て、粉末ソースをかけて箸で一気に混ぜ合わせる。特有のチープでスパイシーなソースの匂いが、夜の冷たい空気に溶け出していった。

 隣には、小さなグラスに注いだラガヴリン16年。アイラモルト特有の、正露丸や泥炭を思わせる強烈なスモーキーさが漂っている。


「……こんな深夜に、なんというジャンクな匂いをさせていますの」


 背後から声がして振り返ると、シルクのルームウェアを羽織ったクロエがテントから出てくるところだった。寝付けなかったのか、少し気怠げな目をしている。


「食うか?」


 俺が焼きそばの入った四角い容器を差し出すと、クロエは少しだけ躊躇したあと、「……一口だけですわよ」と言って隣の倒木に腰を下ろした。


 彼女はフォークでちぢれた麺を巻き取り、ゆっくりと口に運ぶ。


「……フレンチにはない、野蛮な味ですわね。でも、なぜか癖になりそうですわ」

「だろ。このチープなソースの味と、ウイスキーの煙たい匂いが妙に合うんだ」


 俺がグラスを傾けると、クロエもそれ以上は言葉を発さず、自分のカップにハーブティーを注いで静かに飲み始めた。

 パチパチと爆ぜる炭火の音だけが響く深夜の湖畔に、チープなソースの匂いと泥炭の香りがゆっくりと溶けていった。

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