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Fランク荷物持ちのバズりキャンプ飯 〜無能と追放され最深部でヤケクソ配信したら、ラスボス神獣が餌付けされました〜  作者: 伊達ジン


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第28話 最深部への再突入

 薄暗く、湿気とカビの臭いが染み付いた安宿の一室は、異様なほどの熱気と焦燥感に包まれていた。

 壁に立てかけられた通信端末の画面では、配信のコメント欄が怒涛の勢いで更新され続けている。そこに並ぶのは「人殺し」「サイコパス」「ギルドに通報した」という、悪意と告発の文字列だけだ。


 レオンは血走った目で画面を睨みつけ、ギリリと奥歯を噛み鳴らした。

 自身の美貌と実力を誇示し、視聴者の同情を集めて悲劇の英雄を演じるはずだった生配信。しかし、コメント欄に次々と書き込まれる『村田琴美』という見慣れない名前と、『魔力残滓』『検証動画』といった単語の群れが、彼の計画を完全に打ち砕いていた。


(誰だ、村田琴美って……! なんで俺たちがあの無能を突き飛ばしたこと知ってんだよ……!)


 どこかの誰かによって、自分たちの罪が魔力残滓のデータ付きで完全に暴かれている。その事実が、レオンの背筋に冷たい汗を流させていた。


「レオン、どうするんだよ! ギルドの連中、もうすぐここに踏み込んでくるぞ!」


 窓の外から近づいてくる複数のサイレンの音に気づき、盾役の男がパニックに陥った声を上げる。


「うるさい、黙れ!」


 レオンは苛立ちに任せて近くにあったパイプ椅子を蹴り飛ばした。

 このままここでギルドの武装職員に捕まれば、Aランク探索者としての地位も、これまでに築き上げてきた名声も、莫大な資産もすべて剥奪される。殺人未遂の罪で裁かれ、一生を日の当たらない地下牢で終えることになるかもしれない。

 そんな底辺の生活など、選ばれた存在である彼に耐えられるはずがなかった。


「……行くぞ」

「行くって、どこへ!?」


 魔法使いの女が引きつった声で問う。


 レオンはアイテムボックスを開き、厳重に保管されていた羊皮紙の巻物を取り出した。

 闇市で数千万を積んで手に入れた違法なマジックアイテム、『指定階層転移スクロール』だ。


「深淵の迷宮の第六十階層に飛ぶ。あいつが落ちたトラップの近くからなら、最深部へ繋がる空間の裂け目を見つけられるはずだ」

「本気なの!? あそこはフェンリルの巣なのよ!?」

「あのおっさんが生きてキャンプできてるんだ、俺たちに攻略できないはずがない。それに……」


 レオンは端末の画面に映る、無数の罵詈雑言を憎々しげに睨みつけた。


「あのオッサンを直接とっ捕まえる! あの犬ごと俺たちの言うことを聞かせて、ギルドに突きつければいいんだよ! 強けりゃ全部黙らせられんだろ!」


 ドンドンッ!

 部屋の重厚なドアが、外から激しく叩かれた。


『探索者ギルド危機管理部だ! 重要参考人としての同行を命じる! ドアを開けろ!』


 ドアの向こうから、冷徹な職員の声と、重武装した警備部隊が武器を構える金属音が響く。

 レオンは狂気に満ちた笑みを浮かべ、両手でスクロールを強く握りしめた。


「俺たちはAランクだ! 選ばれた人間なんだよ! あのゴミみたいな荷物持ちに、俺たちの人生を狂わされてたまるか!」


 レオンがスクロールに魔力を流し込んだ瞬間、部屋中が強烈な紫色の光に包まれた。

 ドアが破壊され、ギルドの職員たちがなだれ込んできた時、そこには焼け焦げた羊皮紙の灰が舞っているだけで、三人の姿は完全に消え去っていた。


★★★★★★★★★★★


 疑似太陽の柔らかな光が、深淵の迷宮の最深部を黄金色に染め上げていく。

 夜の間に降りた朝露が草の葉でキラキラと輝き、澄んだ空気が肺の奥まで心地よく満たしてくれた。


 俺は石造りのかまどで沸かした湯でコーヒーを淹れ、キャンピングチェアに深く腰を掛けていた。

 マグカップから立ち昇る深い焙煎香を吸い込み、ゆっくりと息を吐き出す。少し離れた場所では、クロエの巨大テントから出てきたエミリアとユジンが、朝の鍛錬として木剣を打ち合わせている。鋭い呼気と踏み込みの音が、静かな水辺に小気味よく響いていた。


 ふと、視線を下げる。

 いつもなら俺の足元で腹を出して寝ているはずの白い毛玉が、珍しくそわそわと動き回っていた。


「キュゥン、クンッ」


 子犬の姿に縮んだハクだ。

 ハクは俺の足に短い前足をかけて立ち上がり、鼻をヒクヒクとさせながら、森の方角をじっと見つめている。短い尻尾がパタパタと小刻みに揺れ、何かを訴えかけるように俺の顔と森を交互に見ていた。


「どうした、ハク。森の方に何か美味そうな匂いでもしたか?」


 俺がマグカップを置いてしゃがみ込むと、ハクは「ワフッ!」と短く鳴き、俺の手のひらをペロリと舐めてから、再び森の方へトコトコと数歩歩き、立ち止まって俺を振り返った。

 その仕草は、まるで「一緒に行こう」と誘っているかのようだ。


 本来、この最深部の主であるフェンリルが、自分の庭を歩き回るのに人間の許可など必要ないはずだ。だが、今のハクはすっかり小型犬のメンタリティになっており、俺という保護者なしでは遠出をする気にならないらしい。


「散歩に行きたいのか。まあ、朝飯の消化にはちょうどいいか」


 俺は立ち上がり、アイテムボックスのインベントリを探った。

 首輪とリードをつけて歩かせるのも手だが、両手に収まるサイズのハクの短い足で、森の深い下草の中を歩くのは少し骨が折れるだろう。それに、足元をチョロチョロされると踏んでしまいそうで少し怖い。


 俺は厚手で丈夫な帆布の布地を取り出した。

 それを肩から斜め掛けにするように体に当て、『極・生活魔法』を発動する。指先から極細の魔力の糸を生成し、帆布の端と端を寸分の狂いもなく縫い合わせていく。強度を保つために縫い目を何重にも重ね、数秒で即席のドッグスリングを完成させた。


「ほらハク、ここに入ってみろ」


 俺がスリングの袋部分を広げてしゃがむと、ハクは不思議そうに匂いを嗅いだ後、ぴょんと軽く跳ねてその中へ収まった。

 俺の胸の前に、すっぽりと白い毛玉が収まる形になる。袋の中から、ハクの小さな顔と、短い二本の前足だけがちょこんと外に出ている状態だ。


「よしよし、サイズはピッタリだな。苦しくないか?」


 俺が顎の下を撫でてやると、ハクは「フゥン」と満足げに鼻を鳴らし、俺の胸板にペタリと顔をくっつけた。分厚い帆布越しに、ハクのじんわりとした体温と、お日様にあてた布団のようなフワフワとした匂いが伝わってくる。


「……ちょっと、おじさん! なんですかそれ!」


 剣の打ち合いを終えて汗を拭いていたエミリアが、俺の胸に収まっているハクを見て悲鳴のような声を上げた。

 その声に反応して、テントの中で魔道具のメンテナンスをしていた籐子や、寝袋を引きずりながら起きてきた久美子、そして日傘を差したクロエまでもが一斉に集まってきた。


「きゃあああ! ハクちゃんが前抱っこされてる! 顔だけ出してるの反則すぎます!」


 エミリアが両手で顔を覆い、バタバタと地団駄を踏んでいる。


「……っ! なによその無防備な前足は! 魔獣の威厳の欠片もないじゃない!」


 籐子が計測器を落としそうになりながら、ワナワナと震える手でハクの前足を指差した。


「ヒロト、ずるい。私にも抱っこさせて」


 久美子が目をこすりながらスリングの端を引っ張ろうとするが、クロエがそれを優雅に扇子で制止する。


「お待ちなさいな! 抱っこするなら、最高の環境を用意できるわたくしが一番最初ですわ! さあハクちゃん、この特注のシルククッションの中へ……」

「ワフゥ?」


 クロエが手を伸ばしてきた瞬間、ハクは袋の奥へスッと顔を引っ込め、俺のパーカーの胸元に顔を埋めて隠れてしまった。


「ああっ! 逃げられましたわ!」

「ほら、お前らが大騒ぎするから怖がってるだろ。俺はこいつと少し森を散歩してくるから、留守番頼むぞ」


 俺は騒ぐ女性陣を背に、ハクを入れたスリングをポンポンと軽く叩きながら、ゆっくりと森の方へ向かって歩き出した。

 岩の上に立てかけた配信端末の画面は、ハクの抱っこ姿にパニックを起こした百万以上の視聴者たちのコメントで完全に白飛びしていたが、俺はもうそれを気にするのをやめていた。


★★★★★★★★★★★


 最深部の森は、巨木が立ち並び、シダのような古代の植物が鬱蒼と茂っている。

 だが、木々の隙間からは疑似太陽の柔らかな光が差し込み、地面のあちこちで群生する淡い発光苔が道標のように輝いていた。


 俺がゆっくりと森の中を進むと、スリングの中からハクがそろりと顔を出した。

 普段、マンションほどの巨体から見下ろしていたこの森を、今は地面からわずか一メートル強の視点から見ていることになる。ハクにとっては、見慣れたはずの景色が全く違う世界のように映っているのだろう。


「キュン……」


 ハクは小さな鼻をヒクヒクと動かし、周囲の空気を忙しなく嗅ぎ取っている。

 目の前を青く光る蝶のような虫が横切ると、ハクは「ワッ!」と短い声を上げ、袋から出している短い前足を空中でパタパタと動かして捕まえようとした。当然届くはずもなく、空を切った前足が俺の腕にポムポムと当たる。


「ははっ、届かないだろ。お前、本当にただの犬になっちまったな」


 俺が笑いながらその前足を軽く握ってやると、ハクは俺を見上げてコテンと首を傾げた。

 その愛らしさは、確かにエミリアたちが悲鳴を上げるのも頷ける破壊力がある。


「あ、ヒロト」


 不意に、少し先の木の陰から声がした。

 見ると、いつの間に先回りしていたのか、パーカーのフードを被った久美子がしゃがみ込んで地面を掘り返していた。


「お前、留守番してろって言ったのに」

「だって、ヒロトたちだけ散歩ずるい。それに……これ、見つけた」


 久美子が立ち上がり、俺の前に差し出したのは、ソフトボールほどもある巨大な木の実だった。表面はごつごつとしているが、うっすらと赤い果皮が覗いている。


「アビス・ウォールナット。すごく硬いけど、中の実は甘くて美味しいらしい。でも私じゃ殻を割れなくて、いつも諦めてた」

「なるほど。おやつにはちょうどいいな」


 俺は久美子から木の実を受け取り、『極・生活魔法』で内部の構造を探った。硬い殻の継ぎ目にピンポイントで魔力を集中させ、ごく僅かな振動を与える。

 パカッ、という乾いた音と共に、分厚い殻が綺麗に二つに割れた。

 中からは、蜂蜜のようにとろりとした黄金色の果肉がたっぷりと詰まっているのが見えた。


「おお、これは美味そうだ」

「……いい匂い」


 俺が果肉を指ですくって久美子の口元に運んでやると、彼女はパクリとそれをくわえ込み、幸せそうに目を細める。


「甘い……キャラメルみたい」

「ワフゥッ!」


 俺の胸元で、ハクも自分にもよこせとばかりにジタバタと暴れ始めた。残りの果肉をハクの口に運びつつ、自分でも一口味わってみる。

 濃厚な甘みと、ナッツ特有の香ばしい風味が口の中に広がっていく。歩き疲れた身体に染み渡るような、極上の自然のスイーツだ。


「さて、そろそろ戻るか。昼飯の仕込みもあるしな」


 俺が言うと、久美子は無言でコクンと頷き、ハクもスリングの中で満足げに丸くなった。

 柔らかな光に包まれた森の中、俺たちはのんびりとした足取りでキャンプサイトへの道を戻り始めた。

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