魔術師少女は今日も婚約者(兼ご主人様)に尽くす
バリー・カメリア。文武両道でありながら見た目もピカイチ。その上名門貴族カメリア辺境伯家の跡取り息子。何事もゆったりと構えて余裕を見せる穏やかな人物で、何をやらせても完璧にこなす。文句のつけようがないハイスペック男子である彼の側には、いつも一人の少女が控えている。
ケラシー・フローレ。僕の可愛いケラシー、などとバリーから呼ばれて、バリー様と彼を呼ぶ彼女は生まれながらにしてバリーとの婚約と主従関係が結ばれていた。
フローレ伯爵家は名門貴族カメリア家に代々仕える魔術師の家系であり、その溢れる魔力でカメリア家を支えている。また女子に至っては婚約者として、あるいは妻として側仕えして時にはその身を挺して様々な厄災の身代わりとなり常に危険を遠ざける。
しかしフローレ家の魔術師としての力は有名であり、カメリア家と良い間柄の家々から大口の依頼も多数舞い込むので正直今では財力は均衡している。フローレ家がカメリア家に未だ仕えるのは、ただただフローレ家のカメリア家への忠誠心が高いためである。
そして、ケラシーはとても可愛らしい少女である。まるで子犬のような少女だ。明るく愛嬌があり、カメリア家…いや、バリーへの忠誠心の塊。華奢で可愛らしい見た目とは裏腹に、魔術師一家のフローレ家の中でも随一の魔力を持つ。
そんなケラシーをバリーは高く評価している。〝バリー様の婚約者〟として有名なケラシーは、その忠誠心への信頼もあり誰よりもフローレ家とカメリア家の両方から可愛がられている。
そんなケラシーの仕事はもちろんバリーのための毎日の魔術行使。多すぎるほどの魔力を駆使して、日々結界を張り加護を与える。そしてバリーはそのおかげで、毎日を健やかに幸せに過ごしている。ケラシーはそれを誇りに思う。
そんなケラシーだが、最近困ったことがあった。それは…。
「あらあら」
この日、ケラシーが貴族学院にいつも通り登校して机を見ると…悪質な落書きの数々があった。
「…まあいいや、魔術で消せばいいだけだし」
水魔術で即効で消す。
そんなケラシーの平然とした様子を見てクラスメイト達は爪を噛む。
ケラシーはバリーの婚約者だ。そしてバリーは本人の高スペックさや名門貴族の跡取りであることから貴族学院の女子からは人気。
それもあってケラシーの周りは悪意に満ち溢れていて誰から嫌がらせを始めたのかはわからない。最初はただ、バリーと結婚出来るケラシーへのただの幼い嫉妬だった。
犯人が誰かもわからない嫌がらせは、やがてクラス全体でのイジメに変わった。何故ならこの貴族学院ではクラス分けで男女も分かれており、さらに爵位で細かく分かれているため爵位はケラシーと同じくらいの女子ばかりがクラスメイトだからだ。
「困ったなぁ…机は綺麗になったけど、ここまで嫌われてるとねぇ…」
ちなみにケラシーはバリーに嫌がらせについて相談することはない。些細な問題に主人であり婚約者であるバリー様を巻き込んでは元も子もない。
机が綺麗になって一息ついたところで、さっさとバリーのクラスに向かうケラシー。ケラシーは授業はまじめに受けるが、それ以外はバリーのクラスに入り浸る。バリー様にお仕えすることこそケラシーの幸せなのだ。
バリーのクラスメイトは、ケラシーがいずれバリーと結婚する身のためケラシーを邪険には扱わない。その意味でもこちらにいた方が安全だった。
そんなある日だった。一人の少女が一線を超えた。階段の近くにいたケラシーを、突然勢いよく突き落としたのだ。不意のことで、ケラシーには対応しきれない。まさかこんな危ないことをしてくると思わなかった。殺す気だろうか。
とりあえず軽くパニックになりつつも魔術で落ちる勢いを殺して、それでも頭は打ったがダメージを最小限に抑えた。
後は先生が助けてくれるのを待った。
ケラシーが目を覚ますと、バリーが彼女の顔を覗き込んでいた。どうも気を失っている間に保健室に運ばれていたらしい。助かったようで、よかった。
「僕の可愛いケラシー」
「はい」
「僕に何か言うことはないかな?」
「…」
「何故イジメの件を僕に報告しなかった」
普段穏やかなバリーの怒りのオーラに身を縮めるケラシー。
「とりあえず、イジメの件は今後僕が片付ける。今回の件は家も動くだろうね。文句はないよね?」
「はい…」
「よろしい」
バリー様に失望されただろうか。ちらりと様子を伺ったケラシーに、バリーは困ったように笑う。
「そんな不安そうな顔をしなくても、僕はケラシーを見捨てはしないよ。可愛い君を誰よりも気に入っているのは、他ならぬ僕だよ」
優しく頭を撫でられて、まだバリー様の役に立てるとほっとしたケラシーの瞳から涙が溢れる。
「怖かったね。もう大丈夫だよ。ケラシーは僕が守ってあげる。いつも守られてばかりだから、お返しに、ね」
そっと涙を拭われて幸せな気持ちになると共に安心した。
安心したら眠くなって、バリー様の前だというのにまた眠ってしまった。
その後のフローレ家…と、ケラシーを可愛がるカメリア家の怒りは凄まじかった。件の少女はもちろん治安部隊のご厄介となり、その年齢にそぐわない厳しい処分が下された。カメリア家の職権濫用の結果である。
他のイジメを行なっていたクラスメイト達は、普段温厚なバリーから恐ろしいほど美しい笑顔で「この先貴族として生きていけると思うな」と脅され全員自主退学して家族と共に高い高い賠償金を払ってなんとか実家の爵位と領地だけは守り通したが、その後本人たちは修道院に出家。
フローレ家もカメリア家も、やり過ぎだとは思わない。バリーに至ってはやり返し足りない。本来ならカメリア家の全力を持って擦り潰しにかかってもまだ足りないくらいなのに。
それでもそれをしないのは〝心優しいバリー様〟を信じる可愛い可愛いケラシーのため。バリーはずっとずっと、幼い頃からケラシーの望む自分を演じてきたのだから。
「バリー様!」
「ケラシー、走ると危ないよ。手を繋いで行こう」
「はい!」
これからも、ケラシーの守っているようで守られ続ける生活は続く。
と、それで済めばよかったのだが。
問題は、次から次へとやってくる。
「ケラシー・フローレです!色々あって、今日からこちらのクラスでお世話になることになりました!よろしくお願いします!」
ケラシーは、クラスメイトがみんな自主退学してしまったため一つ上の爵位のクラスにお世話になることになった。
こちらのクラスのご令嬢はみんな、フローレ家とカメリア家について正しく理解しているので嫉妬ややっかみもなくケラシーもすぐにクラスメイトと打ち解けることができた。
前のクラスでは辺境伯家のカメリア家と伯爵家のフローレ家の力関係を完全に誤解されていたからこそ打ち解けられなかった。
このクラスに移れたのはケラシーにとってはラッキーと言える。
なのだが。
「ケラシー様、いい加減にしてください!」
何故だろう。
ケラシーは『特別クラス』に通う聖女候補の女子に度々絡まれるようになっていた。
名前はナターレ、年齢と学年は一つ下。
ちなみに特別クラスとは『勇者』『賢者』『聖女』などの世界を救った者の血筋の子供達が通うクラスである。
人数は少ないがみんな優秀で、ナターレもまた優秀なことで有名だったが…。
「せっかく『花カノ』の世界に転生できたのに、なんで悪役令嬢の貴女があんなにバリー様に愛されてるのよ!私の推しはバリー様なのに!」
「はぁ…」
気の抜けたケラシーの返事にさらにヒートアップするナターレ。
「大体、なんで落ちこぼれのはずの貴女が優秀な魔術師になってるのよ!さては貴女も転生者ね!?」
「転生者…」
はて?
どこかで聞いたことがある言葉のような…。
そう思案するケラシーを他所にナターレは止まらない。
「輪廻転生して、この乙女ゲームの世界に来たんでしょ!?前世の記憶もあるでしょ!?」
「前世…?」
そんなものはない。
ない…はずだが一つだけ心当たりがあった。
そもそも、ケラシーは生まれた時は魔力が欠片ほどしかない落ちこぼれと見做されていた。
それが五歳になる時、高熱を出して寝込んでから一気に魔力が爆発的に増えたのだ。
バリーとであったのはその後の六歳になった時のことなので、出会った時にはすでにケラシーは魔術師として天才だとされていたが。
「五歳の時に見た、夢…」
こことは全く別の世界で、幸せに暮らす『平凡な女子高生』の夢…。
「あれが、前世?」
もうその夢も朧げだが…それがケラシー自身が転生者という証拠なのだろうか。
だとして、どうしろというのか。
「やっぱり転生者!私の推しを返してよ!」
怒り狂ったナターレに魔術を行使され、水魔術で全身水浸しにされた後電撃を浴びせられる。
咄嗟に結界を張ったので電撃に関しては無事だったし、火魔術と風魔術の合わせ技で身体も服もすぐ乾いたが…問題は。
「あの、そもそも私はバリー様の婚約者なので返すも何も…それにバリー様は貴女に興味も関心も無さそうですし」
「なっ!」
「それより、貴女今私を殺そうとしました?」
「そ、それは」
「さすがに見過ごせないですね…」
言い掛かりをつけられて殺されるなど真っ平ごめんである。
乙女ゲームだか前世だか、聖女だか悪役令嬢だか知らないが…自分は今を生きるただの「ケラシー」だ。
それを否定されるのも、殺されかけるのも…許せることではない。
「さて、どうしましょうか」
「わ、私には教会がバックについてるのよ!?」
「それは残念」
ナターレの後ろから声がした。
この愛おしい声は…。
「バリー様」
「バリー様っ!?」
「やあ、僕の可愛いケラシー。ややこしいことになってるみたいだけど…怪我はない?どこも辛いところはないかい?」
「はい、大丈夫です!」
「バリー様、そんな悪役令嬢よりこっちを見てください!ほら、聖女ですよ!」
バリーはその言葉に冷たくナターレを一瞥する。
「興味ない」
「なっ…」
「ああ、でも…」
「…!はいっ」
「今回のことは、償ってもらう。覚悟しなよ」
「そ、そんな…バリー様!違うんです!」
そんなナターレを残して、バリーはケラシーを連れて教室を出る。
次の日以降、学院内で彼女を見ることはなかった。
「あの、バリー様」
「なに?僕の可愛いケラシー」
「ナターレ様はどうなったんですか?」
「ああ…学院を自主退学させて、教会の方で引き取ってもらったよ。力は本物だから、民の為に活かしてもらうことにして」
「ナターレ様の処遇は…」
無理矢理国に奉仕させられているなら可哀想だと思ったケラシーだが、実情は違ったらしい。
「あの聖女候補はちゃんと聖女扱いされることになったよ。ふかふかのお布団に綺麗なドレスに宝飾品、美味しいご飯は約束されている。周りの世話係は全員彼女の好みの美男子ばかりだし…まあただ、こちらの要望で教会から外には出られなくなってるけど。それだけ。その程度でノイローゼになるような繊細な女でもないし」
「ああ…」
それならばむしろ彼女にとっては天国かもしれないとケラシーは納得した。
「それより、僕の可愛いケラシーは本当に色々巻き込まれやすいね」
「まだ二回目です!」
「これからは僕がケラシーに守られるのではなく、僕がケラシーを守らなくちゃね」
「大丈夫ですってばー!」
すっかり立場が逆転しそうなバリーの雰囲気に、ケラシーはあわあわと慌てるがバリーは知らん顔だ。
これからも二人は守り守られ暮らしていくのだろう。
乙女ゲーム、なんて言葉は一切忘れて。
それが本来の、在るべき姿なのだろう。
花カノ…花の聖女と彼女の恋、乙女ゲームで結構ユーザーも多く人気な方だった
ケラシー…実は魂は聖女と同じく転生者だけどほぼ記憶がないのでほぼ現地主人公
バリー…実は結構腹は真っ黒だけどケラシーにはバレてない
ナターレ…完全に悪役だが一応乙女ゲームのヒロイン、というかよくいる性悪転生者
教会…特別クラス卒業生をかき集めて日々権力を増しているが王家には逆らえない
王家…カメリア辺境伯家を信用して重用しているので、ある程度の『わがまま』は聞いてあげている




