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銀杏拾いは戦争である(前)

作者: 暇庭宅男
掲載日:2025/12/13

「良く実がなったなあ、お前よぉ」


黄色い葉が落ちつつある我が家の銀杏(ぎんなん)に、そう声をかけてやる。


ギッシリと実った銀杏はギリギリと枝を下へたわませている。いまはまだ平気だが、大雪になれば重量に耐えきれず折れるだろう。


銀杏には表年と裏年があると思っていた。表年は後のことなど考えないかのように自分の限界まで実をつける銀杏。そこで少なからず樹の体力を消耗するため、その次の年は裏年、つまり収穫量が少なくなる……はずなのだが。


目の前に重みで垂れ下がった銀杏の枝は、今年、裏年にも関わらず表年の去年とほぼ同じ数の実をならせている。


冬前の最後の仕事はこの銀杏を叩き落として拾い、強烈な臭いに耐えて食べる部分を取り出して根気よく洗い、白い殻つきの状態にすることだ。


「今年は楽だって思ってたけどちげーな?これは」


先に落ちた分を父と共に地道に拾い集める。これだけでも相当な量だ。20kgコンテナに山盛り取れたので仕方なく2個目のコンテナを取り出す。


コンテナにギッシリ入った銀杏が嬉しく、同時に恐ろしくも見える。ここから果皮を足で踏みつぶして破り、ひっくり返したらそこからは手作業であの見慣れた姿の銀杏を拾い出す作業に入るのだ。

銀杏を専門とする農家さんは果肉を取りのぞく専用機械を持っているようで、そのほうがたしかに早いのだろう。暇庭の家では量が量なので初期投資の回収が望めない。地獄を見るとしても手作業やるしかない。


地面に落ちた銀杏を拾い集めると、今度は枝についた実を叩き落としていく。長めの鉄パイプで高いところにある実のついた枝をバシバシ叩く。すると、ボロボロと銀杏の実が落ちてくるのだ。まれに果肉が潰れてしまいおなじみのあの臭いがブワッと出てくる。やっちまったと思いながらも顔をしかめて我慢する。直売で売ると大変喜ばれるし、年末に向けちょっとしたボーナスにもなる。耐える甲斐はあるのだ。



叩き落としては拾い集め、拾い集めてはまた叩き落とす。おおよそ1時間。それで我が家の銀杏はほぼ全量を回収できた。なにせ樹は1本しかないのだ。すぐに収穫は終わる。粒はやはりというか大きい。サクランボに似ているがサクランボよりふた回り大きく、出来の良いものは10円玉を重ねてもはみ出すほどだ。私は我が家の銀杏こそ街一番の大きさだと自負を持っている。生産者同士で粒の大きさ勝負になったとき、街の中、半径10km内でなら全く誰にも負ける気がしない。とはいえこんな特上の銀杏をならせてくれたのはこのイチョウの木である。私ではない。後でお礼肥えを施してやろうと拾いながら思った。


「え!?87kg!?去年とほぼ変わんねえや!」


集め終わったものを重量を量ってその重さにびっくりする。昨年たった1本で94kgの収穫量を記録した我が家のイチョウの木は、今年もほぼ変わらない実りをもたらしてくれたのだ。その頑張りに尻を叩かれるような、背中を押されるような、不思議な感覚がした。やれることを力余さずにやりきれと、そう言われているような気さえする。


「よし……じゃあやるか、潰し方」


銀杏の面倒くさいところはここからだ。サクランボのような銀杏の果肉を取り去ると、見慣れた白い楕円の殻をまとう銀杏になるわけだが、これがきついのである。


長靴に履き替え、用水路まで軽トラックで採れたての銀杏を持っていく。着いたら用水路に水が流れているのを確認して、コンテナで持ってきた山盛りの銀杏を用水路の流れる水の中に入れるのだ。


「踏むよーっ!」

自身を鼓舞する意味合いを込めて大声で宣言する。丁寧にやれよと父に釘を刺された。まあそれはそのとおりだ。食う部分が割れたら元も子もない。

そっと足を入れてぎゅう〜っとゆっくり踏み潰していく。すると、果皮が破れて黄色い果肉が流れる水に洗われていく。


「ぐおあ……うぅ……くっせえ……」


知っている人は多いだろうが銀杏は果肉のついた状態ではとてもとても、食料として認識できる臭いはしていない。ましてこの果肉を取り去る作業中は、踏む人間がその臭いをモロに受けてしまう。踏むだけなので楽だが嗅覚が警報を発し続け心の方から先に削られていく。


丁寧にひとコンテナぶんを踏み終わると次へ。踏み終わった分は中身をひっくり返して、取り切れなかった皮と果肉の中から食べる部分を見つけ出して選別する。私は最初ひたすら銀杏を踏み潰し父が選別を担当した。一箱7キロになるように調整しておおよそ12コンテナ。臭いに負けてはいけないと自分に言い聞かせるが、それでも心が負けてくる。そのくらいの激臭なのだ。


「こいつでラスト!お父さん拾い方どう?」


「拾い方は結構時間かかるぞ。踏み方終わったらお前も拾い方手伝え」


まあそりゃそのとおりだ…ハラを決めて最後のコンテナヲを用水路から引き上げ、父と共に銀杏を拾う。果肉の分離が楽になる方法は……などと思うことがないではないが、結局手でやるのが一番はやい。つぶされた果肉の中から、楕円の硬い殻が見える。取り出すと素晴らしい大きさだと改めて分かる。


と、その時、指先にかゆみを感じた。イヤな予感がして薄青いゴム手袋をした左手をまじまじと見るとーーーー


「ああっ、くそ、やっちまった。汁に触った」


私はほとんど悲鳴に近い声を上げる。ゴム手袋に小さな穴があいていたのだ。そこからは容赦なく銀杏の果汁が入ってきてしまう。銀杏の果汁は体質にもよるが強烈なかぶれをもたらす。私は結構この銀杏の果汁にかぶれてしまう体質なのだ。父もこちらを見やり、あーあとため息とも呆れともつかない声を上げた。


「バカ……乱雑にコンテナ扱うから穴開くんだよ。お前、後でステ塗っとけ、そうすっと多少良いから」


「ああ……クッソ何に引っ掛けた?コンテナの()()にでも触ったか……」



ぶつぶつ文句を言いながら手袋を変えて再び銀杏拾いを再開する。人さし指の第2関節のあたりまで銀杏の汁に浸ったので、後で赤くまだらに腫れるだろう。ステロイド入りの軟膏で多少抑えることは出来るが、年の暮れまで水ぶくれを繰り返して痛いわ痒いわで散々な目に遭うだろうな……と心底がっかりした。


だが仕事はこちらの都合を待ってはくれない。日が傾き始めた西の山の端からフワーッと、毛羽立った雲が立ち上がってくる。


「ああ、雪雲(ゆきぐも)だ、クソッ!」


ひどい臭いと痒みでただでさえストレスがかかっていた私はあえなくひとりで癇癪が爆発した。雪が降る前に取り込みを完了しないと乾くのがいくらでも遅くなる。湿気が抜けないと容赦なく銀杏はカビ始めてしまうのだ。必死にやった成果を生ゴミ捨て場にブチ込むわけにはいかない。父はそんな私を諌めながら、私の倍のスピードで銀杏を拾っていく。私も文句ばかりでは無様なので、追いつけないなりに最大速で銀杏を拾っていく。


父には遠く遠く及ばないながらも、私も4ケースを拾いきり、全量の()()()の洗いが終わった。果肉が減ったので目減りしているが、それでも50kg以上ある。豊作と言って差し支えないだろう。


西の山から近づいてくる雪雲を気にしながら、ザッと果肉をはがした銀杏を軽トラックに積み込んで家へ急ぐ。家につくと雪の当たらない屋根付きの車庫の中に、洗った銀杏の詰まったコンテナを並べていく。とーーーー。


「降ってきたじゃん、雪」


夕暮れの中を、白い雪がふわふわと舞い降りてくる。危なかった。銀杏はとにかく雪に当てていいことなどない。それを避けて水切りを済ませておけば明日の2度目の洗浄が楽になるのだ。


明日はほぼ1日、銀杏を2度目の洗浄に費やすことになる。

大仕事である銀杏拾いも大詰めだ。折り返しを過ぎた達成感に、私は少なくともホッと胸をなで下ろしたのだった。

冬前最後の大仕事は銀杏拾いとなった。


二日がかりの大仕事だがとにかく金になる仕事であるため、手抜きは許されない。後編はたぶん来週火曜頃だろうか。

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