ep.16
夢を見た。
暗く音も消えた場所で途方もない時を過ごしていた。
真っ暗の中、足元に一輪の青い花が落ちているのを見つけた。
拾い上げると声が聞こえ、花は枯れてしまった。
久しぶりに感じた音と色はときたま現れるようになった。
その日は違った。落ちている花は血の色よりももっと黒い色をしていた。
花に触れると目の前に、顔さえも全て布で覆った人間のようなものが現れた。
人間は黒く長い爪で私に何かを刻みこむ。
それは耐えがたい痛みと共に焼けるような熱を放ちながら奥深くへと入り込んできた。
私の感情ではない憎悪があふれ出る中、一瞬だけあの青い花の声が聞こえたような気がした。
窓から差し込む朝日のまぶしさで目が覚めた。
何か夢を見ていたような気がしたがよく思い出せない。
私はベッドを整え、窓を開き身支度を始めた。春の心地よい風がカーテンをひらひらと揺らしている。
今日は大事な日だ。
大まかな準備は昨日すでに終えていたが、まだ少しやり残したことがある。
似合わない大きな眼鏡をかけ、海のように青い花束を抱えると家を出た。
町のはずれから坂道を登っていくと海が見えてくる。もう少し上に上ると白い教会の頭が見え始めた。
少し前に立て直しが始まり、先週に出来上がったばかりだ。
教会の裏手には、開いた本を片手に持ち海を眺める女性の像が立っていた。
この町の神様らしい。みんな何か大仕事をするときには必ずここに訪れていた。
私は持っていた花束を像の足元に備える。
「どうか私たちの旅路を見守っていてください。」
祈りを捧げ、町の方を見下ろす。私は幼い頃からここからみる景色が大好きだった。
確か、ずっと昔誰かもそう言っていたような…。やはりうまく思い出せない。
カーン、カーンと時間を知らせる鐘の音が鳴り響いた。
いけない、早く行かないと怒られてしまう。
彼女は急いで、坂道を降りていった。
町の入口で煙草をふかしていた男は、走ってきた少女のおでこを指で弾く。
「ったく、遅刻だ。」
「ごめんなさい、ちょっと挨拶に行ってて。」
えへへと笑う彼女の後ろから大きな黒い犬が男に飛び掛かってきた。
「おい、この犬どけろ!」
「わぁ、まってまって、ストップ!!」
嬉しそうに男にじゃれている犬を何とか引きはがす。
「こいつも連れて行く気か??」
「この間、材料を取りに行ったらこの子、森で迷子になってて、おなかすいてたみたいだし食べ物あげたら懐いちゃってそのまま付いてきちゃった。」
「だからってお前なぁ、連れてくのはリスクが…」
「あ、名前ね、テゾーロってつけたの!どこかの言葉で宝物って意味なんだって!!えっと、あれ、誰から教えてもらったんだっけ…?」
「あぁ、そうか…そうか。」
「ん?どうしたの??え、なになに、泣いてるの??」
「うるさいなぁ、煙草が染みたんだよ。ほら、いくぞ。」
早々に歩いていく男の後ろをせかせかと少女がついていく。その横には跳ねるように歩く黒い犬がぴったりとくっついていた。
供えられた青い海の花束を白い小さな手が拾い上げる。
懐かしいさわやかな香りに少し切なさが混じる。
見下ろした町はとても穏やかで、幸せそうな人々の姿があちこちにみえた。
これでよかったのだろう。
短くなってしまった髪が潮風に揺られ頬に触れる。
私がすべてを知っている。覚えている。
町の向こうの見える海は太陽に照らされきらきらと輝いていた。
私はずっと昔からこの景色が大好きだ。
町のはずれに三人の影が見える。もうあと少しで森の中へと消えていくだろう。
どうか貴方の旅路に幸多からんことを。
消えゆく陰を小さく優しい声が見送った。
「いってらっしゃい。私の宝物。」




