ep.13
シューカの薬を店主に託し、港の桟橋の傍に建てられている小屋へと入った。
レイは見張りしとくと外に出ようとしたが、かえって怪しまれると連れ戻された。
少し不機嫌そうに部屋の隅でうずくまっている。
胡渡は少し離れた場所で外の様子を気にしている。
赤黒い球体を両手で包み、顔の位置まで掲げる。
『導き願う』
肉のつぶれた鈍い音が聞こえ、手からどろりと血が滴る。
ボタボタと落ちた血は、地に触れる前にその場に留まった。
徐々に形を成していき、それは一匹の猫のような獣になる。
赤く脈を打つかのように動く皮膚をしているそれを、レイは怪訝そうに眺める。
「良かった。ここから近そうだね。」
「千陽のそれいつみても…吐きそうになる…本当に似合わない魔法を使うわね。」
「ひどいなぁ。ほらほら案内してもらおう!」
獣が歩く後を三人は速足で追いかけた。
教会まで付いていくと、シューカの姿が見えた。
薬の材料を取りに訪れたらしい。
幸いにも小さい獣は見えていないようだった。
「先週まではたくさんヒソップの花が咲いていたんだけど…」
周辺を見渡してもほんのわずかしか見当たらなかった。
「もう少し森の方に入れば咲いているのかも、私たちもそこへ用事があるので一緒に参りましょうか。」
再び獣の進む道をたどっていくと、先頭を歩いていた千陽が立ち止まる。
「静かに。しゃがんで。誰かいる。」
千陽の視線を追うと、森の茂みから人影が揺れているのが見える。
「あ、あれ!」
シューカが一歩前に出る。ガザっという音に人影はこちらに気づく。
低い唸り声が暗い森に響く。
「まって!違うの!私だよ!」
シューカの声にうなり声はピタッと止み、人影は森の奥へと消えていった。
引き留める手を振り払いシューカが後を追う。
赤い獣もシューカについていった。そのあとに三人が続いて駆けていった。
シューカにやっと追いついた頃、少し開けた場所に出ていた。
赤い獣は大きな岩の前でどろっと溶けていった。
シューカは岩の陰にいる人影に話しかけていた。
「やっと…見つけた…ねぇ、あなたは…」
一歩近づくとその人影は強く威嚇し、大きな狼のような姿へと変わってしまった。
毛は逆立ち口はただれ、大きく鋭い歯がむき出しになっている。
大きく開いた背中の傷口からはドロリと血が垂れていた。
あたりに腐ったような臭いが充満する。
「まずい、シューカさんを離さないと…」
千陽は抵抗するシューカを何とか抑え後ろに下がらせる。
「千陽、あの岩…」
石碑のような岩はところどころ崩れたり、ヒビが入っている。表面に何か文字が書いてあるが、作られてから年月が経っているせいか読むことはできない。
「原因ってこれだろうね。」
千陽は目の前に立ちはだかる獣に視線を移す。
「もしかして探してたのって…」
レイの言葉にシューカが何度も頷く。
「…胡渡ちゃん、防護魔法お願いできる?シューカさんをよろしくね。レイちゃん、あれ、外してあげて。」
「それはしたら…」
「いい。後の事はまずここを切り抜けてから考えよう。」
「どうなっても知らないからね!」
レイは胡渡の右手を掴み、赤いさざれ珊瑚で作られた三つ編みのブレスレットを引きちぎる。
弾けた珊瑚が地面に落ちるとそれは真っ赤な彼岸花へと変化した。
花から漂う霊気はすべて胡渡のもとへと集まり、徐々に髪色が白く変化していく。
胡渡が地に手を付けると、ガラスのように透明なツタが幾重にも周囲を覆った。
だが獣が近づいてくるにつれて、ツタにヒビが入る。
「できるだけ持たせてほしい。」
千陽は、耳に下がっている花房のようなピアスを強く握ると、それは鋭く深く手に突き刺さった。
滴る血は少しづつ少しづつ弓の形を形成していく。
その間にも、大きな獣は執拗にツタに食いつきはがそうとしてくる。
レイは胡渡の背に手を当て、何やら唱えているが獣の咆哮にかき消されて聞こえない。
地に置いた手にに力が入る。徐々に鋭くなり、白い毛が指先から腕へと侵食してくる。
「千陽!!時間がない!!!」
レイの焦った声に判断を急かされたようだった。
「ごめんね。僕にはこれしかできない。」
ピンと張った弓弦に赤く滴る矢が形成されていく。
千陽の背中にこつんと頭をあてる。絞り出すような声で少女は言った。
「お願いします…あの人を…止めてあげてください。」
手の震えが止まる。狙いを定めて、弓を限界まで引く。
大きな振動と同紙にガラスが割れる音が響く。
獣の血がツタにも移り、視界が真っ赤に染まりつつあった。
目を瞑り深呼吸をする。やるしかない。
「穿つ!!胡渡ちゃん!!」
目の前のツタがはけ、矢が通れるほどの隙間が開く。
放たれた矢は軌道に触れた肉を裂きながら、獣の目を貫通していく。
悲痛な声を上げながら激しくのたうち回り、ゆらゆらと立ち上がった獣は憎悪に満ちた咆哮をあげた。
千陽らを食い殺さんと獣は大きく飛び掛かってくる。
瞬間、ツタはガラスのように砕け散った。間髪入れずに、獣の酷くただれた口が目のまえに迫る。
千陽は迷いなく、赤々しい血の海のような口の中に左手を深くねじり込む。
獣が口を閉じきる前に、耳を劈く猛り立つ声があたりを揺らした。
後ずさりする獣の上顎を無数の槍が貫通している。
「千陽!!!止血しないと、腕が!!」
「だいじょうぶ…だから、」
千陽はその場に崩れるように座り込んでしまう。
左手は引き裂かれ、動きそうにもない。
痛みと流しすぎた血のせいで頭が働かない。
浅く息をしながら意識を保つことがやっとだった。
何か対策をと無理にでも立ち上がろうとした時、地面が揺れ振動は徐々に大きくなる。
怒り狂った獣が血肉を撒き散らしながら、迷いなく千陽に向かっている。
再度生成しようとするが間に合わない。死を覚悟したその時だった。
頭上から何かが降ってきた。
杭のようなものの先には三又になっているそれは、獣の脳天に突き刺さる。
地に突っ伏した獣の周りにさらに三つ、三角の形を作るように落ちてきた。
シャンと鈴の音が鳴ると、網のようなものが獣を抑えつけた。
「いやぁ、すまんすまん。ちと遅くなった。」
背後から、やや灰色ががった紫の色眼鏡をかけた白髪の男が煙草をふかしながら歩いてきた。




