ep.9
静かな家で一人寝て居ると、誰かに強く体を揺すられた。
目をこすり起きてみると、そこには白髪の奇妙な眼鏡をかけた男が立っていた。
どうやら母の知り合いらしいその人は、有無を言わさず私をベッドから引っ張り出し外に連れ出した。
こんなに遅い時間なのに、やたら町の方が騒がしい。
理由を知っていないかその男に聞こうとしたが、静かにと物陰に引き込まれた。
町で見かけたことのある男たちが私の家の方向へ歩いている。
何か起こっていることは理解できた。
私の近くで身を潜めている男が静かに言った。
「どんな事があっても母に会いたいか?」
そんなもの答えは一つしかないのに、なぜこの人は聞いたのだろう。
考える間もなく頷いた。
この町の海とは反対の位置に古びた協会が立っている。
この教会からは町の景色が良くみえ、母はこの場所をとても気に入っていた。
今、茂みの中から見える光景は夢ではないのだろうか。
見知った顔が母を、吊り上げられた母を取り囲んでいる。
顔は腫れ、頭からは血を流し、服はボロボロに破られている。
ここからはよく見えないが、パチパチと何かが燃える音が聞こえる。
町の人たちを止めようと茂みから飛び出したが、すぐに引き戻された。
口を、手を抑えられた。男の手を思いっきり噛み、男の体を足で何度も蹴った。
それでも男は何も言わず、一切力を緩めることはなかった。
視線を戻す。うつむいていた母がこちらを見ていた。
母は微笑んでいた。
春の陽だまりのように優しい笑顔をしていた。
私は大丈夫だと、心配しなくていいと言っているかのようだった。
「ばかやろうが…。」
後ろから少し震えた男の声が聞こえた。
暗い空に吸い込まれていく煙の中から、かすかに歌声が聞こえてきた。
白く光る蝶があたりを飛び回り、教会を中心に真っ白の草原が広がっていく。
「よく見ておけ、焼き付けろ。お前の母親からの最後の贈り物だ。」
それは夜が明けるまで続き、日の光が射す頃には何事もなかったように消えてしまった。
誰もいなくなったのを見計らって、ようやく茂みから抜け出した。
ジーアであったものは黒い塊になっていた。
シューカはぼろぼろと声もなく泣きながら、震える手で拾い上げていた。
その小さな肩にそっと手を置いて男は屈んだ。
「お前の母さんを見送ってやろう。」
少女は泣きながら何度もうなずいた。
教会のすぐ横にジーアの墓を建てた。近くに咲いていた花を供え祈った。
男は教会の瓦礫に腰を掛け、いびつな形をした煙草を取り出し火をつける。
深く吸い込み、ゆっくりと吐く。
シューカは墓の前から微動だにしない。まだ幼い子にあの光景は残酷過ぎた。
本来ならば見せるべきではないと思ったが、男は自分の決断に後悔していなかった。
再び深く吸い込み、ゆっくりと吐く。
白い煙は海から吹き上がる風にのまれ、跡形もなく散っていった。




