うちにはなんでママがいないの
「うちにはなんでママがいないの?」
8歳になった啓太はユリアに尋ねた。その問に対し、ユリアは機械的に答えた。
「啓太さん。啓太さんにはママは居ないけど、パパが2人もいるでしょ。」
啓太は口を尖らせて反論した。
「それは答えになってないよ。同じクラスの幸子ちゃんの所にはママがいるのに、なんで僕にはいないのか分かんないよ。」
その問に対してもユリアは機械的に答えた。
「その代わり、幸子さんの家にはパパがいないでしょう。ママがいるおうちにはママしかいなくて、パパがいるおうちにはパパしかいないのが『新しい家族』なんですよ。」
「えー、よくわからない。昔はお家にはパパとママが両方いたのかな。」
「昔はいたと聞いています。今でも凄く少数だけどそんなお家はありますよ。でも、不同意性交罪は推定有罪ですから。」
「ふどういせいこうざい?なにそれ。」
「啓太さんも5年生になったら習うと思いますよ。男女が一緒にいると必ず発生するのが不同意性交罪です。だから厳しく罰する必要があるのです。」
啓太はユリアが何を言っているのかまるで分からなかった。
「でも、僕、幸子ちゃんのことが好きなんだ。一緒にいたら警察に捕まっちゃうの?」
「そうですね。『好き』という思いはとても尊いものですが、『好き』が時たま暴走することで不同意性交罪になってしまうのです。『好き』という思いだけ胸に残して置くのが大人になるということですよ。」
啓太はますます分からなくなった。もし幸子ちゃんと手を繋いじゃったらどうなっちゃうのだろう。とても怖くなった。
「ユリア、僕なんだかとても怖くなっちゃった。でも、僕が育てているカブトムシだってオスとメスでつがいになって卵産むでしょ。人間の僕はどうやって生まれてきたんだろう。」
ユリアは初めて困ったような顔をした。
「啓太さんを産んだのはユリアです。たかしパパとソウスケパパの遺伝子を貰って、啓太さんが生まれたんですよ。」
啓太の顔がパァっと明るくなった。
「じゃあユリアが僕のママじゃない!美味しいご飯も作ってくれるし優しいし、ユリアママ大好き!ママがいてよかった!」
ユリアは困惑した顔をしていた。
はしゃいでいる啓太の所にタカシパパとソウスケパパが新しいセクサロイドを連れてやって来た。
「お、啓太。楽しそうだな。今日、ソウスケと一緒にバシヨドに行って新しいセクサロイドを買ってきたんだ。ユウコっていうんだよろしくな。」
啓太はきょとんとして「よろしく」と呟いた。
「ユウコは凄いぞ。最新型で身長や体重、おっぱいの大きさまで自在に変えられるんだ。お前にも弟ができるから楽しみにしていろよ!」
タカシが興奮気味に話している間に、ソウスケがユリアの手を取って外に連れ出そうとした。それに驚いた啓太は大声を出した。
「ソウスケパパ!ユリアをどこに連れて行くの!?」
「どこって、業者に回収してもらうんだよ。白物家電の耐用年数はとっくに過ぎてるし、ユウコを買ったんだから不要だろ?」
「ユリアは僕のママだよ!捨てないで!」
泣きじゃくる啓太にたかしもソウスケも困惑した。
「いいか、啓太。これは家電リサイクル法で決まっていることなんだ。それにユリアはお前のママなんかじゃないぞ。強いて言うならママは俺だ。」
「違う違う!嫌だ嫌だ!」
泣きじゃくる啓太をよそに、インターホンがなった。
「ちわー。バシヨド電気でーす。リサイクル回収に来ましたー。」
「ちょうどよかった。コレをすぐ持っていってくれ。」
回収業者は室内の異様な様子に戸惑い、再確認した。
「え、いいんすか?」
「いいんだよ!早く持っていけ!」
「わかりましたー!毎度ありがとうございますー!」
啓太はタカシとソウスケにしこたま説教された。だが幼い啓太には法律の話などされても分かるはずがない。ひとしきり泣きじゃくっていたら、温かい手で頭を撫でられた。ふっと顔を上げたら幸子ちゃんだった。いや、大人風の幸子ちゃんと言ったほうが良いだろう。
「啓太さん、おっぱい飲んでいいんだよ。」
啓太は幸子ちゃんに擬態したユウコに抱っこされ、おっぱいをしゃぶりながら、眠りについた。