EP2 王子再度恋に落ちる
時間がかかりましたが後半です。少し真面目な話。
‟そうなのですか…“
崩れ落ちる兄を上から見下ろしながらアビゲイルははて?と思った。確かに頭に血が上った兄の行動は非常識だが仮にも王族。断るにしろ受けるにしろエリーゼがそうもはっきりと即返答するのはおかしい。それにエリーは確か…
‟お兄様、エリーはどんな格好してました? “
‟格好?そういえば動きやすそうなドレスで、出かける様な恰好だったな”
やっぱり。
‟お兄様、エリーは今日御父上の伯爵と一緒に領地へ行く予定だったのです。家族会議みたいなものがあると言ってましたわ“
‟え?”
‟お兄様が、付き合って、と言ったのでどこかに出かけようと誘われたと勘違いしたのでは? “
‟た、確かに。付き合ってくれといったら、いつですか?と聞かれたので、今すぐこの時から、と僕は言ったんだ”
‟だから、できませんと答えたのですよ、きっと。お兄様のお言葉をきちんと理解してないと思いますよ”
フレドリックの顔がパッと輝く。
‟そうか!ではまだ望みはあるのか。しかし家族会議とは?”
‟内容は聞いていませんが、コートワーズ伯爵家は何か大事なことを決める時や問題が起こった時は家族みんなで意見を出し合って決めるそうですよ”
‟いやちょっと待て。もしかしたらエリー嬢の縁談の話かもしれないではないか”
‟どうしてそう一足飛びに思考が…まあ、まったくあり得ない話ではないですわね“
‟こうしてはいられない。僕もコートワーズ伯爵領に行くぞ”
フレドリックは立ち上がると部屋を出て行こうとする。
‟え?え?お兄様?”
エリーゼへの贈り物を馬車に乗せたままだったのでいつでも出かけられる体制だ。
‟お待ちくださいお兄様。いくら何でも急すぎますわ!あちらにご迷惑が掛かります“
アビゲイルは慌てて兄を引き留める。
‟そうだぞ、フレドリック”
“兄上”
そこに現れたのはフレドリックとアビゲイルの兄で王太子であるアドルフだった。
‟今、コートワーズと聞こえたが…”
‟聞いてくださいアドルフお兄様。フレディお兄様ったら恋しい女性を追いかけてコートワーズ伯爵領に行こうとしてるんです。連絡もなしに訪ねるなんて非常識ですわよね“
‟女性とは例の?”
‟エリーゼ嬢です!家族会議があると言って長期休暇でもないのに帰省してしまったのです。彼女の縁談話かもしれない“
わなわなと震えながらフレドリックは兄の方を見た。
‟全く、お前たちはこの前の嵐の被害を知らないのか?呑気に…いや、いい機会か“
アドルフはやれやれといった様子で一人でぶつぶつ言っていたが
‟実はコートワーズに視察を出す予定だったんだ。ちょうどよい、フレディお前が行ってこい“
‟視察?”
‟お前たちも今年は冷夏の所為で農作物が不作なのは聞いてるだろう。おまけ数日前の嵐の所為で収穫前の作物がダメになった場所があるのだ。コートワーズ伯爵領を含む国の東側は農業地が多い。支援を求める歎願がいくつも来ているので先ず現状を確認して支援内容を検討しなければいけないのだ。いい機会だ。お前はコートワーズに行き現状把握と支援内容を考えてみろ”
‟は、はい”
真面目な兄の言葉にフレドリックも姿勢を正す。
‟後もう一つ。こちらの方が急を要するかもしれない。コートワーズは備蓄もあり自領でなんとか頑張っているのだが、隣のシャルリアン領が問題でな。もともと貧しい地域の上、今回の嵐で困窮した者達がコートワーズに流れてきて小競り合いなどいろいろトラブルが起きているらしいのだ。物資を運びがてら王都から騎士団を派遣してその辺の仲裁もしなければいけないのだが、お前はどうする? “
‟では、騎士団と共に出発します。その方が移動が速いでしょうから。武力介入の必要性がないのを確認出来たら騎士団と別行動をとり領内の視察を開始します“
‟いいだろう。第四騎士団長には今回お前は騎士団においては一騎士として扱うように言っておく”
兄に一礼をしフレドリックは踵を返した。
“お兄様、私も… “
‟お前はだめだ。今回のエリーゼ嬢の帰省は伯爵領内の経営者の一人としてのものだろう。彼女はそれだけ伯爵に信頼されているのだ。その辺の箱入り令嬢とは違う。フレドリックもあちらに着いたら鼻の下を伸ばして彼女の尻を追いかけてる暇などないだろうさ。お前が行っても邪魔になるだけだ。私があいつを派遣するのは少し第二王子としての自覚を持って欲しいからだ。能力はあるくせに学生の身だからといつまでものんびりしてもらっていては困る。コートワーズに行けばあの領で伯爵がどのように子供たちを教育してきたか目の当たりにし良い勉強になるだろう”
“わかりました”
アビゲイルは殊勝に頭を下げる。
‟でもお兄様は随分コートワーズ伯爵の事をご存じなのですね“
‟言ってなかったか?子息のニルス殿は学院で私より一つ上だった。在学中に随分と世話になってコートワーズ伯爵領にも遊びに行ったことがあるぞ”
‟じゃあ、小さいころのエリーも”
‟ああ、会ったことがあるよ。およそ令嬢らしくない格好で領地を走り回っていたね。そうかと思えば伯爵の方針で大人の会議中にうしろの席に座らされ領内の経営や問題についての話し合いを聞いていた。難しい話は兄のニルス殿がわかりやすく説明してあげて。彼女の面白いところは自分なりの解決策を考えるのだ。子供らしい無邪気なアイデアもあれば、大人が驚くような斬新な見方をすることもあった”
目を見開くアビゲイルにアドルフはクスクスと笑う。
‟私の顔をずいぶん気に入ってくれたらしくて会うたびに真っ赤になってね。あんまり可愛いらしいので一度抱き上げたら鼻血を出して失神してしまってニルス殿に叱られてしまったことがあるよ“
これはフレドリック兄様には言わない方がいいわね。あら、でも。
‟その当時のエリーは色白でぽっちゃりしてたんですか? “
‟いや。日に焼けて手足も細くて、でも元気いっぱいで。まだ10歳になっていなかったんじゃないかな。女の子というよりは、そうだね、小動物的な?”
なるほど。でもアドルフお兄様の顔が好みならフレディ兄さまも望みありかも?なんたってそっくりなんですもの。
~~~
‟じゃあ、こんな感じで袋に詰めて出来るだけ多く作ってくれる?今日中に少なくとも500、いえ700個は欲しいわね。大変だけど頑張って“
‟承知しました。見本があれば後は皆で手分けして作りますのでここはもう大丈夫です“
‟ありがとう。助かるわ。よろしくね“
備蓄倉庫の近くに住んている人たちに後はお願いして、収穫したブドウを見に行くことにします。嵐になりそうだったので早めに収穫したのは正解だったわ。そのままだったらほぼ全滅してたでしょう。
お兄さまからの連絡を受け取ってお父様と領地に戻ってきて2日。冷夏と先日の嵐で農作物は深刻な被害をこうむりました。それだけでなく領内のあちこちで家や建物も損壊しました。私は領民たちに物資を配るため備蓄倉庫に来ています。ここには保存のきく食べ物を置いてあり不作の年や今回のような災害のあった時に領民に配るのです。芋や小麦や干し肉。砂糖や塩、ワイン、瓶詰めの果物などありますがそれを小分けにして被害に応じて配るようにします。この作業は単純なので子供やお年寄りにも手伝ってもらっています。お父様は全体の被害の状況を把握して救援の要請などの書類や町や村の代表者への指示。お兄様は大きな被害があった場所に行って状況確認と復旧作業の指示。お母さまはけが人や避難が必要な人々のための宿泊所の手配や炊き出しの指示などやることはたくさんあります。
‟そういえば王都から第四騎士団が来てくださるとか。物資の配達や材木の運搬など手伝って下さると助かるわ“
独り言を言いながら愛馬のキャラウエイに乗りました。
隣村まで軽く馬を走らせていると、
‟姫さまー! “
呼ばれて振り向くと先ほど後にした倉庫にいた領民の少女が早掛けして追い付いてきました。
‟どうしたの?アンヌ”
‟大変です!”
彼女はゼーゼーしています。よほど急いできたのでしょう。
‟見知らぬ男たちが何人も来て食料をよこせって。いきなりの横暴な態度におじいが断ったら棒で殴って。袋に詰めてた食料を持っていこうとするんです“
‟なんですって!?”
隣の領地も不作と嵐の被害がひどいのは聞いていたし、境界に近い村では小競り合いが頻繁に起こっていると聞いていましたけど。
‟こんな領地の奥にまで入ってくるなんて”
でも今はそんなことを考えてる暇はありません。倉庫に残っているのは子供とお年寄りです。殴られたりしたら…
‟アンヌ、あなたドイラ川の橋が落ちたのは知ってるわね?あそこにお兄様と若手が何人もいるから助けを呼んできて。館に行くより近いわ”
‟姫様は…? “
ひとりで行くのが心細いのか不安そうな顔でこちらを見てきますが。
‟私は倉庫に戻るわ。話して聞いてくれるかはわからないけど”
‟え?危ないですよ“
‟大丈夫。それより早く助けを呼んできて“
アンヌの馬の首を叩くと、馬は素直に駆けだしました。疲れてるだろうけど、頑張って。
急いで来た道を戻ると、子供たちの泣き声と男の怒声が聞こえてきます。
‟さっさと食い物をよこさないと容赦しねえぞ! “
“くそ!なんでここにはこんなに食い物があるんだ。それに比べて俺たちの村は”
怒鳴ってる男の足元には村の代表であるアンヌのお祖父さんが蹲っています。殴られてしまったのでしょうか。おばあさんたちが荷車に食料が入った袋を積んでいます。小さな子供たちは固まって泣いています。
血走った目で棒を握りしめている男たちは5人。
怖い。
口が乾いて胃がせりあがってくる感じです。馬を降りた時、足が震えて膝がカクっと落ちました。必死で足に力を入れます。
‟これは俺たちが蓄えた大事なもんだ。お前たちに取られてたまるか! “
仁王立ちで倉庫の入り口にいるのはまだ10歳のペタ。
ああ、ペタ、だめ!
‟何だと!こっちは何日も満足に食ってねえんだよ!村のガキどもも腹すかして泣いてんだ“
近くにいた男が腕を振り上げます。手はこん棒。あんなので殴られたら。
どうしましょう。
一歩足を踏み出した時、コツと靴に当たったのは木の実サイズの石。
考える暇はありません。とっさに拾って投げつけました。
結構痛いと思います、これ。
鈍い音がして
‟いってえ!なんだ?”
頭に命中。狙いましたもの。
でも鬼のような形相でこちらを振り向く男を見て、状況は良くないことを感じました。
‟乱暴はやめてください“
‟誰だてめえ。何しやがる“
それはこちらのセリフです、といいたいところですが怖いので言えません。
‟誰だ“
と別の中年男に誰何され仕方なく応えます。
‟このコートワーズ領主の娘エリーゼです。領民への乱暴はやめてください”
‟へえ”
男は肩眉を上げると私の方に近づいてきます。嫌な予感しかしません。
‟あんたが大人しく俺たちにここの食料を渡してくれたら、事は簡単に済むんだ。なあ、俺たちの村は嵐の所為でひどいありさまだってのにうちの御領主様は見に来てもくれねえんだぜ?こっちから訴え出ても無視される。このまんまじゃみんな飢え死にしそうなんだよ“
腕を掴まれてしまい身動き取れません。痛いです。
‟そ、それは同情します。でもあなたたちのやり方は間違っています。こんな乱暴なことをして。私は先ず私の領民の事を守る義務があるんです“
‟なんだと!”
‟うるさい!こっちがおとなしく頼んでるうちにいう事きけ! “
男の腕が振り上げられます。
‟姫様! “
誰かの叫び声。
きゃー!腕痛い痛い痛い
殴られる!怖い怖い怖い
ぎゅっと目を瞑り首をすくめて衝撃に備えましたが、なにも起こりません。
そっと目を開けると。
‟殿下…どうして“
そこには凛々しいお顔で男を睨みつけているフレドリック殿下がいらっしゃいました。殿下は抜き身の剣を男の首元に当てています。
‟今すぐに手を離さないとその首を飛ばすぞ“
男はがくがく震えながら私の腕を放しました。
ほっとしたせいか足に力が入りません。思わず座りこみそうになったところを力強い腕に支えられました。
‟エリーゼ!大丈夫か“
‟で、殿下。ありがとうございます”
周りを見ると王都からの騎士団でしょう。騎士達が集まってきて男たちを次々を捕縛していきます。
‟こいつらは王都に連行して処罰する。未来の…に手を上げてただで済むと思うなよ”
男たちは皆跪かされうなだれている。
‟殿下、あなた様は今回は殿下としてではなく騎士団の一騎士としてこちらに参ったはずなんですがね“
指示を出す殿下にやや年長の団長らしき方が苦笑いでぼそっとつぶやく。
“いや、その、わかっている。だがエリーゼ嬢に乱暴を働いたのだ。問答無用で重罪に決まっているだろう”
殿下はゴホンと咳ばらいをしてきまり悪そうに言います。
ハッとして
‟あの、お待ちください。この方たちをすぐに王都に連れて行くのはやめてください”
‟エリーゼ嬢、何ゆえだ“
学園にいる時とは違い殿下は口調は少し改まっています。
‟彼らは隣のシャルリアン領から来たのです。あちらも不作と嵐でひどい状況なのに何の救援も届いていないようです。おそらく思い余っての行動だと思います。私が領主の娘だと知っていてもひるみませんでした。おそらく事が公になった時に罰せられるのを覚悟での行動だったのでしょう。差し出がましいことを言って申し訳ありません。父に会わせて話だけでも聞かせてもらえないでしょうか。緊急を要するのであれば、まずわが領から物資を出して、急場をしのぐ必要があると思うのです”
‟ですがこの者達の行いは重罪に値しますよ。エリーゼ嬢”
騎士団長様が子供を諭すようにおっしゃいました。
‟わかっております。わが領民に乱暴を働いたことを許すつもりはありません。きちんと罰は受けてもらいます。ただこのまま王都に送られれば彼らの罪のみを裁かれるだけになるかもしれません。なぜこんなことをしたのかを騎士団の方たちのいる前で明るみにしてから厳正な判断をしていただきたいと思います“
王都に送られればまず領主であるシャルリアン伯爵が対応することになります。そうすれば領地の現状は隠されたまま彼らにのみ厳罰が下る可能性が高くなります。
‟わが領地で起こり我々が被害を被ったのです。起こったことの事実と仔細を王都に報告していただきたいのです“
殿下も団長様も納得してくださったようです。団長様が頷くと騎士たちが男たちを連行していきました。
”エリーゼ嬢、あなたという人は“
殿下の言葉にはっと気が付くと、何という事でしょう。私は殿下に腰を支えられたままでした。殿下は目を細め眩しいものをみるように私を見つめています。
恥ずかしい!
こちらこそ麗しいお顔がまぶしくて目が明けられません!
ぎゅっと目をつぶるとなぜか腕が私の背中に回され抱きしめられていました。
“え?え?エリーゼ嬢?”
気が遠くなってきました。鼻から生暖かいものが垂れてくる感触が…
また鼻血…
~~~
ー少し前ー
王都から第四騎士団と馬を走らせてコートワーズ領へ向かった。一番被害の大きかった川沿いに伯爵令息のニルス殿がいるという事で直接そこに行き騎士団の今後の行動を決めることになった。
”報告は受けていましたがかなりの水量ですね“
“橋が落ちたと聞いたが復旧も大変そうだ”
領内に入ってから水嵩の増した川を見ながら移動していると別のあぜ道を村娘が馬を走らせて僕たちと同じ方角へ向かっている。
何かあったのだろうか。
騎士の一人が呼びかけると娘はこちらに向かってきた。
‟ら、乱暴者たちが倉庫に押しかけていて食べ物を奪おうとして。おじいが断ったら棒で殴りかかってきたんです。私はニルス様の所へ助けを…いま姫様がそちらに一人で向かってしまわれて“
少女は泣きながら訴えてきたが、最後の言葉に頭がかっと熱くなった。姫様とはエリーゼのことか!
‟娘!案内しろ“
息を切らせているところ悪いが休ませている暇はない。
娘は健気にもはい!と頷いて手綱を引き馬の向きを変えた。
しばらく行くと農園の向こうを疾走する馬が一頭。ドレスを着ているのであれがエリーゼだろう。追い付けるといいが。
エリーゼは腰を宙に浮かし前傾姿勢で絶妙にバランスを取りながら馬に鞭を当てている。小柄な彼女の体重を馬はほとんど感じていないのではないのだろうか。まるで馬と一体化したようだ。見事だ。この村娘の手綱さばきも見事だがエリーゼの乗馬技術はは更に上を行く。
などと感心していたが向かう先に大きな倉庫がに見えてきた。倉庫の前に人だかりがある。エリーゼは近くまで行くとひらりと馬から降りた。そしてすっと屈むと小石だろうか。何かを拾って右腕を大きく振りかぶる。それは一人の男の頭に当たったようだ。見事だ。
‟姫様!”
村娘が叫ぶ。
近づいて行くとようやく全体が見えてきた。老人が地面に蹲っている。男が何人だ?5人か。怒鳴り声が聞こえてきてそのうちの一人がエリーゼに近寄っていく。
“エリーゼ!”
倉庫までたどり着き馬を降りた時には男がエリーゼの腕を掴み怒鳴りつけていた。エリーゼも気丈に言い返しているようだ。だが男の血走った眼を見ればまともに会話などできないのは明らかだ。男が腕を上げる。
殴ろうとしているのか!俺のエリーゼを!
走りながら腰の剣を抜いた。
腕が振り下ろされる寸でのところで剣先が男の首元に当たった。
‟今すぐ手を離さないとその首を飛ばすぞ! “
男がぎょっとしてエリーゼの腕を放した瞬間彼女の腰を引いて後ろに隠す。
緊張が緩んだのかエリーゼの体がガクッと崩れる。慌てて腰を支える。こんな華奢な体で果敢にも自分よりも大きい男に対峙したのか。領民を守るために。
大きな瞳を見開き驚いた表情でこちらを見つめてくるエリーゼ。
うん、顔も体も文句なくかわいい。
エリーゼは震えていたが、追いついて来た騎士団が暴漢たちを王都に連行しようとすると、先ずコートワーズ領内での尋問を求めてきた。その間に隣り領の近隣の村に緊急の救援物資の提供も申し出てきた。おそらくシャルリアン領での噂を聞いていて王都で領主にうやむやにさせるのを恐れてのことだろう。民を思う彼女の心に僕の胸はまた撃ち抜かれたのだった。
鼻血を出して倒れてしまったエリーゼを慌てて屋敷に連れて行った。殴られでもしたのかと心配したが外傷もなく母親である領主夫人に事の次第を説明すると、夫人は僕の顔を見て困ったように笑った。
‟殿下が抱いてきてくださったのですか?でしたらただのぼせただけですわ。この子は面食いですから… “
~~~
‟それで、コートワーズでの視察は随分有意義だったようだな”
既に王太子である兄上に正式な報告書は提出してあったが、個人的にも報告をと思い王宮に戻るなり朝一番で面会に来ていた。
‟はい、兄上。僕を視察に行かせていただいたこと、感謝しております”
‟エリーが暴漢に襲われたと聞いてぞっとしたわ。ケガなどなくて本当によかったわ“
アビーが胸に手を当ててほっと息をつく。
‟そうなんだよ、アビー。あの時のエリーの雄姿を見せてあげたい。彼女はね…”
僕は起こったことの一部始終を兄上とアビーに聞かせた。エリーゼがいかに美しく勇敢だったか。いかに心優しく領民のためにがんばったか。そして僕が彼女の外面だけでなくその内面に再度恋してしまったことを。
‟…そろそろ昼過ぎだし僕は戻りたいんだが、その、詩の朗読は聞かなきゃダメかい? “
‟兄上!この詩にこそ僕の心からの思いが込められているんです。僕の気持ちをダイレクトに彼女に伝えたらきっと彼女は身分差とかなんとかで困ってしまうだろうし。恥ずかしがるかもしれないし”
‟アビ―。お前はエリーゼ嬢と親しいのだから、好みもわかるだろう。お前がフレディの詩を聞いて添削してあげなさい。私はカテリナと昼食の約束をしているからもう行くよ”
”え?!まってアドルフお兄様!私だって用事が。ちょっとフレディお兄様、何その分厚い紙の束は。まさかそれ全部詩じゃないでしょうね? “
END