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第9話 新しい一歩と迫る雪

奏が過去を語った次の日、奏のスマートフォンに着信が入ってしばらく鳴ってから切れる、それを数回繰り返してやっと奏は深い眠りから目を覚ます。

神代村脱出に加えて遅くまで語り合ったせいで体力は限界に達していたのだろう。


眠い目を擦りながら奏はスマートフォンの画面を開く。

寝起きで頭が働いていないのかしばらくボーッと画面を眺めているだけだ。

だが画面の時刻と着信相手の名前を見た瞬間目を剥き出しにして焦りだす。


「やっば!!もう18時じゃん!!バイト遅刻どころじゃない!!」


そう大声を出し、バタバタと動き出した奏の物音で凛桜もゆっくりと体を起こした。


「奏どうしたの?」


「ちょ!ちょっと待って!電話する!」


奏は急いで先程の着信相手に折り返しの電話をする。


「あっ!もしもし!マリアさん!?すいません!!今からすぐ向かいます!!……はい……はい……では急いで行きます……。」


ピッと電話を切った奏はかなりテンションが下がっているみたいだった。


「え?奏大丈夫!?」


「大丈夫じゃない…、とりあえずあたしすぐにバイト行かなきゃ!」


「奏!私も一緒にそのマリアさんって人に謝る!私のために奏は頑張ってくれたんだから私も行く!」


「いやいや、いいって!気にしないでいいか…」


奏は言葉の途中でふと思った。


(このまま凛桜を部屋に置いていっても心配だし、ついでに来てもらった方が安心か…。)


「やっぱお願いしようかな。自転車ですぐの所だから急ごう!」


奏は最低限の化粧だけをして、汚れた凛桜の着物一式を袋に入れて家を飛び出す。

そして自転車の後ろに凛桜を乗せて、バイト先である『Bar Makao』に超特急で向かうのだった。


途中でクリーニング屋に立ち寄り着物を預ける。

そしてまた本気で自転車を漕ぎ、辿り着いたのは千日前と日本橋の間にある雑居ビルの前。

自転車を荒っぽくビル前に置くと2人はエレベーターに飛び乗った。

5Fのボタンを押してエレベーターが動き出してもまだ奏はソワソワして落ち着きがなかった。

それを見ていた凛桜はたまらず質問する。


「あの…マリアさんってそんなに怖い人なの?」


「うん…こえー…。ある意味あの雪より怖い…。」


雪より怖いの一言に凛桜は固唾を呑んだ。

どんな恐ろしい女の人なんだろうか。やはり名前的に激怒した白人の女性の姿を頭に描く。

チン、という音と共にエレベーターのドアが開く。

そのまま歩いて突き当たりまでいくとBar Makaoと書かれた看板が見えた。

奏は1度深呼吸をしてから意を決したようにドアに手をかけ勢いよく開ける。


「遅刻してすいませんでしたぁぁぁ!!!」


「す…すすす!すいませんでした!!」


奏は店に入るなり頭を深く下げて大きな声で謝った。

それに続いて凛桜もテンパりながらも同様に頭を下げる。

凛桜が恐る恐る顔を上げてカウンターの中を見ると、太った丸坊主のラフな格好をした男性がグラスを拭きながらこっちを見ている。


(あれ?慌ててたから奏は謝る相手を間違ったのかな?)


戸惑う凛桜を置いてカウンターに近付く奏。

そしてもう一度カウンターに手を付けながらその坊主の男の人に謝罪する。


「マリアさん!本当にすいませんでした!もう2度と遅刻はしません!!」


凛桜は、その男性をマリアさんと呼び間違えている様子を見て慌ててカウンターまで行き、奏を落ち着かせようとする。


「ちょっと奏!この人は男の人だよ!マリアさんって女の人じゃない!」


その言葉を聞いた奏が青ざめながら凛桜の方に顔を向ける。


「え?なに?マリアさんって外国の女性の人じゃないの…?」


一連の流れを黙って聞いていた坊主の男がグラスを強めにガンッと置き、機嫌が悪そうに口を開く。


「奏…何よこの失礼な子は…。確かに今日のあたしはウィッグもしてないしスッピンやけど…。男に間違えるなんて常識ないんじゃない!?」


「いや…マリアさん…。無精髭も生えたままっす…。仕方ないっす…。」


「あんたが遅刻してくるからあたしが準備する暇なかったんやろうがい!!」


「すすすすんません!!!」


奏がマリアと呼ぶこの人は、『Bar Makaoのオーナーママのマリア(本名:佐々木 則夫 45歳)』であった。若い頃は超有名な暴走族の総長をしていたと噂がある。

大阪に来たばかりの奏をずっと妹のように可愛がってくれている人物なのだ。

店の名前の由来はオカマを反対から読んだだけらしい。


「男の人なのにマリアさんなんですか?」


未だに理解ができていない凛桜はガンガン火に油を注いでいく。

一緒に謝りに来たはずが奏の立場をどんどん追い込んでいく。天然恐るべしである。

たまらなくなった奏は、凛桜に説明するためカウンターを離れて店の入口付近まで引っ張って連れて行く。


「ちょっと凛桜!!マリアさんは見た目はおっさんだけど心は女性なの!」


「あんた…聞こえてるで…。」


「ヒーーーーッ!!」


奏はマリアについて必死で説明をして、なんとか凛桜に理解してもらうことができた。

その後、奏の遅刻の罰は『変なダンスを踊る』で決着がついた。

そして奏が意味の分からないダンスを踊っている横でマリアが凛桜に質問する。


「ほんで、ムカつくけど可愛らしいあなたは誰なん?」


「あっ!凛桜って言います!奏が遅刻したのは私のせいでもあるので一緒に謝りに来ました…。」


軽く凛桜の自己紹介をした所で、ダンスを終えた奏はカウンターの中に入り、凛桜はカウンター席に座った。そして奏が今までの経緯をマリアに説明した。

出会いのきっかけから大阪に来た流れはそのまま説明したが、神代村の事や神宿の手の事は全部伏せて話した。


「へー、そうなんや。あんたも大変やったんやね。さっきはシバいたろかなって思ったけど勘弁しとったろ。なんか飲む?」


「あ…いえ。お金…持ってないので…。」


「なんやの〜、家出してお金ないんやったら働かなあかんなぁ。」


2人の会話に奏が割って入る。


「違うんっすよマリアさん。色々家の事情やなんだかんだで履歴書とか書き辛いと思うんっすよ。働いた事もないですし。」


「そら家出したばっかで奏の家に転がり込んだとこやったら難しいか。話聞いてたけど凛桜ちゃんの家ややこしそうやしなぁ。」


マリアはそう言い、話しながら作っていたミックスジュースとサンドウィッチを凛桜の前に置く。


「あ!あのマリアさん、私本当にお金持ってないんで!」


「ええからええから、この時間お腹も減ってるやろ。奏の給料から引いとくし気にせんと食べや。」


思いがけないマリアの優しさに凛桜は嬉しくてウルウル涙を溜める。給料からの天引きと聞いた奏も違う意味でウルウル涙を溜める。

そして『ありがとうございます、いただきます!』と感謝しながら出されたものを食べ始めた。


「でも仕事は見つけなご飯食べていかれへんもんねぇ〜、よし!あたしの知り合いのカフェ紹介してあげるわ!そこで働き!」


マリアはそう言うとメモにその店の住所と電話番号を書く。

それを凛桜に渡しながら、


「マリアの紹介って言うたら通じるように話通しとくわな!明日の昼頃にでも電話してみ!」


「何から何まで本当にありがとうございます!怖いおじさんだと思ったけど感謝しています!」


「おじ……。」


「マリアさん!凛桜は天然で毒吐く癖があるんです!よく教育しとくんで勘弁してあげて下さい!」


こうしてマリアのおかげで凛桜は新しい地で大きな一歩を踏み出そうとしていた。

この和やかな雰囲気は、2人がまだ追われている立場にある事を忘れさせてしまうかのようだった。



奏達がマリアの店で騒いでいる頃、ある人物がミナミに舞い降りた。


「ふー、遠かったけど雪ちゃん都会に降臨〜♪」


雪が何故ミナミに凛桜達がいる事を嗅ぎつけたのか今はまだ謎だが、2人がこの街にいる事を確信しているのは確かだった。

人気のない裏路地を雪が歩いていると二人組の男が声を掛けてきた。


「うぉー!ゴスロリとかどストライクなんやけど!どっか飲みに行こうや!」


雪はその声に反応して足を止め、笑顔で振り返る。


「え〜、それ雪に言ってくれてるの?」


口元に人差し指を置き、ぶりっ子風に首を傾げながら男達に問いかけた。

手応えを感じた男は言葉を畳み掛ける。


「そうそう!めちゃめちゃ可愛いやん!飲みとかすっ飛ばしてホテルでもええで!」


男がそう言うと同時に雪は2人との距離を一瞬で詰める。

そしてなんの躊躇もなくナイフで2人の太ももを刺した。

『ギャーーー』と叫ぶ男達に雪は顔を近づける。そしてニヤリと不気味に笑いながら、


「雪ちゃんに気軽に話しかけてんじゃねーよクソガキ…。調子に乗ってると次は殺しちゃうぞ♪」


そう言うと雪は血のついた手を男のシャツで拭くとまた歩き出す。


「楽しみだな〜、お嬢は殺せないからあの女は絶対に殺そ♪」


可愛らしい満面の笑顔で物騒な事を呟きながら雪は着実に凛桜達の元へと近付いていく。

獣のように赤く目を光らせながら…。


やっと手に入れた凛桜の自由と幸せは束の間で終わってしまうのか。

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