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第63話 自由を謳歌するために。

マリアが運転する車中にて、誰も説明のつかない異変が起きる。

それは雪の一言からみんな気付いていく事となる。


「あれ?なんで雪ってこんなにケガしてるんだっけ…?」


「何言ってんのよあんた。それはさっきまで鬼山と戦ってたからでしょ?」


とぼけた事を言う雪にマリアが当たり前の答えを話す。


「でも…雪が鬼山とやる理由って…お兄ちゃんの仇…。なんでお兄ちゃんは鬼山にやられたんだっけ…。それよりも、雪がママと会えたのはなんでだっけ…。」


「それは雪ちゃんが私のお店に来たからでしょ?」


「雪がママのお店に何の用があって行ったの?」


「えっと…それは…誰か他の人が目的で…。」


3人は辻褄の合わない今の現状に頭を悩ませる。何かとても大事なものが頭から抜け落ちたような感覚に戸惑いを隠せないでいた。


「さっきまで大変な目に合ってたからみんな頭がこんがらがってるのよ!とりあえずはあんたを病院に送らないといけないでしょ!

ほら!奏がステージに立ってるわよ!」


マリアがなんとかこの場を無理矢理収めようと、車内のテレビに映る奏に話題を変える。

しかし、ステージに立つ奏はボーっとしていて演奏を始める気配が一切無かった。



(あれ…なんだろ。さっきまで最高のコンディションで歌えるって思ってたのに…。心の中の大切な何かが消えた気がする…。)


今まさにギターをかき鳴らして歌い出そうとしていた手が止まる。

そんな奏の様子をステージの袖から見ていたカナが異変に気付き、ボーっと立ち尽くしている奏に声を上げる。


「奏っち!始まってるよ!!」


カナの声で我に返った奏は慌てて気を取り直して前を向く。

そんな奏を見て、アンを含めた審査員達も顔を曇らせていた。


(早く歌わないと!みんなのおかげでせっかくここまで来れたのに!この日のために最高の曲も作った。………あれ?この曲ってなんで作ったんだっけ…。『桜花は空を舞うため一度散る』。たしか、家の近くの公園の桜の木を見て…。隣に誰かいたような…。その人のために…。)


奏がその事を思い出そうとするとズキリと頭の奥に痛みが走る。


(ヴァルキリアフェスに出るのがあたしの夢だった。でもそれだけじゃなくなったはず。誰かにこの姿を見せたかった。お父さん?お母さん?マリアさん?間違ってないけど違う!桜…桜…、なんで思い出せないの!絶対に忘れちゃダメなはず!)


とうとう頭を抱えだした奏、その様子がおかしいと思ったアンが他の審査員と相談して一旦中止にしようと思った時だった。

ふと何気なく奏が前を見ると、偶然か運命か、凛桜が奏に背を向けて歩いていく姿が目に飛び込んできた。


(あの人…、どこかでこんな光景を見た気がする。そうだ!夢だ!白い光に溶け込むように消えていく人!どこで夢を見たかも思い出せないけど…夢と同じように絶対に行かせちゃダメなんだ!

思い出せあたし!あたしにとって人生が変わるほどの出会いだったはず!この曲もその人のために作った!

その人は桜の木のように…凛とした…。)


この時、奏の中で全ての思い出が駆け巡るように頭に溢れかえる。

いつの間にか自分にとって1番大切な人になっていた、自分を強く成長させてくれた、次は自分がその人を必ず救うと決めた人。

神の力によって消された記憶は、想いのカケラが集まり蘇る。

そして、その人の事を思い出した奏が名前を叫ぶ。


「凛桜!!!!!!」


突然奏が放った一言に、会場は訳が分かるはずもなく、シーンと静まり返る。

そんな静寂の中、名前を呼ばれた凛桜は歩を止めて大粒の涙を流しながらゆっくりと振り返る。


「なん…で…。なんで…覚えてるの…?私は…みんなから消えたはずなのに…。」


「ごめん。一瞬忘れてしまってた。どうせ力が関係してるでしょ?

でもね、忘れるわけないじゃん!遠くに行かせるわけないじゃん!あたしの夢が叶う所を見てくれるんでしょ!?じゃあずっと傍で応援しててよ!

これからもずっとずっと一緒に自由を謳歌しようね。」


「うん…。ずっと一緒に…。」


凛桜は奏だけは自分の事を忘れないでいてくれると頭の片隅で思っていたのかもしれない。

それは儚花ノ神が最後に言おうとしていた『築いてきたものが本物ならもしかしたら…』、『自分を信じている人達を信じてあげて』。その言葉の意味がやっと今理解できたようだった。


奏が自分の事を思い出してくれて、凛桜は嬉しさと安堵から涙が止まらなかった。

そしてステージに立つ奏は、ライブを中断してしまった事を観客や審査員に謝る。


「なんかちょっとグダっとなってすいませんでした!」


「何があったか知らないけれど、やれそう?この雰囲気を吹き飛ばすぐらいのライブを?」


マイクを通したアンの質問に奏は満面の笑みで答える。


「もちろんっ!!」


そう言うと同時に奏がギターをかき鳴らすと、激しくも切なさの入り混じったようなロックバラードが会場を包みこんだ。

そして歌が始まると、奏から出る心も身体も震わせるような歌声が会場のボルテージをどんどんと上げていく。

奏の歌うこの曲が神宿の手の力を打ち破り、凛桜の事を忘れてしまっていた人達の記憶も呼び覚まさせることとなる。


その一部始終をテレビで見て、曲を聞いたマリア達の記憶も元に戻っていた。


「なんでお嬢の事を忘れてたんだろ…。」


「全部思い出した。雪ちゃんとの出会いも全部。」


「まさに奏のおかげね。このままだと凛桜の事をずっと忘れたまま過ごしていたかもしれない。」


3人は車を止めて、しばし奏の歌声に酔いしれた。


そして同じ様に奏の声に聞き惚れる人物が会場にいた。それは奏の父である武雄であった。

武雄は女性の映った写真を胸の前に掲げながら奏の歌を聴いている。


「優子…見てるか?私達の娘が…今夢を叶えようとしている。この歌声は…きっと天国まで届いているよな…。」


そんな武雄の質問に応えるかのように、写真の中の優子は優しく微笑んでいるのであった。


こうしてたくさんの人の心を打つ奏の曲は、ヴァルキリアの名に相応しく、今回の事件に関わって死んだ者達へのレクイエムの役割も果たしているかのようだった。


そして、奏が曲を歌いきった時、今日1番の大歓声が上がる。

そんな最大の盛り上がりの中、奏はステージの袖に行かず、そのままステージを降りて凛桜の所へと走っていく。

凛桜の前まで行くと、奏は泣きじゃくっている凛桜を強く強く抱きしめる。


「やりきったよ…凛桜!ちゃんと見ててくれた?」


「うん…!見てた!奏を…信じてた…!」


そんな2人をカメラが追いかけてバックスクリーンにその姿が大きく映し出されると、また会場中から歓声が沸き上がるのであった。


その後、トリである瑠璃が『アメイジング・グレイス』のロックカバーを歌い、その類稀なる歌声に会場が度肝を抜かれ、最後はアンによる驚きの結果発表がされてヴァルキリアフェスオーディションは大盛況の中幕を閉じた。


そして1ヶ月後。

ヴァルキリアフェスの会場にて、アイスを食べながらステージを眺める奏と凛桜の姿があった。

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