第62話 一度散る…
凛桜達を乗せたバンがヴァルキリアフェスの入口に到着する。
「じゃああたし達はこのまま雪を病院に連れて行くから!ちゃんとテレビで見てるから頑張るんだよ!奏!」
運転席から降りてマリアがそう言いながら奏をギュッと抱きしめる。そして、車の窓が開いてそこからアマネが顔を出して『頑張ってね!』と声を掛けてくれた。その奥では雪がこちらを見ながら軽く手を降っている。
「うん!じゃあいってきます!」
奏はみんなに大きく手を振り別れを告げると凛桜を連れて急いで控室に向かった。その時、マリアとアマネは何故か深い悲しみに覆われたような凛桜の表情を見て不思議に思う。
それはまるで桜の花が散る寂しさに似た気持ちを2人に思い出させた。
そして奏と凛桜が控室へと向かうその途中で、何やらスーツの男性とライブスタッフが揉めている様子が目に入る。
奏は遠目からでもその男性が誰だか分かり、驚きながら大声で声を掛けた。
「お父さん!?」
奏の呼び掛けに反応した男性が振り向くと、やはりその人は奏の父親の武雄であった。
それが分かると奏は慌ててスタッフに駆け寄り、自分が出場者で武雄が父親である事を説明した。
そして『ご迷惑をお掛けしました。』と謝罪をスタッフにしてから改めて奏は武雄に話しかけた。
「お父さんがなんでこんなとこにいるの!?」
「いや…なんだ…大阪で仕事の会合があったんでな…。ついでに奏の顔でも見ようかと思ったんだ…。」
素直になれない武雄はしどろもどろになりながら奏に言い訳をする。
「そうだったんだ。ありがとう。良かったら最後まで見ていってね。ちょっと色々あって急いでるから行くね!」
奏がそう言い残して去ろうとした時、武雄は慌てて手のひらぐらいの大きさの茶色い袋を渡そうと奏を引き止める。
「奏!これを…ライブ前に渡そうと思ってたんだ。」
「え?差し入れ?」
奏は武雄から袋を渡されその中の物を取り出すと、そこから出てきたのは奏が予想もしていなかった物だった。
それは武雄と大きなわだかまりが出来た原因のアヴリルのアルバムであり、割れたケースなどが不器用なりにテープで補修されている。
「すまなかったな…。本当はもっと早くお前の事を認めて応援してやれば良かったんだが…。これで許してくれとは言わないが、これからは優子と一緒にお前の夢を応援するよ。」
父が初めて見せた優しさと、アルバムに母の面影を思い出し、奏の瞳から涙が溢れて止まらなくなる。
やがてその想いはこれから大きな壁に立ち向かう勇気へと変わって奏の力になった。
その時、母の声で『ちゃんと聴いてるからね!頑張れ!』と聞こえたような気がした。
「あたし…頑張って…夢…叶えてくるね!」
涙止まらぬまま満面の笑みでそう言う奏に、武雄は何も言わずに同じく笑顔で返して会場の方へと向かう。
「じゃあいってくる!行こ!凛桜!」
そう言って奏は凛桜の手を引こうとするが、凛桜はスッと手を引いてそれを避けた。
「私は客席側で奏の晴れ舞台を見るよ!やっぱり正面からドーン!と見たいしね!」
どこか作り笑顔のような表情でそう言う凛桜を奏は心配する。
「凛桜…やっぱなんかあった?あたしには何でも言って!」
「本当に何もないから!ほら!急がないと!」
凛桜は奏の背中を押して無理矢理行かせようとする。これ以上奏と一緒にいると決心が鈍ってしまいそうになるのを感じたからだ。
それでも凛桜の事を気にして中々行かない奏に、遠くからカナが呼びかけてきた。
「奏っち!!やっと戻ってきたんやな!急がなあかんで!今演奏してるのが終わったらもう後は瑠璃って子しか残ってないから!」
それを聞いた凛桜は押すのを止めて逆に奏と距離をとる。そして拳を前に突き出してこう言う。
「夢!叶えるとこ見せてね!ちゃんと見てるから!!」
「…分かった!後で絶対に会って感想聞かせてよ!」
まだ凛桜の事が気掛かりな奏であったが、同じ様に拳を前に突き出して凛桜の気持ちに応えた。
そして大きく手招きするカナの所へと走って向かう。
その夢に向かい走る奏の眩しい背中に向けて凛桜は小さく呟いた。
「今まで本当にありがとう。遠くから…ずっと応援するね…。」
そして、奏が走っていった方向とは逆に踵を返して歩き出した凛桜の顔にはもう迷いは無くなっていた。
カナと合流した奏は歩きながら今の状況を確認していた。
カナの説明によると、今演奏しているバンドがトリ前であり、後数分で終わるとのことだった。
「アンによるとステージに上がったら対応するようにスタッフに言うてるみたいやから遠慮せず割り込んでこいって言うてたわ。でもまさかトリ前に滑り込んでくるとはさすが奏っちやな!」
「なんか…ズルしてるみたいで本当にみなさんに申し訳ないです…。」
「何を言うてんの!そんなん関係ないぐらいどのバンドも盛り上げまくってたで!もちろんうちらがブッチ切って1番やけどな!」
『ガハハハ!!』と胸を張りながら笑うカナを見てると奏も気が楽になってきた。
そして控室でチューニングの終わった自分のギターを奏が取ると同時に、『わーーー!!』という客席の歓声が聞こえ、前のバンドの出番が終わった事を知らせる。
「よっしゃ!ほんなら行ってき!舞台袖から応援してるで!」
「はい!ここまで辿り着けたのはカナさんが相談に乗ってくれたからです。本当にありがとうございました!ではブチ上げてきます!!」
奏はそう言ってギターを肩にかけ直してステージへと走り出す。
すると、ステージに上がる階段の前で瑠璃が腕を組んで待ち構えていた。
「間に合ったんだ。詳しい事は知らないけど、全力出せないようだったら許さないからね。」
「またそんなにプンプンしてー。友達が今から歌いに行くんだから頑張れの一言ぐらい言えば良いでしょーに。」
「えっ!?え…え…。と…友達って…えっ!?」
奏の友達発言に嬉しそうに慌てふためく瑠璃の横を、奏は颯爽と駆け登っていく。
そして舞台袖で出番が終わったばかりのバンドとすれ違うと、奏はそこに居たスタッフに声を掛ける。
「あの!KANADEって言います!」
「あぁ!アンさんから聞いてるよ!次の出番で良いの?」
「はい!お願いします!!」
そのままそこに居たスタッフに謝罪とお礼を伝え終わると、奏は舞台袖の端で足を止めて舞台上を見る。
耳を澄ませなくても聞こえてくる観客の大歓声、カナの言う通りオーディションライブは大成功なのだろう。
そしてここまでの道のりを思い出し、拳にギュッと力を込める。不思議と緊張はしておらず、ただただワクワクとした気持ちが止められなくなっている。
するとステージの巨大なバックスクリーンに『next KANADE!!』という文字が派手に映し出される。
スタッフから『じゃあ行って!』という指示を受け、奏はゆっくりと一歩一歩ステージの中央へと進んでいく。
そしてステージの中央に置かれたマイクの前に立つとバッ!!と色とりどりの照明が一斉に奏を照らし出す。
それと同時に観客席も大いに盛り上がり、会場の空気が震えているようだった。
凛桜はそんな奏の事を、観客が密集する所からは少し離れた場所で見ていた。
大きなステージで最高潮の歓声を浴びる奏の姿を見て、凛桜は安心したように笑う。
(思えば奏と出会って本当に色んな事があったなぁ…。マリアさんやアマネさんとも出会えて、その人の周りの人達とも出会えて…。バイトもしたり、お酒も飲んだり!奏のおかげで私も変われたんだ…。
短い時間だったけど、本当に濃厚な時間だったんだな。そしてとうとう私に言った通り、夢を叶える場所まで連れてきてくれた。
奏は本当に凄いよ。私の自慢の友達…。この先もずっと…おばあちゃんになっても…奏と…みんなと過ごしたかったな…。それはきっととっても楽しくて幸せなんだろうな。)
奏を見ていると凛桜の中から色々な感情が溢れ出てきて決心が鈍りそうになる。
(これ以上はダメだ…。早くしないと…。)
凛桜は目を瞑ると、祈るような形で自分の手を胸の前で結ぶ。
(奏が私の事を忘れても、私はずっと奏を応援してるからね…。)
結んだ手が桜色の光を纏い出す。
(もう迷わない!だから私は一族の夢を叶える!神宿の手の力から解放されて自由に生きるという夢を!!)
凛桜がそう想うと、一層強く手は桜色に光輝き出した。
その光に凛桜は飲み込まれながら最後に一言心の中で呟く。
(バイバイ…奏…。)
そして光が消えた瞬間。
この世界から凛桜の記憶を持つ人はいなくなった…。
桜の花が散るように…。




