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第6話 夢見た世界

「凛桜!行くよ!!」


天からの助けとも言えるような偶然落ちた雷によって出来た隙を見逃さずに奏は凛桜の手を引っ張って、先程の傷のついた木の横から森の中へと入っていく。

それを見ていた黒子衆も追いかけようと駆け出すが謙信がそれを止めた。


「待て!上の屋敷にも雷が落ちたみたいだな…。」


そう言われて上の方を見てみると白黒の煙がモクモクと上がっている。

屋敷のある山の周囲に人は居ないため、煙が狼煙のような目印になって場所が誰かにバレる心配はないが万が一の事がある。そう思った謙信は黒子衆を屋敷の消火に向かわせた。

そして謙信がチラリと横を見るとそんな出来事に一切関心を持たず、冷静に佇んでいる百合の姿があった。

奏が叫んだ想いを百合なりに考えているのか、神代家意外に全く興味を持たない百合の心を動かしたというのか。

謙信が百合の心の内を考えていると、百合はスッと森に背を向け階段の方へと歩いていく。


「私は帰ります。後は任せましたよ。もしも…あの子達が願いの力で逃げ果せたとしても、追いかけて凛桜だけは連れ帰りなさい。」


そう言い残し、百合は屋敷の方へ向かっていった。

その後ろ姿は、悲しさと寂しさが入り交じったもののせいで酷く肩が落ちているように見えた。


謙信は気を取り直して雪に命令を下す。


「雪、我々は百合様の警護と屋敷の消火と修復をしなければならない。凛桜様はお前に任せたぞ。」


「あはっ!余裕でしょ!」


謙信がまだ伝えたい事があったにも関わらず、雪は待ち切れないとばかりに森の中へと消えていった。


その時、凛桜を先頭に奏は森の中をひたすら歩いていた。

深い森の木が雨を防いでいるのか、もう雨が止んだのか、先程よりも視界は拓けて進みやすくなっている。


「凛桜…ごめんね…。せっかく綺麗な着物がドロドロになっちゃってるね…。」


「そんな事はいいの!今はできるだけ前に進まなくちゃ。奏だけでも逃げれるように!」


「ダメだって!凛桜も一緒じゃなきゃ!そう願ったもん!」


「どんな願い事をしたの?」


「あー…、今は秘密にしとく…。」


何故か恥ずかしそうに頭を掻く奏を凛桜は不思議そうに見た。

そして木の傷を探しながら2人は着実に前に進んでいた。

奏は凛桜を救うため、凛桜は奏を救うため、そんなお互いを想う気持ちが2人を強くしている。

そして足元も悪く、追手が来るかもしれないという恐怖と戦いながら数時間。

2人の眼前にアスファルトの道路の姿が飛び込んでくる。

なんの変哲もないただの古びた道路が2人にとっては天国への道のように見えた。

距離にすればあと200〜300mであった。


「見て!道路だ!!」


「うおぉ〜!頑張りました〜!凛桜!やったじゃん!外に出れるよ!!」


喜び合う2人の和やかな空気。

それを無慈悲に切り裂く声が2人を襲う。


「いやいや…、無理っしょ…。なぜなら雪ちゃんが登場なので……。」


声の方を振り向くと雪がナイフを携え、フー…フー…と猟犬のような目で2人に狙いを定めてきている。


「やば!!走るよ!!もうゴールは目の前なんだから!!」


奏のその一言がスタートの合図のようになり、2人は最後の望みのアスファルトの道路を目指す。

それを見た雪はユラリ…ユラリと横に少し揺れてから2人を追いかける。

誰がどう見ても明らかに雪の方が早い、それでも奏達は諦めずに走る。

もう後ろを振り向いて雪の方を確認する余裕なんてなかった。ただひたすらに前に向かって走り続ける。


「もう!!なんなの!!あいつ!!しつこい!!」


「しつこいとか言うなよクソ女!!こっちだってお前が大人しく殺されていればお気に入りの洋服を汚さないで済んだんだよ!!」


雪の気の狂ったような声がどんどん近付いてくる。

前方の森の木々の陰から光が射し込んでいる、しかし雪のナイフの方が一足早く奏の首元に突き刺さりそうになった。

その時凛桜が振り返り、雪の顔面を思いっきり殴る。凛桜のパンチなどどれだけ体勢が崩れていても避けれるはずなのに雪は綺麗に拳をもらってしまう。

『へぶっ!』という情けない声を出しながら雪は後ろへと転んでいく。


「もう!!本当にしつこいです!!!雪さん!!!」


初めて人を殴り、痛めた拳と手首を気にしながら凛桜は雪に吐き捨てる。

雪の鼻からツツーとゆっくり鼻血が出てくるが、雪はそれを無造作に拭き取り、


「やるじゃんお嬢!!」


と叫びながらまた追いかけてこようとする。

が、もうすでに遅かった。

凛桜と奏はひたすらに命をなげうって目指した道路の上に立っていた。

そして道路の向こうから1台の軽トラックが向かってくる。

それに向かって奏は『おーーい!』と道路の真ん中に立ち、車を止める。

車の窓から気の優しそうなおじいさんが顔を出す。


「なんじゃ?若い女の子達がこんなとこで珍しいのー。」


「おじいちゃん!車に乗せて!近くに駅があるならそこに送っていってほしい!」


奏の必死な形相と訴えにおじいさんは何かを察したようだった。


「送るのはええが1人しか乗れんからのー。」


「荷台で良いから!」


そう言うとおじいさんの最終的な許可も貰う前に奏は凛桜の手を引っ張り荷台に飛び乗る。

それを見たおじいさんは渋々車を発進させる。

少しずつその場を離れていく、すると2人が飛び出した後から雪がゆっくりと出てきてこちらを睨んでいるようだった。


「嘘でしょ…まさか走って追いかけてこないよね…。」


「さすがの雪さんもそれはないと思う…。」


2人が荷台の上で隣り合い、キャビンに背をもたれつつその光景を見ている。

まるで『悪魔のいけにえ』のラストのレザーフェイスと主人公のような構図になっていた。


2人はなんとかギリギリになりながらも神代の土地から逃げる事に成功したのである。

荷台の上でお互いのドロドロになった服を見て、抱きしめ合い、喜びを分かち合った。


逃げていく軽トラックの背を見ながら雪は携帯を取り出して謙信に連絡をする。3コール目で謙信が電話に出た。


「ごめん、お兄ちゃん。あいつら逃がした。追いかけて良いよね?」


「そうか、願いの力があったとはいえお前から逃げ切るか…。先に追いかけてくれ。俺もこちらが落ち着けばすぐに向かう。そういう百合様の命令だ。だが凛桜様だけは絶対に殺すなよ。」


雪は『…分かったよ。』と納得をしきっていない返事をして電話を切る。

しぱらく何かを考えているように立ち尽くしていたが、口角をニヤリと上げてゆっくり奏達が去っていった方向へ歩いていく。



雪から逃げ切り、車で走ること1時間。

奏達はおじいさんの軽トラックから降りる所であった。最寄りの駅に着いたのである。


「おじいちゃん!ありがとうね!本当に助かったよ!」


「ありがとうございました。」


2人はおじいさんにお礼を言い、駅の中へ進んでいく。無人駅のようだった。

切符売り場の上にある路線表を見ながら奏は大阪への行き方を調べる。

持ってきた荷物などは全部凛桜の部屋に置いてきてしまっているが、スマートフォンと小銭入れだけはズボンのポケットの中に入っていた。

あれだけ動き回って落としていなかったのは奇跡としか言いようがなかった。


「これなら夜までには大阪に着けるかも!そしたら一旦あたしの家においでよ!着物は目立つだろうしね。」


「う…うん。」


凛桜の自信なさげな態度に奏は、


「大丈夫!あたしがついてるし、大阪に行けば仲間もいるから!むしろせっかく望んだ外の世界なんだから楽しみなよ!」


「分かってる…、けど奏にどんな願いの代償が…。」


「あー…それね…。たぶん大した事ないと予想してるんだけども…。」


「えっ!?そうなの!?」


「うん!まぁとりあえず大阪に向かおう!!話はそれから!」


こうして2人は電車に乗り、京都から大阪へと長い時間をかけて向かうのだった。

電車の窓から流れる凛桜が待ち望んでいた外の世界の景色。本当なら目を輝かせて見ている所だが、その長い道中、疲れ切っていてのか2人はほとんど寝て過ごしてしまった。

そして乗り換えなどを繰り返し数時間。やっと大阪はミナミの街に到着したのだった。


「うおぉぉぉ!!!帰ってきたぞ大阪!!!」


「ちょ…ちょっと奏!恥ずかしいって…。」


やっと落ち着いた気持ちで凛桜は辺りを見渡す。

摩天楼のように所狭しと立ち並ぶビル、見たこともないような歩く人の数。まるで宝石箱の中の世界に迷い込んだようにキラキラと輝く。

住んでいた静かな山の中とは真逆のこの世界に凛桜は心奪われていた。

そんな凛桜を横目に奏は一件の牛丼屋を見つけた。


「あっ!あったあった!凛桜、牛丼食べよ!」


「え?牛丼?」


『いいからいいから』と奏は凛桜の手を引っ張って店の中へと入る。

スマホ決済でピピっと注文を済ませてカウンターの席へと座る。

『早い、安い、うまい』がモットーのお店なのですぐに2人の前に牛丼が並ぶ。

慌ただしく行動する奏に凛桜は、


「たしかにお腹は減っていたけど…。先に家に帰った方が良かったんじゃ?」


「違うんだ…、これがあたしの願いだったんだよ。」


「これが願い!?」


「うん…本当は『逃げ出したい』だけじゃ逃げ切れないと思ってさ、それにそれだと代償のせいで逃げた事自体が無駄になりそうな気がしたから。『凛桜とミナミの街を歩きたい』とかそういう事を考えていたんだけど…、あの瞬間どうしてもお腹が減っててさ『凛桜と2人で牛丼食べたいなぁ…』ってあの時思わず考えちゃって…。そしたらピカーってなるから焦ったよ。」


それを聞いた凛桜はポカーンと口を開けて奏を見つめる。奏も少し困った顔で見つめ返す。

しかし段々おかしくなってきてお互い大きな声で笑っていた。そんな凛桜達を店員が怪訝な目で見ている。


「本当に奏っておもしろいね!でも代償が一体どうなるのかが…。」


「それがね、今1口だけ牛丼食べてみたんだけどさ…あれだけ好きだったのに全然美味しくない!」


美味しくないという言葉を聞いて店員がキッと睨んでくる。

焦った奏はサッと顔を隠すように小さな声で凛桜に話を続ける。


「たぶん、『凛桜と牛丼を食べたい』という願いの代償は『あたしの愛する牛丼の味』だったんだと思う。だって現に今さ、凛桜と牛丼食べれて嬉しいはずなのにすっごい複雑な気分なんだもん…。」


「そんなしょーもない願いで神代村から逃げ出す事が出来ただなんて…。代償もそれだけで済んだ…。『逃げ出したい』って願いならもっと大変な代償だったはず…。凄いよ!!奏はやっぱり天才だよ!!」


「なんかあんま褒められてる気がしないんだけど…。」


天然で辛辣な言葉を話す凛桜に戸惑いながらも、奏は2人で過ごす時間を満喫した。そして、そのまま牛丼を食べ終えて2人は奏の家へと向かう。


2人にとって人生で最高の出会いと最低の逃走劇を繰り広げた長い長い1日が今終わろうとしている。

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