第59話 癒えない心の傷
倉庫1階の乱戦の場にて。
「クソが…二人がかりやなかったら…俺が勝ってた…はずや…のに…。」
金村はそう言い残すと糸が切れた人形のように前のめりに倒れて気を失った。
その金村の前にはマリアとアマネの2人が息を切らせながら立っている。
「やっと…このハゲ倒れよったわ…。」
「則夫ちゃん大丈夫?ボロボロやけど…。」
「ほぼ無傷のあんたがおかしいのよ!」
金村を倒した事によって、鬼山も居ないアップグルント側は一気に総崩れの流れとなってきた。
その時遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえてくる。
「なんや!別のポリが来よったんか!?」
「このままじゃ私達も逮捕の流れになりそうね…。」
マリアとアマネがサイレンの音を聞いてどう動くか考えていると2人の所に四宮と1人の刑事がやって来た。
そして刑事がこのサイレンについて説明を始める。
「自分は葛西さんの部下の高野と言います。今呼んだ応援部隊は葛西さんが前もって準備していたものなんです。応援も人数は少ないので今のように勝つ流れになった時に呼べと指示されていました。今から来る応援も事情は知っています。なので我々以外の方々は裏からお逃げ下さい。」
「それは…良いけど…凛桜が…。」
マリアは奏が屋上に居ることを知らなかったので、自分が連絡を取って奏を呼ばず、凛桜を危険に晒している事を心の底から後悔していた。
その奏の事を知らせに来た四宮が、マリアに奏達についての経緯を話す。
「…という訳で、今は奏さんは凛桜様と雪を助けに屋上に行っている。逆にあなた達が諦めずに奮闘してくれたおかげで今のこの状況があるんだ。
そして何か上であった場合は雪から私に連絡がくるようになってるがまだない。たぶん上は大丈夫だろう。」
「そしたら大丈夫なんや…。ほんまに良かった…。終わったら凛桜に全力で謝るわ…。
でもそれなら今すぐあたしとアマネも上に行って助けにならないと!」
「いや、今はこいつらがここから散り散りに逃げるのを防がないといけない。だから裏口にギリギリまで残ってこいつらが逃げないようにしないとダメだ。」
「それをしてくれるのなら我々警察も助かります。正面だけなら少ない人数で抑えて、近くの警察署からもう1回応援を呼ぶ時間もできます。そうすれば全員逮捕も完了するでしょう!」
「分かった!じゃあ惡童の連中をあたし達が連れて裏口を見張るわ!」
そうやってマリア達が作戦会議をしているとアップグルントのメンバーは危機を察知して続々と車に乗り込む。
そしてエンジンをかけて走り出した途端、全ての車がまともに走行できずにその辺の壁にぶつかったり、車同士が衝突したりと逃げ出すことができないようだった。
その光景をマリア達が不思議に見ていると、奥から棒崎がやって来る。
「あっ!棒崎!生きていたのか!?」
高野が驚いた様子でそう聞くと、棒崎はポケットからアイスピックのような鋭い刃物と金槌を取り出してニヤリと笑う。
「どさくさに…紛れて…あいつらの車を…全部パンクさせたんや…。全員パクられて…しもたらええんや…。」
「すまないが…お前も逮捕だぞ。」
今言わなくて良い事を言う高野に対してマリア達はドン引きする。
言われた棒崎も何とも言えない複雑な表情で黙ってしまった。
このどうしようもない空気を変えるためにアマネがみんなに指示を出す。
「よし!じゃあさっき話した内容で行動しよ!」
「了解!!」
こうして、どっちに勝敗が転ぶか最後まで分からなかった1階の乱戦は、葛西の死というアクシデントを乗り越えて、凛桜側が辛くも勝利を手にしたのだった。
そしてマリアとアマネは、鬼山を凛桜達がなんとかしてくれる事を信じ、惡童のメンバーを集めるとバイクで裏口へと急ぐのだった。
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下から聞こえる音や声が騒がしさを増してきた頃、鬼山は凛桜から突きつけられた『矛盾』について頭の中で考える。
すると、今まで誰かの夢を喰うために必死になっていた事は、夢を追いかけていたのと同じ意味になるという結論が鬼山の中で出ようとしていた。
それでは先程感じた『とてつもなく美味いモノが喰える予感』というのは…。
「そうか…さっきの感覚は…なるほどな…。そら今まで感じた事無かったわけや…。自分が終わる瞬間じゃなければ分からん事やった…。俺が俺自身を喰うんやもんな…。
ククク…、矛盾に気付けば喰われる側に回るか…正にお前が言ってた通りやったな。」
全てを悟った顔で鬼山は凛桜達から離れて屋上の端へと歩いていき、外に背を向けて屋上のふちに立つと、両手を肩まで上げて十字のような体勢を取る。
それを凛桜達はどうともしようとせずに静かに見守っていた。
そして鬼山は凛桜に感謝の言葉を並べ始めた。
「ありがとうな!まさか俺自身が一番夢見てるとは思ってなかったわ!今思えばずっとそうやったんや!とてつもなく美味い『夢』を喰って終わりたいって夢を見てたんやな!
最後の晩餐が夢見てる自分自身なんて最高の展開やな!どんな顔で喰われていくのか見られへんのが心残りやが…!」
そこまで言って鬼山は声を落とすと、またいつものように悪意に満ちた笑顔でこう言った。
「ほなな、地獄で待ってるわ。その時に聞かせてくれや。俺がどんな顔してたかな。」
そして鬼山は自然とそのまま背中から地面へと向かって落ちていく。
(ククク…。最高に美味いやんけ…。夢見てて…良かったわ…。)
そうやって鬼山が自分を味わった瞬間、『ドシン!』という音と衝撃と共に鬼山の意識は途切れる。
静かに、そして何も言わず一部始終を見ていた凛桜達は、全てが終わると急いで鬼山の生死を確認するため外階段を降りて現場へと向かう。
そこには血でできた水溜りに、飛び降りたそのままの格好で寝っ転がる鬼山の姿があった。
それを見た凛桜と奏は直視することができずに思わず顔を背けてしまう。
しかし、雪だけは死んだ鬼山の顔を覗き込むとこう呟いた。
「チッ…最後の最後に普通に笑ってんじゃねーよ。」
こうして厄災とも言える怪物は、最後に『笑』って幕を閉じた。
幸せそうなその笑顔は、仇を取れたはずの凛桜と雪の心を晴れやかにはさせず、深い傷を負わせたままにするのに十分過ぎるものだった。