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第57話 ロックな女

大勢の人がいる控室ではマズいと思った奏は悲痛な面持ちの四宮を外へと連れ出した。


「一体どうしたんですか!?凛桜に何かあったんですか!?」


さっきは分からなかったが、四宮の身体をよく見ると所々傷を負っていることに奏は気付く。

嫌な予感が奏の心に広がっていく。そして四宮が急いだ様子で今の凛桜の状況を説明しだした。

完全に心が折られた状態で鬼山に連れ去られた事、それを雪が追いかけて時間を稼いでいるであろう事、その状況を打破するには奏が必要である事など、それらを早口ながらも分かりやすく四宮は奏に伝えた。


「雪は万が一を考えて私を奏さんの元へと走らせました。マリアさんから連絡はありましたか?」


「マリアさん?いえ…マリアさんからは連絡はきていません…。」


「やはりそうですか…。あの人なら奏さんの事を思って連絡しないかもしれないと雪も考えていたようで…。私が来て正解でしたね…。」


そして四宮は奏に頭を下げてもう一度お願いをする。


「奏さん!お願いします!どうか凛桜様を助けて下さい!あなたしか居ないんです!」


「あ…あたししか…。」


奏の中で色んな思いが交錯する。

大切な凛桜を助けに行くか、このまま自分の夢を叶えるためにオーディションに出るか。

自分の出演順を考えると凛桜を助けに行けば間に合わなくなるだろう。この時点で『凛桜』と『夢』を天秤にかけて迷っている自分が心底醜いと奏は思った。

しかし、『凛桜』と『夢』が段々と混ざり合った時、奏の考えの中で変化が起きる。


(違う…。あたしの『夢』はもうあの頃とは違うんだ。隣に凛桜がいて初めてあたしの『夢』は完成するんだ。何も迷う必要はない。何ができるか分からないけれど…あたしは凛桜を助けに行く!!)


今の奏の『夢』は、奏の夢が叶った時に目の前に笑顔の凛桜がいる。そうやっていつの間にか奏の『夢』には凛桜が絶対に必要となっている事に気付いた奏は、決心を固めた顔で四宮に答える。


「四宮さん!あたし行きます!」


「良いんですか!?」


「はい…あたしの夢には凛桜が居ないとダメなんです。それに凛桜が居ないとあたしは心から歌えない。

だから急ぎましょう!」


こうして奏は決断し、四宮と共に凛桜の元に行こうとした時、物陰に隠れていたカナが2人の行く手を阻むように現れた。


「奏っち…ごめんな。なんかヤバそうな顔してたから心配で見に来たら2人の会話を聞いてもうたわ…。」


「カナさん…。」


「ほんまにええの?ヴァルキリアフェスに出れるチャンスがもう目の前やったんやで。」


カナがそう聞くと、奏のリアクションはカナの予想とは違った。

奏はスッキリしたような表情で照れくさそうに笑って答えてきたのだ。


「良いんです。ヴァルキリアフェスに出るチャンスはまた必ず掴みます。

でも凛桜を助けられるのは今しかないんです。

それに、カナさんですよ!やれる事をやったら良いってアドバイスくれたのは!」


カナは奏の言葉に嘘や無理をしている節が無いと分かると、いつもの姉御肌のカナに戻って四宮に質問をする。


「よっしゃ!分かった!そこのお兄さん!後どれぐらい時間あんの?」


「わ、私ですか!?たぶん…20分ぐらいかと…。」


「じゃあダッシュでアンの所に行くで!ほら!ケンジ!ゴン!いつまで隠れてんの!?」


カナがそう言うと、隠れていた物陰の方からバツの悪そうな顔をしながらケンジとゴンが出てきた。

それでも奏はカナ達とアンの所へ行く理由が分からなかったのでその事をカナに確認する。


「カナさん!?アンの所へ行くって何でですか!?」


「ん?うちらと奏っちの出演順変えてもらうように言いに行くねん。それぐらいやってくれるやろ。よっしゃ行くで。」


「おい!カナ!」


平然とカナがとんでもない事を言い出したので奏よりケンジの方が先に反応した。


「順番変わるってほんまか!?」


「なに?嫌なん?可愛い妹分が困ってんねんで。男らしいとこ見せーや。」


「ケンジ…こうなったカナは止められへん。それに奏ちゃんを助けたいのは俺らも一緒やろ。」


「あ、当たり前や!奏ちゃん!アンの所行こ!」


急な展開についていけていなかった奏はポカーンとカナ達を見ていたが、ハッと正気に戻ってカナ達の提案を断ろうとする。


「ダ!ダメですよ!せっかく良い位置で挑めるんですから!あたしの事は気にしないで下さい!」


「うちらをナメてもらったら困るで!順番なんか関係なく勝つから安心しーや!それに、奏っちの本気を見てみたいしな。その子がおったらもっとスゴいんやろ?」


「え…いや…でも…。」


オドオドとして中々決断できない奏を、カナは手を引っ張って無理矢理アンの所へと連れて行こうとする。


「もう!ええから!行くで!素直に甘えーや!可愛くないな!」


こうして無理矢理ながらも奏はカナ達と共にアンの元へと訪れる事となった。

入口の前まで着くと四宮は『外で待っている。』と言って中には入らなかった。


そして奏達が中に入るとアン以外の人間はおらず、アンは入ってきた奏達に気付くとすぐに英語で話しかけてきた。

カナが『やば…英語分からん…。』と焦っている横で、さすがは現役京大生の奏はペラペラとアンに英語で事情の説明を始めた。

そして、奏から一通りの流れを聞くと、アンは今までにないくらいの真剣な表情で奏に聞き返してきた。


「ふーん。事情は分かったわ。理由は言えないけど友達を助けに行くからあなたとビースカッシュの順番を変えろって事ね。」


「はい。」


「ダメね。あなた達だけ特別なんて事はしないわ。今回は縁が無かったと諦めてもらうしかない。」


「そうですよね。分かりました。話を聞いていただきありがとうございます。」


断られたらすぐにでも凛桜を助けに行こうと決めていた奏は、あれこれジタバタせず、あっさりと頭を下げると踵を返して入口に向かおうとする。

英語の分からないカナでも今回の交渉が決裂してしまったと空気で分かった。

焦ってカナが適当な英語で間に入ろうとすると、アンは出ていこうとする奏の背にもう一つ質問を投げかける。


「辞退するって事で良いの?もうヴァルキリアフェスがオーディションなんて設けて開催する事なんてないわよ。」


「大丈夫です。実力でそちらから声が掛かるぐらいになってやるんで。」


顔だけ振り返りニヤリと笑いながら自信満々にそう答える奏に、アンは涙が出るほど高らかに笑い、そして指で涙を拭いながら予想外の言葉を返してきた。


「アハハハ!面白いわね!ヴァルキリアフェスを蹴るなんてアヴリル以来だわ!」


「えっ!?アヴリルが!?」


「そうよ、あなたと同じセリフを言ったわ。そしてその言葉通りこちらから声を掛ける程のアーティストになったのよ。」


奏は自分がアヴリルと同じと言われて、こんな状況の中でも舞い上がりたいぐらい嬉しい気持ちになった。


「あなたはその子が居ればリハーサル以上のパフォーマンスを見せてくれるの?」


「それはもちろんです。いつになるか分からないけど必ず…」


奏の言葉を遮りアンはあっさりとした口調で最終決定を下す。


「良いわ。順番の変更を認める。でもそれはビースカッシュとじゃなくて、トリが終わるまでに帰ってきたら出場させてあげる。」


「そんな破格の条件をみんなが許すわけないですよ!」


「今回の出場者はあたしが見る限りではそんな小さな事で文句なんか言わないわよ。

ただし!最高のパフォーマンスを見せてくれると約束するように!」


「分かりました!ありがとうございます!」


先程とは正反対のテンションで奏はアンにお礼を言った。

そして今決まった事をソワソワしているカナ達に報告する。


「ほんまに!?良かったやん!!さすがロックな女アンやで!分かってはるわ!ほんなら奏っち行っておいで!!

会場をアツアツにして待ってるからな!!」


「はい!いってきます!!」


奏はそのまま事務所を飛び出して四宮の所へ急いで結果を伝えに行く。


「それは良かった!それでは関係者入口の所にバイクを用意しているので急ぎましょう!」


そして奏達は四宮の言うバイクの元へと急ぐ。

しばらく走っていると奏の目に派手な装飾のバイクが見えてきた。


(あーあ、まだあんなバイクに乗ってる人いるんだ…。うわぁ……『惡』とか書いてる旗が付いてるよ…。キッツ……。)


奏が心の中でバイクの悪態をついていると四宮がその派手なバイクに跨りだした。


「さぁ!奏さん!乗って下さい!」


「嘘でしょ!?これ!?」


「これしかなかったんです!カッコいいし良いじゃないですか!」


「そ…そうですね…。」


死ぬほどダサいと思った事は心の奥底へと封じ込め、奏を乗せたバイクは急発進で凛桜達の所へと急ぐ。


(凛桜!待っててね!!)


本当に自分が何かできるのかは分からないが、ただ今は間に合う事だけを信じて奏は祈るのだった。

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