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第55話 世界に立ち向かう

時間は遡って凛桜が加賀と共にHell Holeで鬼山と対峙している頃、場所はヴァルキリアフェスFINALオーディション会場の関係者専用の入口。

そこに1台の白いバンが到着する。バンは警備員に誘導されて駐車スペースに停まるとそこからビースカッシュのメンバーと奏が降りてきた。


「カナさん!送っていただいて本当にありがとうございます!」


「ええよええよ!この前の悩みもなくなったみたいやし良かったわ!お互い思いっ切りライブ楽しもうな!」


そして奏は送ってもらったお礼にビースカッシュの機材の搬入を手伝い、一通り搬入が終わるとビースカッシュと一緒に出演者の控室へと向かう。


控室とは言うものの、それは白いテント倉庫のような巨大なものだった。

中に入ると個別で仕切られたりはしておらず、大きなワンフロアーになっていた。中の様子は先に着いていたバンドなどが適当に荷物を置いてその周辺で待機しているような状況だ。


「奏っちはうちらと一緒におったらええやん!」


カナがそう言うと、それぞれが壁際に並べられたイスやテーブルを持ってきて荷物を置き、リハーサルまで一息つく事にした。


奏が緊張からか落ち着かず、キョロキョロと辺りを見渡していると控室の入口から瑠璃が姿を現した。

瑠璃は奏に気が付くとすぐにこちらへやって来てキツめの宣戦布告をしてきた。


「奏!絶対に負けないから!私が絶対にヴァルキリアフェスへの切符を手に入れる!」


「ちょっ!ちょっと!声がでかいって!こういう場所でぐらい空気読みなよ!」


「アハハハ!この子おもろいなぁ!それはうちらビースカッシュにも勝つって事やろ?楽しみにしてるわ!」


カナの介入により瑠璃は我に返って周りを見ると、瑠璃の大声での勝利宣言にほとんどのバンドが睨むようにこちらを凝視してきている。

その恥ずかしさから瑠璃は『そ!そういう事だから!』と吐き捨てると、顔を真っ赤にして控室の奥へと消えていった。

瑠璃が場を去った後、とばっちりで恥ずかしい思いをした奏は頭を抱えた。


「ほんっとにあいつだけは毎度毎度…。」


「ええライバル持ったやんか!まぁ予選の大阪会場におった連中はうちらを含めてあの子の実力知ってるからな。あんな啖呵を切るだけのもんは持ってるよ。」


「じゃあカナさん達も負けるかもって事ですか?」


カナが瑠璃を認めていた事に驚いた奏は思わずそんな質問をしてしまう。

その質問にカナはニヤリと笑いながらこう答えた。


「あの子の歌の上手さは正直アマチュアなんて枠を飛び越えて世界的に見てもトップレベルやと思うで。でもな、うちらは乗り越えてきた生の現場の場数が違う。特に野外フェスなんていうお客さんを沸かせる力がモロにいる現場やとうちらは負ける気せーへんな!とか言うてみたりして!テヘペロ!」


「カナさん…テヘペロは古いしキツイっす…。」


奏はふざけるカナにツッコミを入れつつも、カナの言いたい事も理解していた。

フェスっていうのは歌が上手いだとか演奏が凄いだとかは大前提ではあるが、それ以外で重要とされるのは音楽で会場全体を魅了するカリスマ性と、見ている人達をどこまで限界を超えて盛り上げれるかのセンスが必要になってくる。


そういった面ではビースカッシュを含め、周りのバンドはメジャーデビューをしていないとはいえ百戦錬磨の人達である。

たぶん彼らは日本からヴァルキリアフェスの本番に出演する名前だけの有名どころよりもそういった実力は数段上だろう。


奏は今自分が居る場所がとんでもない化け物達の集まりだと改めて実感し、それと同時に全身に鳥肌が立つと思わず楽しくなってきて笑みが出てしまう。


そんな奏を見たカナはポツリと小さな声を漏らす。


「まぁ…こんな中で楽しそうに笑えるあんたが1番化け物なんやけどな…。」


「え?カナさん何か言いました?」


「なんもない!さて!リハに向けてビースカッシュはミーティングや!」


カナはケンジとゴンにそう声を掛けると楽曲やパフォーマンスの最終調整に入った。

奏も自分の演奏する姿をイメージして目を瞑り集中する。

そうやって各々が自由に時間を使っていると、いつの間にか出演者全てが揃ったらしく、フェスのスタッフの人達がメガホンを使って正面に注目するように促してきた。

奏達も言われるがままそちらに注目すると、白シャツにジーンズというラフな格好をした40代ぐらいの白人の女性がマイクを持って立っている。ユラユラ揺れる後ろで束ねた綺麗なブロンドの髪が美しかった。

そしてその女性が『Hello!』と英語で話し始めると、隣の通訳者の人が続けて日本語で話し出す。


「こんにちは、私はヴァルキリアフェスの主催者であり最高責任者の『アン・ライアン』といいます。

今日はオーディションの審査委員長も同時に務めさせていただきます。どうぞよろしく。」


アンは自己紹介を終えると間を置いてまた話し出した。

しかし、先程と違うのは隣の通訳者が気まずそうな顔をして話し出さないという所だ。

そんな通訳者を見てアンは『Hey!』と言って通訳者に早く訳すように催促をする。

機嫌を悪くしたような顔のアンに通訳者は一言だけ『Sorry…』と言うとまたアンの通訳を始める。


「正直私は日本でヴァルキリアフェスを開催する事に最後まで反対していました。」


その言葉を聞いた控室にいる出演者やスタッフはザワつき始める。その様子をみてアンはニコリと笑うと『because…』と続きを話し始める。


「なぜなら、現在の日本の音楽に私は全く魅力を感じないからです。当然良い音楽はたくさんありますが、ロックフェスという舞台では少々見合わないという印象です。

話は変わりますが、このヴァルキリアフェスは私の祖父がテキサスの片田舎の農場で開催したのが始まりでした。

切っ掛けは戦争で亡くなった友を弔うため、鎮魂させるためです。フェスの名前も北欧神話で戦死者をオーディンの元へと連れて行く『ヴァルキリー』という戦乙女から取っています。

そんな片田舎の小さなお祭りは段々と評判になり、有名なバンドやアーティストなども参加するようになって今のような巨大な野外フェスへと成長していったのです。

この話をしたのは日本に死者の魂までも震わせれるようなバンドやアーティストは居ますか?

私はまだ知りません。

日本で開催するのが決定するとたくさんのレコード会社や芸能事務所からフェスに参加したいと連絡がありました。

送られてきた音源やライブ映像を観ましたが私の心を打つものは本当に少なかったです。

だから日本からの参加アーティストは凄く少なくなってしまいました。

そこで私は今回のこの特別オーディションを思いつき開催したのです。

もしかしたら埋もれている才能があるかもしれない。そんな可能性に賭けて…。」


アンの話す内容は日本人の出演者やスタッフからしたら腹ただしいものだった。

だがアンの言いたい事も分かる。たしかに今の日本の音楽に世界レベルのロックフェスを沸かせられるようなものは数少ない。


そしてどんどんと会場の空気が重くなっていく中、アンは最後に闘争心を煽るようなセリフを出演者にぶつけてきた。


「だからこそあなた達に私の日本の音楽に対する評価を覆してもらいたい。

期待していますよ。まだ世間が知らない傑物の皆さん。」


アンは言い終わると軽くお辞儀をしてから手を振りつつ笑顔で控室を後にした。


奏はアンの話を聞いていると、『怒り』や『落胆』というよりは何かワクワクというか熱いというか、そんな感じたことのない感情が溢れてきた。


その言葉にできない感情が何かと奏が考えていると、隣に居たカナが『クククク』と静かに笑い始めた。

アンの話でおかしくなったのかと心配した奏が声を掛ける。


「ちょっ!カナさん大丈夫っすか!?」


「いやぁ…やられたなぁ…。」


「何がですか?」


「あんな煽られ方して怒ったりヘコんだりする奴がこの場所におるわけないやんか。たぶん全員同じ気持ちやと思うで。自分達の音楽で世界をギャフンといわせたろうってな!

ましてや最後に『傑物』て!テンション上がってまうやん!

オーディションの本番はめちゃめちゃ熱いものになるで!まんまとアンってのに士気を上げられてもうたな!」


カナの『士気』という言葉に奏はさっきの感情に答えが出た。

自分もカナの言う通り世界を相手に全力をぶつけてみたいのだ。それを想像すると心の奥から熱いものが込み上げてきて居ても立ってもいられなくなる。


(これが士気が上がるって事なのかぁ。なんかしっくりきたなぁ。)


そして激しい熱気がテント内に充満していく中、オーディション本番の出演順がスタッフから発表される。

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