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第53話 犠牲の上の小さな希望

凛桜の目に映るのは、時間の流れが遅くなったかのようにゆっくりと動く光景だった。

どんどんと視界が暗く沈んでいく中、聞こえる喧騒も小さくなっていく。


(なんで…こんな事になったんだろう…。私が居なければみんな血を流す事なんてなかったんじゃないかな…。あの男にもう負けないって強く誓ったはずだったのに今の私は…。そうだ…私さえ消えれば全部終わるんじゃ…。)


そんな呆然と立ち尽くす凛桜の目の前に、護衛の刑事達を軽々と蹴散らせてとうとう鬼山が辿り着いてしまった。

鬼山は絶望に飲み込まれて目の焦点も合っていない凛桜の顔を見ると嬉しそうにほくそ笑む。


「完全に心折れてもうてるやんけ。俺の事『怖くない』んじゃなかったか?ふん…まぁええわ。ここやとゆっくり楽しめそうになさそうやしな。聞きたい事もあるしこっち来い。」


鬼山は凛桜の手を掴んで倉庫の外へ向かって歩いていく。その行動に対して凛桜は全く抵抗する素振りも見せずに虚ろな顔のまま引っ張られていく。


それを三嶋は離れた位置から確認するが、急いで助けに向かおうが間に合わないし、自分が鬼山をどうこうできるとも思えなかった。


(くそっ!凛桜さんはなんで何も抵抗せずについて行ってるんだ!?護衛に付けていた刑事はやられているし!凛桜さんの様子もおかしい…まさか!?諦めてしまったのか!?)


ただでさえ劣勢のこの状況で凛桜まで鬼山にやられてしまっては計画は完全に破綻してしまう。

だが凛桜を助けに向かわせる味方は近くにおらず、自分でも状況を変えられる力もなく、三嶋は歯がゆい思いの中辿り着いた結論は極端な他力本願だった。


(もう誰でも良い!!誰か凛桜さんを助けてくれ!!)


そうやって三嶋が神頼みをした瞬間、1台のバイクがけたたましいエンジン音と共に乱戦の隙間を縫うように鬼山目掛けて走っていく。

そのバイクに乗っていたのは乱戦が始まると同時に姿を眩ませていた加賀の姿だった。


「鬼山ぁぁぁぁ!!その人離さんかい!!!」


加賀は鬼山に照準を合わせると一気にスピードを上げて突っ込んでいく。

さすがの常人離れした反射神経を持つ鬼山でさえも突然の加賀の特攻を避け切ることはできずにバイクの先端が鬼山の足を掠める。

だがスピードを出しすぎていた加賀はそのままバイクごと転倒して滑るように倉庫の奥の壁に激突してしまった。

鬼山はそんな加賀を横目に、バイクが掠めて痛んだ左足を押さえる。


「チッ…あの雑魚が…。今すぐ殺したいところやけど…この女を喰う方が先か…。」


鬼山はバイクの下敷きになってピクリとも動かない加賀は放置し、足を引きずりながら凛桜の手を引いて倉庫の外へと出ていった。

一部始終を見ていた三嶋は連れ去られていく凛桜を頭が真っ白になりながら見ていると誰かに肩をポンッと叩かれる。

驚いて振り向くとそこには血まみれの雪が足をガクつかせながら立っていた。そして傷のせいで喋ることもままならない中、雪は三嶋に頼み事をする。


「あんたに…頼みたい…事がある…。お嬢は…もう完全に心が折れて…自暴自棄になってるように見える…。ああなったお嬢をもう一度立ち上がらせれる人間は…1人しか…居ない…。だから今すぐマリアっておっさんに伝えて欲しい…。『奏』にすぐ連絡するようにと…。」


「そ…それは承ったが…!間に合うのか!?」


「あのクソ野郎が…バイクで鬼山の足に傷を負わせた…。だから今から雪が追いかけて…時間を稼ぐから…。」


「でも!君もボロボロで…」


「急いで行って!!!」


雪は心配する三嶋の言葉を遮り、尻を蹴飛ばして急いでマリアの所へと三嶋を向かわせた。

そして雪はその場でゆっくりと深呼吸をする。息をするだけで身体がバラバラになりそうなほどの激痛が全身を襲うが今の雪にはそんな事で歩みを止めることはできない。


(たぶん…30分ぐらい時間を稼げばいけるかな…。あいつが来てくれるならって話だけど…。確かライブ会場はここから近かったはず…。これから始まるのは人生で1番長い30分だろうな…。)


奏が来てくれる保証もないし、それで凛桜が立ち直るかも分からない。そんな賭けのような時間を思うと途方もないように雪は感じた。

だがこの状況で雪は笑う。


「キャハ…。」


そうして雪は血だらけの身体にムチを打ち、こんな絶体絶命の中でもあわよくば鬼山を討ち取る気で凛桜達の後を追い始める。

兄から託された想いに応えるため…。



その頃、雪から伝言を頼まれた三嶋は急いでマリアの元へと急ぐ、金村とやり合っていた付近に辿り着くと周りを見渡す。

すると、大の字に寝っ転がっているマリアの姿を見つけて慌ててその場に駆け寄った。


「マリアさん!!起きてくれ!!凛桜さんが鬼山に連れて行かれた!!それで!雪さんから伝言が!!」


マリアの頬を叩き、身体を大きく揺さぶってもマリアは一向に目を開かない。

三嶋がもうどうしたらいいか分からなくなりかけた時、後ろから女性の声で『ちょっとどいて下さい。』と声を掛けられる。三嶋が振り向くとそこには返り血で紅く染まったアマネが立っている。


「紅姫さん!!!」


「その名前はやめてって!!もう!いいからどいて!!」


アマネは三嶋の襟をつかんで無理矢理どかせると、マリアのお腹に片足をドスンと乗せて大声で檄を飛ばす。


「コラッ!則夫っ!!早よ起きんかい!!何をヘバってんねん!!どつき回すぞ!!」


アマネの豹変したかのような言い回しにドン引きする三嶋を差し置いて、アマネはガンガンマリアのお腹を踏みまくる。

すると、完全に気を失っていたマリアも堪らず飛び上がるように立ち上がった。


「ちょっと!起こし方ってものがあるでしょ!昔に戻り過ぎ!!」


「うるせぇよ則夫!!三嶋さんから話があるみたいやからさっさと聞け!!」


思わずオネエに戻ってしまったマリアにブチ切れながら話を進めるアマネだったが、それを見ていた三嶋はアマネにビビり散らかして話ができる状態では無くなっていた。


「ちょっと三嶋さん!雪ちゃんから伝言あるんじゃないの!?」


「あっ!はい!そうです!」


アマネに声を掛けられ我に返った三嶋はマリアに雪から言われたことをそのまま伝えた。

それを聞いたマリアは眉をひそめて重い表情をして悩みだす。


「マリアさん!?どうしたんですか!?奏さんを呼べば凛桜さんは元に戻るだろうって…!」


「分かってる!!奏が来れば…凛桜をもう一度立ち上がらせれるかもしれない…。でも!!今あの子は自分の夢を賭けた舞台に立とうとしている!!それを…邪魔なんかでけへん…!!」


マリアは心底悔しそうに拳を握りしめる。

そのセリフを聞いたアマネも痛いほど気持ちが分かってしまい何も言うことはできなかった。


ただ三嶋は違った。この事件をこのまま終わらせると多くの人の想いが、命が無駄になってしまう事になる。そう思うと葛西の顔が頭に浮かび、いつのまにかマリアの胸ぐらを掴んで涙を流しながら訴えていた。


「マリアさん!!このまま終われば大きなモノをただ失っただけで終わってしまう!!葛西の命も無駄になる!!羽山は死んだがまだ巨悪はあと一人残っているんだ!!あんな奴を野放しにはできない!!そして今ならまだ凛桜さんの命を救えるかもしれないんだぞ!!やれる事はやるんだ!!!」


魂の籠もった三嶋の訴えに、奏に連絡する事を渋っていたマリアもポケットから画面にヒビの入ったスマホを取り出してそれをジッと見つめる。


今までずっと応援していた奏の夢か、この計画を成功へと導くかもしれない僅かな希望か。

マリアの心の中の天秤はどちらに傾くのか…。



一方、倉庫の外階段を使って建物の屋上に着いた鬼山はタバコに火を点けると、未だ呆然としたままの凛桜へ話し掛ける。


「ちょっと喰う前に話でもしよか。矛盾がどうとか言うてたけど、あれはなんや?」


「…………もういいから…………私を殺せば全て終わるから…。」


「ここまで壊れてもうたらもうあかんな…。」


鬼山はまだ火を点けて間もないタバコを捨てて地面で消し、凛桜を殺すために近づこうとする。


そんな時、遠くで明るく光る場所がたまたま凛桜の目に映った。屋上に来たからこそ見えたその場所から微かに音楽が聞こえてくる。

それはヴァルキリアフェスのオーディションの行われている野外会場だった。


その音を聞いた時、凛桜の心臓がトクンと少しだけまた熱く鼓動を打ち始めようとした。

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