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第52話 心が折れる音

言葉にもなっていない怒号、叫び、悲鳴。

血飛沫が飛び交い、骨の折れる不快な音、凛桜はこの世の地獄のような光景を目の当たりにしていた。


マリアとアマネの率いる惡童連合は序盤は一人一人の実力により優勢に立つかと思いきや、やはり数の暴力の前では限界があり、その数をどんどんと減らしていった。

黒子衆の横撃も乱戦の中央までは届かずその効果を発揮しきれていない。

その理由は中央に鬼山と金村の2人が壁となり、マリア達はそこから前線を押し上げることができていない事にあった。

だが言い換えればその2人さえどうにかする事ができれば惡童連合側に勝機が見える。


しかし、それも戦力が残っている場合の話であり、時間が過ぎれば過ぎるほど味方の数は減り続けて鬼山と金村を倒しても手遅れになってしまう。

そんな中、金村と対峙するマリアも、鬼山を抑え込んでいる雪も中々相手に決定打を与える事ができずにいた。


こんな緊迫した状況の中で何もできず立ち尽くす凛桜の前に、井上に撃たれた葛西が運ばれてくる。

いざと言う時のために用意していた救急キットを使って刑事の1人が必死で葛西に応急処置をしているが、流れた血の量が多過ぎて一刻を争う容態なのが見て取れる。


「葛西さんしっかりして下さい!くそっ!急所は避けているが出血が酷い!今すぐ病院に向かわないと…!」


出血部分を止血するために必死で押さえている刑事の手を葛西がゆっくりと握りしめる。

そして今にも消え入りそうな掠れた声で何かを必死で伝えようとする。


「諦め…るな…。なんとか…鬼山を味方から…引き離して…撃つんや…。いくら…あいつが怪物でも…撃たれれば…死ぬはずや…。もう生きて逮捕する事は…不可能やからな…。あいつさえ…どうにかすれば…。ゲホッ!ゲホッ!」


「葛西さん!!葛西さん!!」


葛西は最後の力を振り絞って部下達に指示を出す。

そして命を削り、血を吐きながらも葛西は凛桜の方へと顔を向ける。


「凛桜さん…こんな事になってしまい…申し訳ない…。私にもっと…知力があれば…。ここまで後手に…回ることなどなかった…のに…。この場が…どうなろうと…あなただけでも…逃げて…………」


葛西は言葉を最後まで紡ぐことができずにその目から光を消した。

理不尽に道半ばで殺された人間の死ぬ間際の表情は、凛桜の強くなった心を軋ませるのに十分だった。段々と恐怖が凛桜の心を蝕み、凛桜は動かない葛西に何も言葉を掛けてやれなかった。


「嘘…葛西さん…なんで…。全部私のせい…。」


凛桜は葛西の死に顔を見ていることに耐え切れずに目線を上に上げる。が、そこに広がるのは先程より酷くなった死闘が繰り広げられていた。


金村に真っ向から殴り合いを挑んでいたマリアは互角以上の戦いを見せていたが、年齢のせいか徐々に金村に押され始めてとうとう膝を付いてしまう。


「はぁ…はぁ…喧嘩最強の者のみに与えられる通り名の『仁王』!その名が泣いてるで!佐々木則夫!!まぁあんた以降そう呼ばれる奴はおらんかったんやけどな。俺があんたを倒してその名前受け継いだるわ。」


「そんな理由ちゃうわ…。仁王って呼ばれる経緯を知らんガキのくせに知ったふうな口聞くな…。お前には絶対相応しくないんじゃ!それに何を勝った気になってるんやクソガキがっ!!」


マリアは満身創痍の身体にムチを打ってもう一度立ち上がり、渾身の力を込めた拳を金村の顔目掛けて放つ。

しかし、その硬いマリアの拳を金村が額で受けるとマリアの拳からバキバキと骨の砕ける音がした。

拳が砕けた激痛にも悲鳴を上げずに歯を食いしばり耐えるマリアだったが、そんな好機を金村が見逃すはずもなく、金村は拳を砕いた頭突きをマリアの顔面に叩き込んだ。

そんな強大な頭突きをまともに食らえばさすがのマリアも背中から大の字に倒れ込んだ。


「則夫ちゃん!!」


少し離れた場所で戦っていたアマネは金村に倒されたマリアを見て急いで駆けつけようとするが敵が邪魔をして中々マリアの元へと辿り着けない。


「邪魔なんやお前らぁぁぁぁ!!!どけコラァァァ!!」


普段のアマネからは出ないような強烈な言葉を叫びながら『紅姫』として周りの敵を薙ぎ倒しマリアを助けに行こうとする。

そんな時マリア達のさらに奥で戦う雪の姿が目に入る。それはマリアよりもボロボロになりながら鬼山に立ち向かっている姿だった。


雪は前回の時に鬼山から負わされた傷が開き、新たに筋肉の断裂、複数箇所の骨折、鼻は大量の鼻血により呼吸すらままならない状態であり、常人であればとっくに意識を失うか死んでいる程の有様だった。

それに対し鬼山は軽い打撲程度のダメージと少々の切り傷しか負っておらず、今にも倒れそうな雪の髪を鷲掴みにして空中に持ち上げる。


「残念やったなぁ…。お前じゃ絶対に俺には届かへんねん。というか前回よりもだいぶ弱くなってないか?あの男はお前に希望を持ってたぞ。お前が俺に借りを返すってな。

でも…無理やったなぁ…。あの男も浮かばれへんで…。」


鬼山はいつも通り人の気持ちを逆撫でして絶望へと追いやる。

だがまだ雪の目は死んではおらず、力を振り絞って辛うじて持っていたナイフを振り上げて鬼山の左肩に突き刺す。


「お…前…を…絶対に…雪が…殺す…!」


雪はなんとか死力を尽くそうとするが突き刺したナイフは切っ先が少し刺さっているぐらいで鬼山にはほとんどダメージはなかった。


「はぁ…お前にはガッカリやわ…。あの男の希望を背負ってもうちょいやってくれると思ってたんやけどな。

まぁもうええわ。あの凛桜とかいう女を喰いに行くわ。」


鬼山はそう言うとパッと掴んでいた雪の髪を離し、恐ろしいスピードで構え、踏み込み、雪の心臓目掛けて強力な正拳突きを放つ。

それに対して意識が朦朧としていた雪だったが、反射的に身体の前で両手を十字に組んで鬼山の突きをガードする。

しかし、雪は突きを防いだ腕から骨が軋む音がしてヒビが入っていくのが分かった。

空中で受けたため衝撃が分散されて骨が折れる事態は免れたが、その代わり数メートルも後ろに吹き飛ばされる。

吹き飛ばされた雪はなんとか起き上がろうと身体を動かそうとするが指先さえも動かない。本当はこの状態で意識を保っているだけでも不思議なのだが、それは雪には守らなければならない『約束』と『大事な人』がいるからだろう。


(もう少し…もう少しのはずなんだ…。代償で力を失っても今までお兄ちゃん達と積み上げてきたモノは消えない…!なのに…立ち上がれない…。もう少しで限界を超えられそうなのに…。)


天井を見上げたまま倒れ込んだ雪に興味を無くした鬼山はそちらに目を向けることもなく、悪意と殺意に澱んだその目はただ奥で立ち尽くす凛桜だけを捉えていた。


マリアが倒れ、雪が倒れ、アマネも敵に飲み込まれていく姿を見た凛桜は、自分が原因で起こったこの取り返しのつかない事態に絶望していた。

あれほど居た味方ももうほとんど立っている人間は居ない。

そんな中自分に近付いてくる巨大で醜悪な悪意に気付き、見ることすら拒否したい気持ちを抑えてその方向に顔を向ける。

そこには雪の血で紅く染まった鬼山の姿があった。鬼山は絶望に支配された凛桜の姿が見れて嬉しいのか、その表情は凛桜の心にトドメを刺すには十分過ぎるほど悪意に満ちた笑顔だった。


『グシャリ…』


凛桜は自分の胸からそんな気味の悪い音を聞いた気がした。

その音は何かケガを負った音では無い。

凛桜の『心』が完全に折れてしまった音だった。

人間の心が折れる時の音は『ポキッ』や『バキッ』などと生易しいものではない。

とてつもない力で握りつぶされるような音が鳴るのだ。そんな絶望が奏でる音が鳴った時、人はそうそう立ち直れない状態に陥る。


そしてそれは凛桜も例外ではなく。

完全に心が折れた凛桜は考える事を止め、彼女の感情は静かに死んでいった…。

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