第51話 揺るがぬ怪物
「棒崎ぃぃぃ!!!お前何してんねや!!!」
鬼山に反旗を翻した棒崎を金村が攻撃しようと近付いてくる。しかし棒崎が持っていたスタンガンに付いているスイッチをカチッと押すとスタンガンの先が金村目掛けて飛び出し、先に付いた針が金村に刺さると先程の鬼山と同じ様に凄まじい電流が金村を襲う。
「ぐあぁぁあぁぁぁ!!!!!」
体を駆け巡る痛みと電流に耐えられなくなった金村は仰向けに倒れ込み、まるで岸に打ち上げられた魚のようにビクビクと痙攣している。
片膝を付いていた鬼山が棒崎を睨みつけてこの反抗を問いただす。
「棒崎…一体どういうつもりや…。」
電撃を受けて尚怯むことのない鬼山の圧力に押し潰されそうになるのを我慢し、棒崎は目に少し涙を溜めたまま今回の行動の真意を語る。
だがその語り口はいつものボソボソとした話し方ではなく、怒りと復讐心にまみれたものだった。
「お前のせいで!!俺は仲間を沢山失った!!俺のグループがお前らに吸収された時からいつか復讐するためにお前の側近をやってたんや!!だから今回葛西と手を組んだ!!お前をこの世から葬るためにな!!
アップグルントのメンバーが倉庫に集まる事をほんまは葛西に伝えたかったが俺についてる監視が厳し過ぎてできんかった…。さすが誰も信用してない鬼山さんらしさやったわ…。俺にできたんはその女をお前から守る事だけやった。」
棒崎の最後の『守る』という言葉に凛桜はハッとした。
確かに思い返せば鬼山が凛桜に危害を加えようとした時に止めてくれていたのは棒崎だったからだ。
この棒崎の反逆のおかげで今は鬼山と金村が行動不能になっている。
これを勝機と捉えた葛西は一気にこの場を制圧しようと味方全員に突撃の指示を出そうとする。
だが、こんな事で怪物は止まらない。
鬼山は心底つまらなさそうに『しょうもな。』と呟くと、片手で棒崎の顔面を鷲掴みにしてそのまま後頭部を地面に思いっ切り叩きつけた。
あまりの衝撃に棒崎は叫び声1つ上げられないままピクリとも動かなくなった。
棒崎は決して油断していたわけではない。
なぜなら棒崎の放った電流はどんな人間でも数分間は動くことすらままならない威力だったのだが、怪物は何もなかったかのように涼しい顔で自由に動いた。
棒崎の…いや…人間の予想の範疇を鬼山が大幅に超えていたのが原因だった。
そして鬼山は動かなくなった棒崎には一切の興味も持たず、まだ仰向けで倒れている金村を起こしに行く。
刺さっていたスタンガンを抜き、金村の顔にビンタを食らわせる。
「おい金村。いつまで寝てんねん。起きろ。」
「す…すんません…。すぐ起きます…。」
鬼山の叱咤に怯えた金村は本当ならまだ動かない体を無理矢理起こす。
そして鬼山は『はぁ…』と落胆したように頭を掻きながら葛西達の方を向いた。
「せっかく熟したら喰うたろうと思って棒崎を今まで自由に泳がせといたのにな…。葛西のボケがしょうもない事で使うから全部台無しやんけ。」
「まさか…お前は棒崎の復讐心にも気付いていたのか!?」
「なぁ葛西…もうお前は失敗したんや。だからそんな事どうでもええやろ。」
葛西の質問に鬼山は答えないが、鬼山の言う通りこの状況になった今では『どうでもいい』質問だった。
本当なら葛西はそんな事を気にする前に失敗した事を踏まえて次の手を考えなければならなかった。
これができなかった時点でもう葛西にはなんの手も残されていない事が明らかになってしまう。
「なぁ葛西。最後に勝敗を分けるのは何か分かってるか?正義感や根性や運やとかそんなんやない。どんな勝負事でも一緒や、最後は『手札の多い奴』が嗤うんや。
まぁその手札の切り方のセンスもいるけどな。もう何も残ってないお前にそのセンスを見せたるわ。」
鬼山がいつも通り不気味に『ククク…』と嗤うとある人物の名前を呼んだ。
「おい、井上。」
そうやって鬼山から名前を呼ばれた刑事の井上は、何の躊躇いもなく無言で葛西の背後から銃を構えて引き金を引く。
パーーンッと乾いた音が倉庫に響く。それはこれから始まる残酷な晩餐会の開始を知らせる合図のようだった。
放たれた弾丸は葛西の背中から胸を貫く。
急な出来事に少し沈黙していた刑事達は倒れゆく葛西の姿を見てすぐに我に返り、急いで井上を取り押さえた。
地面にうつ伏せで取り押さえられた井上は『ヒャヒャヒャ』と狂ったように笑い声をあげる。
「きっ!鬼山さん!!葛西をやりましたよ!!これで僕の借金はチャラになるんですよね!?命は助けてくれるんですよね!?」
「そんなん嘘に決まってるやろ。この場が落ち着いたらお前も殺すよ。」
主人から投げられたボールを尻尾を振りながら取ってきた犬のように喜び勇んだ井上を、鬼山は真上から踏み潰すように答えた。
思っていた答えとは違うかったからか、井上は絶望に染まった顔で取り押さえる刑事達への抵抗を止めた。
葛西が『ガハッガハッ!』と血の混じった咳を苦しそうにする中、葛西は悲しそうな表情で井上の顔を見る。
まさか葛西の一番近くで共に鬼山を追いかけていた井上が内通者であり、裏切り者であるなど微塵も思っていなかったからだ。
そんな悲しそうな葛西の表情を見て後悔の念が込み上げてきたのか、井上はとても小さな声で『葛西さんすみません…。』と何度も何度も呟くのだった。
だが鬼山はそんな茶番劇に付き合うつもりは無く、両手を大きく広げて天井に向かって楽しそうに大声を上げる。
「さぁ!これでお互い手札も切りきったみたいやな!もうどんでん返しもなんもない!ここからは清々しくどつき合いといこうや!!」
井上の発砲により固まってしまっていた惡童連合や黒子衆は鬼山に完全に隙を突かれた。
鬼山のその叫びが号令となり、一斉にアップグルントのメンバー達が凛桜達に襲いかかろうとした。
葛西が動けない今、三嶋かマリアが指示を出さなければならなかったが中途半端な指示を出せば一気に飲み込まれてしまう。
2人が状況を好転させるため『たった10秒でも時間が欲しい』と同時に思った時、アップグルントが動くよりも早く1つの影が鬼山へと向かっていく。
その飛矢のように真っ直ぐ走る影は雪だった。
雪はたった1人だけ鬼山の数々の謀略や残虐行為にまったく心を侵されること無く冷静に状況を見定めていた。
そして今勝負の天秤があちらに傾いた瞬間、勝機を取り戻すために走り出したのだ。
雪は走り出した勢いをそのままに高く高く飛び上がり、鬼山の顔面めがけて蹴りを放つ。
惜しくもそれは鬼山に防がれてしまったが、雪の勇気あるその行動が凛桜達が立て直す時間を作る事となる。
「誰でも良い!みんなに指示を出して!!」
雪は鬼山に猛攻を仕掛けながら固まっている皆に動くよう叫ぶ。
凛桜達は一気に飲み込まれて敗北が確定していた状況を雪の行動のおかげで一命を取りとめる。
そんな最悪の状況で先陣を切った雪の背中を見て奮い立たない男達は居なかった。
「よっしゃ!!あの子が作ったこのチャンス逃したら男が廃るぞお前らっ!!!なりふり構わず全員突っ込め!!!」
マリアの檄と雪の行動により士気の上がりきった惡童連合はマリアとアマネを先頭に最高潮の状態でアップグルントへと突っ込んでいく。
四宮は相手側の左右から揺さぶりをかけるため、黒子衆を半分に分けて相手に横撃を食らわせる指示を出す。
それを見ていた三嶋も負けじと動けない葛西の代わりに刑事達に『凛桜の警護』と『葛西の救出』を命じる。
そんな中、加賀は1人だけ誰からもバレないように倉庫の壁沿いをコソコソと進む。
金村は息を吹き返した敵に苛立ちを隠せず、雪の相手で手一杯の鬼山の代わりにアップグルント全員に突撃の命令を出す。
「鬼山さんは大丈夫や!!俺らは目の前におる25年前の化石のような奴らをぶち殺すぞ!!惡童連合やからってビビるな!!」
金村はそう叫ぶと自分もマリア達と同様に先頭を走って味方の士気を上げる。
そしてお互いがその勢いのままぶつかり合う。
その惡童連合とアップグルントの激しくぶつかり合った衝撃は血飛沫が空中に飛び散るほどのものだった。
お互い手札を出し尽くしたこの乱戦を制するのは
『喰らう鬼』か『舞う桜』か…。
鍵を握るは『歌うたい』だとはこの場にいる者たちどころか本人でさえ気付いていなかった…。




