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第5話 人の夢をバカにするな!

白い光がスッと消える。

まるで何事もなかったように時間は進んでいく。

とてつもない何かが起こると想像していた奏は呆気にとられて開いた口が塞がらない。


「おもてたんとちゃう…」


「えっ!?奏は一体どんな願い事をしたの!?白く光ったって事は成功してるはずだよ!?」


「ちょっと待って!焦って考えてた願いとはちょっと違うの思い浮かべちゃったし!」


2人が慌てふためいている所に謙信の寒気を感じさせるような低い声が聞こえてくる。


「どんな願いをしたかは知らないが終わりだ。ここから逃げ出す事なんて我々がいる限り不可能なのだから…。」


その声にいち早く反応して奏は凛桜の手を引っ張って広い庭の方へと走り出す。

それを見た謙信は横をすり抜けていく2人をどうするでもなくゆっくりと2人が走っていく方向に顔を向ける。

彼が急いで奏を捕らえなかったのは『奏のした願い』への警戒と、2人の向かう方向にはすでに雪が道を塞いでいたからだ。

雪が2人を止めれば謙信が後ろから挟み撃ちにできる算段だった。


「あは!!行かせる訳ないよねぇ!!お嬢には悪いけどお友達のクソ女は首チョンパ!!」


雪がそう叫びながら中腰になり低い体勢でナイフを構える。

普通に見たらゴスロリの可愛い女の子のはずなのに目は獣のように鈍く光っている。

雪は確実に奏の首を切れるよう狙いを定める。


「はい!おしまい!!」


完璧なタイミングだった、むしろここまでしなくても殺しのプロの雪が素人の奏を殺す事など朝飯前だっただろう。だが雪が踏み込んだ足元の畳が床下に深くめり込んでしまった。


「は?なんで!?」


普段絶対に起こらないような事が起きた事に雪は頭の中で様々な要因を探してしまう。殺しのプロとして完璧に育てられた癖が出てしまった。

謙信の『集中しろ!』という声も虚しく一瞬の隙が生まれてしまった。

そのたった一瞬の隙間を縫って2人は雪の横を駆け抜ける。

奏達はこんな一瞬の出来事の中計算して駆け抜けた訳では無い。ただただガムシャラに走っていただけだった。全てが奏達にとって好都合な偶然が重なった。


「うぉぉ!なんかよく分からんけど逃げれそう!足も痛くなくなってる!ってかあたし絶対に今死にかけたよね!?」


「奏!そんな事より屋敷の門を出てその先の階段を降りて!そこまで行けば私が山を抜ける道を知ってるから!」


人が死にかけた事に対して『そんな事より』って言う無慈悲な凛桜の発言に奏は引っかかったが今はそれにツッコミをいれている余裕はない。


そんな中、走り去っていく2人の背中を追いかけようと謙信と雪が動き出すのを百合が止める。


「慌てて追わなくても良いでしょう。願いには代償がつきます。『凛桜と2人でここから逃げ出せるように』という願いをしても、結局何かが失われてあの奏という子にとって良くない事が起きる。そして結局凛桜は『今だけ逃げ出せる』だけで、神代からは『抜け出せない』でしょう。黒子衆に道を塞ぐよう伝えなさい。私も一緒に下に向かいます。」


そう百合は言い終わるとゆっくりと立ち上がった。

しかし百合は自分が今発言した言葉に疑問が残る。


(謙信達の動きを止めた…この考えも願いの力によるものなのか…)


そして謙信が黒子衆に緊急事態を知らせる笛を鳴らす。

それを聞いた黒子衆達は四方八方から百合達の元へと集まった。


「凛桜様が連れ去られた。丁重に連れ戻せ。連れの者の生死は問わん。」


謙信にそう命じられて黒子衆は本物の忍者のように素早く命令に従い散開する。



百合、謙信、雪の3人がゆっくりと奏たちを追いかけようと屋敷を出た頃、奏達はすでに長い階段を降りきっている所であった。


「抜け道ってどこどこ!?見る限り森しかないんだけど!!」


「え〜っと…」


凛桜は森に近づき木を一本一本入念に確認する。

するとある木の前で足を止めた。その木の目の高さの位置に何か目印のような傷が付いていた。

それはこの傷がある事を知っていて、なおかつかなり意識をしないと見つけられないような目印だった。


「あった!この目印の木から森に入るとまた同じ様な目印のついた木があって、それを追って山を進むと麓の町の近くに出れるって聞いた事があるの!」


「おおお……、それは分かったから早く行こう!階段の方からなんか黒尽くめの変態っぽいのが追いかけてきてる!」


が、目印を探すのに時間が掛かりすぎたため、黒子衆が追いついてしまった。

奏達は森に背を向けた状態で黒子衆と相対する形になった。

このまま黒子衆に背を向けて逃げようとするとすぐに捕まってしまう気がしたからだ。

捕食者と目が合うと動けなくなる獲物のような気分だった。

そうこうしていると百合が謙信と雪を引き連れて階段を降りてきた。


「凛桜、もういいでしょう。屋敷に帰りますよ。今ならその者も香を嗅がせて麓に捨てるぐらいで事を収めますから…。」


「絶対に嘘ですよね。知り過ぎた奏をお母様が見逃すわけありません。奏に話した私が悪いのは分かってます。だからこそ私は奏だけでもここから逃がします!!奏は『夢』があるって言っていたから!」


凛桜は決意を決めた顔で奏の前へと出る。

あれほど晴れていたはずの空がどんどんと黒い雲が覆い尽くしていく。

そして不穏な空気を煽るかのようにポツポツと雨が降り始める。


「夢…ですか…。くだらない。人の夢などたかがしれています。神代の長い長い歴史に比べればゴミに等しいものです!そんなもののために神代の秘密を漏らす事はできません!凛桜、あなたもくだらない夢なんて見てるんじゃないでしょうね。そんなモノ捨てて神代のために生きなさい!」


百合が辛辣な言葉を吐き捨てる。先程までの上品な態度からは想像もできない下品な言葉だった。

それを聞いた凛桜が言い返そうと身構えるより早く、後ろから奏が飛び出していた。


「おい……さっきから大人しく聞いていたら好き放題言いやがって。」


奏は怒りで歯を食いしばりながら百合の元へ近付こうとする。


「奏!あまり前に行くと危ない!」


凛桜は少しずつ前に行こうとする奏を静止しようと奏の肩に手を伸ばし捕まえる。獣のような目つきでこちらを伺っている雪の姿が見えているからだ。

そんな凛桜に対して『分かっているから』と言わんばかりに奏は肩にあった凛桜の手に自分の手を乗せた。

屋敷の時とは違ってその手は震えていなかった。

そして力を込めて奏は呟く。


「人の…夢を…バカにするな…」


しかし、その呟きは雨の音に消されて百合まで届かなかった。


「すいません、雨音で聞こえづらくて。なんと言いましたか?」


薄ら笑いをしながら答える百合に対して奏はスーーッと大きく息を吸い、爆発しそうな気持ちと共に大声で叫ぶ。


「人の夢をバカにすんなって言ってんだよクソババア!!!!!!」


『クソババア』という一言に謙信含む黒子衆も驚きと恐怖で体が固まってしまう。

あの神代家の当主に向かってクソババアなどと言った人物は歴史上存在しないだろう。

雪だけは『あはは、クソババアだって!』と笑っているが、事が済んだ後に百合からとてつもない罰が下されるだろう。


それでも怒りが収まらない奏は勢いそのままに大声で気持ちを伝える。


「あたしの何を知ってんだよ!!!あたしは聞いた人達みんなが幸せで!楽しくなって!そんで嫌な事を乗り越えてしまう!そんぐらい凄い歌手になるって決めてんだよ!!!勝手に叶わないとか決めてんじゃねーよ!!!クソババア!!!」


2度目のクソババアに冷静な百合の顔にも怒りと嫌悪が滲み出る。

さすがの雪も空気を読んで今回は笑わなかった。


奏は少し俯き、そして顔には雨の雫に紛れて涙が頬を伝う。

自分の悔しさや怒りよりも奏は百合にぶつけたい事があった。


「なにより……」


「なによりさ……」


数多の感情が邪魔をして中々言葉が出てこない。

それでもこれだけは絶対に伝えなければならない。

そして奏は俯いていた顔をキッと百合に向けた。


「なにより!!自分の娘の夢をくだらないとか言うな!!!そんな人間が…親が…大嫌いだ!!!

親なら娘の夢を全力で応援してやれよ!!!!他人の願いを聞く暇があるなら娘の願いを!!声を聞いてやれよ!!!」


無我夢中で、そして全身全霊を込めて奏は凛桜を肯定し、気持ちを思いっきり百合にぶつけた。

凛桜がずっと抱え込んでいた思い、ずっと伝えたかった事を代わりにぶつけてくれた奏への感謝で言葉にならない気持ちになり、『奏…』と一言だけ漏らす。


そして奏が叫び終えたその時、天がその気持ちを理解し、奏達を擁護するが如く雷を辺りに数発落とす。

その雷はまるで奏の怒りを具現化したようだった。

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