第43話 終わりへの始まり
窓のカーテンから薄暗く陽が差し込み始めた早朝に、スマホのアラームがけたたましく部屋に鳴り響く。
普段なら何度もスヌーズ機能でアラームが鳴る奏でさえ1度目のアラームでヴァルキリアフェスオーディションのため早起きをする。
起き上がった奏は窓のカーテンを勢いよく開けて外の景色を見る。まだ目覚めていない街は緊張する奏の気持ちを少し和らげてくれた。
あれから何度も何度も凛桜や今まで自分を助けてくれた人達を想いながら曲を書き直し、とうとう最高の曲が出来上がった。
今日は凛桜達にとってもとても大事で…そして危険な日である事は分かっている。が、奏はあまりその事を深く考えないようにしていた。
ビースカッシュのカナが言っていたように自分に出来る事をする。それだけを考えて前へ進もうとしている。
そして奏は洗面所へと向かい、いつも以上に念入りに顔を洗う。
そしてポタポタと水の滴る顔を上げて鏡の自分を睨みつけ、自分への気合いを吠えるのであった。
「絶対にヴァルキリアフェスへの切符はあたしが勝ち取る!!!」
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同刻、場所は変わって花咲神社の境内。
2日前に神代村で花山による神葬祭も終わり、神代村で殺された者達の弔いも一段落し、計画の日まで落ち着いた空気が流れている。
そんな花咲神社の境内の拓けた場所でまだ包帯を巻いて傷の癒えていない雪が武術の型のようなもので身体を動かしている。
所々まだ身体が痛むのか、その動きはいつもの雪からすればぎこちのないものだった。
(絶対にお兄ちゃん達の仇は雪が取る!)
そう心で強く想い身体を動かすものの上手くいかない。
そんなもどかしい思いの中、雪の元へ着物に着替えた凛桜がやって来た。
「雪さん…大丈夫ですか…?」
「大丈夫だから!お嬢は何も心配する事なんてない!雪は絶対に行くから!」
「ですよね。分かってますよ。アマネさんは止めようとしてるけど私は止めません。きっと雪さんは私と同じ気持ちだろうから…。」
「お嬢…。」
「ですが1つだけ教えて欲しいんです。この前言ってましたよね…代償が何か分かってるって。」
凛桜の質問に雪は顔を伏せてしまう。
雪の受けた代償は今回の計画に参加できない理由になってしまう可能性があったからだ。
そんな雪を見て凛桜は落ち着いた口調で近くのベンチへと雪を誘う。
「少し…そこに座りませんか?」
「……………。」
雪は凛桜からの誘いに無言で応え、素直にベンチの方へと向かう。
2人は少し距離を置いて隣り合って座るがどちらも話そうとはしない。凛桜は雪の方から代償の説明があるまで黙っていようと思った。
そして暖かい風が2人の間を何度か吹き抜けたあと、雪は重い口を開いた。
「たぶん…雪の代償は…『戦うために今まで積み重ねてきたモノ』だと思う…。身体を今までみたいに動かそうとしても傷や怪我とか関係なくうまく動けない…。武の力が全部消えてしまった…そんな感じ…。」
「それじゃあ…」
「でも戦えるから!上手く言えないけど…逆に今なら鬼山にも負ける気がしない!それぐらい気持ちが高まってるって自分で分かるんだよ!」
凛桜の言葉を遮り、必死で訴える雪を見ると凛桜は止めることなどできなかった。自分が逆の立場でも同じ事を言うと分かるからだ。
ただ1つ気になるのは雪の事を本気で心配しているアマネの事だった。
「でもそれでちゃんとアマネさんとの約束…守れる?」
「うん…。雪は死なないし負けない。もう誰も失いたくない。だからお嬢も必ず守ってみせるから…。」
「雪さん…。分かったよ!頼りにしてるね!でも代償の話はアマネさんにはしないでおこう…。たぶん知っちゃうとどんな事をしてでも雪さんを止めると思うから…。」
「雪…で良い…。」
「え?」
「雪さんじゃなくて雪って呼び捨てで良いから…。」
雪は少し照れくさそうに明後日の方向見ながらそう言う。
あれだけ獣のように狂気を巻き散らせていた雪がこれほど変わったのはやはりアマネのおかげだろうと凛桜は思った。
「分かった!じゃあ雪!頑張って一緒に乗り越えようね!」
凛桜と雪の話がついたタイミングで遠くから花山の声で凛桜を呼ぶ声が聞こえる。
それに『はい!ここです!』と凛桜が応えると花山は小走りで2人が座るベンチの方へとやって来た。
「はぁ…はぁ…。ここにおったんですか…。今しがたここに三嶋さんの知り合いの葛西という刑事さんが来られましたわ。応接室に通しておりますんでみなさんも急いで来て下さい。」
こうして凛桜と雪は急いでその葛西の元へと向かった。応接室の扉を開けるとそこにはテーブルを挟んで左側にアマネと四宮がすでに座っていて、右側にスーツを着たガタイの良い男の人が1人座っていた。
凛桜達は花山に促されてアマネ達の座るソファーに座った。
「遅れてしまって申し訳ございません。私は神代 凛桜と申します。」
「いえいえ、私も突然伺ったものですから。私は大阪府警捜査4課の葛西 翔平といいます。今回三嶋から事の顛末を聞き、一度あなた達に会っておかなければと思い寄らせてもらったんです。三嶋は羽山から離れる事ができないので顔は見せれないみたいで…。」
「それはわざわざありがとうございます。計画は変わらず今日実行でよろしいんですか?」
「はい。そこは予定通りなんですが…。」
葛西は心配そうな目で凛桜の顔を見る。鬼山の懐に自ら飛び込むと聞いていた割には凛桜が大人しそうな顔で少し不安に感じたのだ。
それを察した凛桜は背筋をピンと伸ばし、堂々と葛西に宣言する。
「私のような若い女で本当に大丈夫かと心配される気持ちは分かります。ですがあの鬼山という男を裁くためならこの命…惜しくありません。どうかご安心下さい。」
そう言うと先程まで頼りなかった女の子から一変し、凛桜がとてつもない凄みを纏ったように感じる。
これを見て凛桜の覚悟を受け取った葛西はひとまず安心し、計画の詳細を話し出すのだった。
「これは失礼しました。やはり若い女の子を囮に使うというのは我々も抵抗がありましたが…凛桜さんの覚悟をしかと受け取りました。話を進めましょう。」
そう言うと葛西は男の写った写真を2枚テーブルの上へと置く。そこには金村と棒崎の姿が写っていた。そして指を差しながら男達の説明を開始した。
「こっちのスキンヘッドが金村、赤髪のほうが棒崎という男です。どちらも鬼山の側近としてアップグルント結成当時から鬼山を支える二本柱なんです。こいつらが昨日海外から大阪に戻り鬼山と合流したという情報が流れてきましてね。」
「危険な人達なんですか?」
凛桜がそう葛西に質問すると、葛西は腕を組んで眉をひそめながら頷く。
「鬼山と揉めて生きている2人。と言えば分かりやすいでしょうか。今までであの鬼山と揉め事を起こして生きてるのはこの2人だけなんです。
元々金村も棒崎も別々の大きな半グレグループのトップだったんですが、鬼山との揉め事に負けて2人共鬼山の元に下る形になったんです。鬼山がこの2人を処分しなかったのは2人の力を認めたからでしょう。それほどまでに厄介な奴らなんです。
そしてこの2人が加入してからは警察でも中々アップグルントに手が付けられない様になってしまって…。
こいつらが帰ってくるまでになんとか終わらせたかったんですが…。金村達を伴った鬼山を逮捕するにはどうしても戦力が足りないかと…。」
それまで大人しく話を聞いていた雪が会話に割って入る。
「それなら大丈夫。雪もいるし四宮もいる。四宮なんかは本気のお兄ちゃんと雪と組み手ができる唯一の黒子衆だったんだから!」
「お…お兄ちゃん…黒子衆…。あまり分からんですが凄いという事ですね。」
「雪ちゃん!いきなり話しても刑事さん困ってるでしょ!」
厨二病のような内容を説明不足のまま話し始めた雪をアマネが慌てて制止する。
その隙をついて四宮が葛西に対して戦力部分の話を進める。
「こちら側からは色々な戦闘訓練を受けた手練れを私を含めて10人程用意できます。警察の方々の足を引っ張るような事はないメンバーです。」
「それは助かります。ですが命を落とす可能性がありますが…。」
「構いません!皆命を賭けてでも凛桜様を守り、この計画を成功させる気持ちなんです!」
先程の凛桜と同様に四宮からも決死の覚悟が見て取れた。そして葛西は全員の覚悟が分かり、計画実行を心に決めたのだった。
「では計画に参加する人達は難波にある南警察署の方にご同行願います。」
葛西がそう言うと四宮は立ち上がり、『神代に残されている黒子衆にこの事を伝える』と言い、後で合流することを約束して花咲神社を後にした。
それを見送った後、雪がアマネに伝える。
「ママはダメだよ。家に帰って待っててね。」
「ここまで来てそんな事できるわけないでしょ!最後まで雪ちゃんを見守るから!それに私だって…!」
「大丈夫だから。雪は絶対ママの所に帰るから美味しいご飯作って待ってて。」
雪が優しい笑顔でそう言うものだからアマネは何も言い返せなかった。
「分かった…。絶対無事に帰って来るのを待ってるから。」
こうして凛桜とアマネと雪は大阪へ向かうため、葛西が乗ってきた車に乗り込んだ。
すると凛桜の乗った席の横の窓をコンコンと叩く音がするのでそちらを向くと花山が立っていた。
凛桜が車の窓を開けると花山は手を合わせてこう言った。
「凛桜さん。ご武運を。」
そのたった一言が凛桜の胸を強く打ち、鬼山達と戦う力と勇気に変わる。
「ありがとうございます。また必ず改めてお礼をするために戻ってきますので!」
2人が挨拶を済ませたのを確認して葛西は車を発進させる。
そして全てを終わらせる騒乱が今始まろうとしていた。




