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第41話 ロベリアの蕾

奏のライバルである東條 瑠璃が自宅の中にあるスタジオでヴァルキリアフェス用の楽曲を練習している。

瑠璃は一度ヘッドフォンを外し、ブースの外のソファーに腰を掛けて目を瞑り考え事を始めた。

それは奏と初めて出会った丁度1年ほど前のライブでの出来事であった。



1年前、友人からあるライブへと誘われた瑠璃は興味が無いながらも待ち合わせ場所であるライブ会場へと渋々向かっていた。

そこはお世辞にも大きいとは言えないライブハウスであったが、大阪では若手の登竜門として名を馳せる老舗のライブハウスであり、あまりロックやコア系の音楽を聴かない瑠璃でさえ名前は知っている。

瑠璃が時間の少し前に到着するとすでに友人の3人は入り口前に集合していた。


「あっ!瑠璃!こっちこっち!」


「ごめん、私が1番遅かったみたいで…。」


「ええってええって!まさか瑠璃が来てくれると思ってなかったし!もうすぐ開場やし行こ!」


友人の目当てのバンドの出番は中盤ぐらいらしく、先にグッズ販売の場所へと向かうみたいだった。

人混みが苦手な瑠璃はあからさまに不機嫌な顔で友人達がお目当てのバンドのグッズを買い終わるのを壁際で待っていると、派手な青色のメッシュをいれたギターを背負う同い年ぐらいの女の子が、人混みを押しのけながら慌てた様子で瑠璃の前を通り抜けようとする。

その時、その子が背負っていたギターケースが瑠璃の体にぶつかった。


「痛っ!」


「あっ!ごめんなさいっ!大丈夫ですか!?」


女の子は慌てていたのか、瑠璃を心配しながらも体は会場の方へ向かおうとしている。

その態度を見た瑠璃は元々機嫌が悪かった事も相まって、その子に対して辛く当たろうとする。


「あのさ!もっと気を付けて…」


「ごめんなさい!出番まで時間が無くて!文句は後で聞きます!それではこれで!」


瑠璃が怒鳴りつけようとしている最中に相手の子は無理やり話を終わらせて走って去っていってしまった。


「なっ…なんなのあいつ!!」


「あれ?瑠璃どうしたん?なんかあったん?」


瑠璃が走り去る相手の子の背に向かって悪態をついているとグッズを買い終わった友人が心配そうな顔で話しかけてきた。


「大丈夫…なんでもない。」


「そ…それならええんやけど…。ほんなら会場に入ろっか!」


全然大丈夫そうではない怒りに満ちた瑠璃を、気分転換させるために友人は急いで会場の方に向かった。

瑠璃達がホールに着くと、まだホール内に4割ぐらいしかお客さんは入っていなかった。


「メインのバンドはほとんどが後半に固まってるからまだ全然お客さんおらへんな!今の内に前の方に行っとこ!」


「あっ、私はまだ後ろで見てるから…。」


「分かった!じゃあうちらは前におるから何かあったらすぐおいでな!」


瑠璃は興味のないバンドのために人混みの中最前列に行く事は絶対に回避したかったのだ。

そして友人達を見送った後、ホールの一番後ろの壁にもたれかかって『はぁ…』と溜め息をつく。


(どうしよ…ライブが終わるまで外で時間潰そうかな…。どうせバレないだろうし…。)


疲れとストレスで嫌気が差してきた瑠璃は出口の方へと足を進めようとする。

その時、客席側の照明がほとんど消えて暗闇に包まれる。目の前の人の後頭部がギリギリ見えるくらいのその暗さに突然パッ!とステージの照明が明るくなる。

瑠璃は反射的にステージの方へと目をやると、先程瑠璃にギターケースをぶつけてきたあの子がステージに立っていた。


「あっ!あいつだ!」


忘れかけていた怒りがまた沸々と湧き上がってきた。

だがステージに立つその子はさっき見た印象とは違い、なんとなくオーラというものを纏っているように見えた。

そしてステージで軽い自己紹介が始まった。


「あーあー。テステス。…どうも、KANADEって言います。よろしくお願いします。」


その子はただそう自己紹介をしただけで、音響の方に合図を出すと間髪入れずにホールに爆音が鳴り響く。その音は瑠璃の頭を衝撃と共に駆け抜けていった。こんな感覚は初めてであった。

ステージ上にはギターを激しく弾いている奏が一人だけなのでドラムやベースなどの音は打ち込みで流しているのだろう。

奏の曲を聴いたら酷評してやろうと心の中で思っていた瑠璃だったがそれは大きく裏切られてしまう。

なぜなら瑠璃は奏の曲、歌声に完全に魅入られてしまったからだ。

それは瑠璃だけではなく、おそらく奏の事を知らなかったであろう周りの客もみんなステージの方へと向かい飛び跳ねノッている。

全て英語の歌詞で意味はよく分からないが、ノらないようにしても自然と足でリズムを取ってしまう、そんなガーリーロックの音楽にやられてしまった。

しかし、それは同時に音楽に関してプライドの高い瑠璃にとって屈辱であった。

たぶん歌の上手さでは負ける気はしないが、これだけ人を魅了し楽しませる力は奏に圧倒的に負けている気がした。

今まで音楽に関しては挫折など経験せず、自分に匹敵する同世代の女の子がいるなんて想像すらしていなかった瑠璃は自分が恥ずかしくなってきた。


奏のライブは進み、最後の曲が終わる。

4割ほどしかお客さんが入っていなかったホールにいつのまにか7割8割の人が押し寄せてきていた。

そんな大勢の人間からの大歓声で奏のライブは幕を閉じる。そして奏は最後のMCである事を宣言する。


「みなさんありがとうございました!あたしは来年に日本で開催されるヴァルキリアフェスに絶対出るよう頑張るんで応援お願いしまっす!!」


その奏の一言にお客さんはまた『ワーーーッッ!!』と沸くのであった。その歓声の中奏は舞台袖へと捌けていく。

最後の最後まで悔しい気持ちのまま奏を見ていた瑠璃はそのヴァルキリアフェスという言葉に引っかかった。


「ヴァルキリアフェスってたしか…、お母さんがオーディションを受けろって私に言っていた海外の野外フェスの事じゃ…。あの子も受けるんだ…。絶対に負けたくない!」


瑠璃は母の東條 真央から言われていたヴァルキリアフェスのオーディションの件を思い出した。

自分自身は全く興味がなかったがフェスに出れると箔が付くらしく、必ずオーディションを受けるように母から言われていたのだ。

それを思い出し、どこからなぜ湧いて出てきたか分からない奏への異常なライバル心はどんどん膨らんでいくのであった。

そしてライブも全て終わり、瑠璃は友人達とライブハウスの外で集合する。


「あー!楽しかった!!瑠璃もずっと見てたん?」


「う…うん!後ろの方からだったけど…。」


本当は奏に意識が向きすぎて他のバンドの音楽など一切記憶に残っていなかった。


「でもさ!あの一番はじめの女の子凄かったよな!一気にファンになってもた!」


「うんうん!めちゃくちゃカッコ良かったし憧れるわ!」


そうやって友人達は奏の事を褒め始めた。

やはり瑠璃が思っていた通り奏の歌には人を魅了する何かがあるのだ。

奏を褒め続ける友人達を見ていると一層奏への嫉妬のようなライバル心がどんどん大きくなっていく。

その時ライブハウスからその奏本人が飛び出してきた。

なにやら急いでいる様子の奏に、ライブハウスの外にいたお客さん達は『頑張れよ!』や『最高やった!』などの激励の言葉を掛けていた。

それに対して軽く会釈しながら奏はそそくさとその場を離れようとしていた。

そして瑠璃は無意識の内に奏の前へと立ち塞がるように立つ。

突然前に立ちはだかった瑠璃を見て奏はギョッとした表情になる。


「あ…ギターケースぶつけてしまった人だ…。ほんとあの時はごめんなさいでした…。急いでたもんで…。そして今もバイトの時間に遅刻しそうで急いでるから文句があるならまた後日にでも…。」


「それはもういい!あなたもヴァルキリアフェスのオーディション受けるのなら私も受けるから!」


「え…。それはご自由に…。ではあたしはバイトがあるので!」


「ちょっと待ちなさい!バイトなんてどうでもいいでしょ!大事な話してるんだから!」


「どうでもよくねーよ!マリアさん怒ったら超怖いんだから!早くそこどいてって!」


奏が無理やり瑠璃の横を通り抜けようとするのを瑠璃は手を掴んで阻止する。


「ちょっ!ちょっと!あたしが何したっていうの!?離してよ!」


「…とって…音楽って…」


奏の手を握り、下を俯きながら小さな声でブツブツ呟く瑠璃。それを聞き取れなかった奏はもう一度聞き直す。


「えっ?なんて言ったの?」


「あなたにとって!音楽って…歌って何!?」


急に大きな声で質問をする瑠璃には奏の他に周りの人もビックリして瑠璃と奏に注目をする。


「え…いや…急になんなの…。」


「答えて!!」


奏は少し面倒くさそうな顔をしたが、瑠璃の真剣な眼差しの質問だったため、眉間にしわを寄せ目を瞑り真剣に考える。

そしてしばらく考え込んだ後、スッと瑠璃の目を見て質問に答える。


「あたしにとって音楽は自由の象徴かな…。自分を表現できる最高のもの…。なによりあたしの1番大事な人との夢を叶えるためのもの。」


『自由』と『夢』という言葉が瑠璃の胸に刺さる。

今まで母や周りの評価ばかり気にして歌ってきた自分とは真逆の言葉であった。

瑠璃は自分にはない、自由で楽しそうに歌う奏に惹かれていたのだと気づく。

そんな事を瑠璃が考えている隙に奏は逃げるようにその場から去っていった。

瑠璃はそんな奏を追いかけようともせず、その場に立ち尽くしていた。


(私に…足りないもの…。歌に込める想い…。今のままじゃダメだ!お母さん達からまずは脱しないと!)


これが自分に足りないものを気付かせてくれた瑠璃と奏の出会いだった。

瑠璃はこの出来事の後、奏のライブにことごとく現れ、時には同じ舞台に立っていく事になる。



そして瑠璃は目を開けてまたヘッドフォンを頭に装着してスタジオ内に入っていく。


(絶対に負けない…!私は私だけの力で必ず奏に勝ってみせる!それが私の夢だから!)


本当は瑠璃自身も自分の本当の気持ちには気付いてはいるのだが、その気持ちには気付かないふりをして抑え込んでいる。

そんな『奏と友達になりたい』という気持ちは頭の隅にやり、また瑠璃は歌を歌い始めた。


ヴァルキリアフェスFINALオーディションまであと3日…。

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