第38話 吹っ切れろ!
奏は花山に駅まで送ってもらった後、自宅へと戻りオーディション用の作曲に取り掛かろうとしていた。
しかし、凛桜の事や自分への嫌悪感のようなものが邪魔をして全くと言っていいほど曲作りは進まないでいた。
心を侵食していく癌のようなこの感情を吐き出したくて先に戻っているマリアに連絡を取ろうとしたが繋がらなかった。
(ダメだな…。このままじゃ凛桜の事どころか…オーディションまでに曲は完成しないや…。)
奏は凛桜と桜の木の下で話した時に思いついた曲を作ろうとしていたが、今の気持ちではそれを作る気になれず、急遽もう一曲書こうとしていた。
本番まで後5日もないこの状況では無謀だと分かっているが凛桜というピースがないと一曲目は完成しないのだ。
そして無意識に携帯へと手を伸ばし、ある人物に電話をかける。相手は3コールほどで電話に出てくれた。
「あっ!もしもし!今電話大丈夫ですか?」
「大丈夫やでー!久しぶりやな!やっと電話してくれた!どうしたん?」
「ちょっと曲作りに行き詰まってしまって…。相談に乗ってもらえないかと…。」
「全然!話なんてなんぼでも聞くで!今あたしら『Rage』っていう梅田のスタジオにおるからおいでー!」
「そこなら分かります!すぐに向かいます!」
電話の相手はオーディションで助けてもらったビースカッシュのベースのカナであった。
今奏の悩みを聞いてもらうのに、姉御肌のカナは最適だと思ったのだ。
奏は急いでギターと作曲のデータが入ったタブレットを持って日暮れの中梅田へと急いだ。
スタジオに着いて中に入るとタバコを吸っているギターボーカルのケンジとドラムのゴンがいた。
「おっ!来た来た!カナは中でベース弾いてるわ。」
「お久しぶりです。じゃあちょっとお邪魔します。」
ケンジとゴンに挨拶をし、カナの待つスタジオ内へと入っていく。
扉の前まで行くと軽くカナのベースが聞こえてきた。それは女性だとは思えない力強いベース音でギターやドラムに負けないパワーがあった。
(うわぁ…やっぱカナさんのベース格好良すぎ…。ピックじゃなくて指弾きだからなのかな…。)
扉の前でベース音に聴き惚れていると後ろからタバコを吸い終えたケンジ達がやって来た。
「なんやまだ入ってなかったんかいな。ほらほらはよ入り!生音の方がええやろ!」
ケンジが扉を開けると一層ベースの重い音が胸に激しく打ち込んでくる。
するとこちらに気付いたカナがベースを置いて奏に飛びついてきた。
「奏っちーー!遅いやんかもー!ほれほれ!セッションしようぜ!」
「あ…!あのカナさん!息できないっす…。」
背の高いカナに抱きしめられると丁度奏の顔がカナの胸の辺りになり、男なら幸せの抱擁になるのだが奏にとってはただただ窒息しかける拷問だった。
「あっ!ごめんごめん!そういえば悩みがあるんやっけ??うちらで良ければ聞くから話してみ!」
ビースカッシュのメンバー3人はそれぞれの椅子に座り、奏はその対面に座る形になった。
ゴンからコーヒーを渡され、奏は最近の出来事を話した。
神代の事や鬼山の事などややこしい事は伏せて、友達のために何も出来ないまま逃げてしまった自分が情けなく、それが引っかかって曲も作れないという事だけを相談した。
「あたしがその子を引っ張って連れ出して…その子の夢もあたしが叶えてあげるって大口叩いてたのに…実際は何もできなくて…最終的には自分の夢のためにその子を放ってきてしまいました…。
そんな今の自分が大嫌いです…。そしたら曲も全然作れなくなって…。特にその子のために書いてた曲だから余計に…。だからもう一曲新しく作ってるんですけど全然…。」
「なるほどねー。青春だねー。おい!ゴン!ビール買ってこい!」
「えっ!?ビールですか!?」
急にお酒を買ってくることを命じたカナに奏は驚いていたが、ゴンは無言で扉から出ていきケンジも『ええやん!』と乗り気になっている。
「あんなー、こういう時は飲まなやってられへん!ぐらいの気持ちでまず話そうぜ!
よし!ゴンが帰ってくるまでに奏っちの作った曲をちょっと聴かせて!」
バンバン!と奏の背中を叩きながら話すカナに少し気が楽になった奏は自分のギターを出し、凛桜のために作った曲を弾き語りした。
目を瞑りながら聞いていたカナとケンジはおもむろにそれぞれギターとベースを持ち、奏に合わせて曲に参加してきた。
(2人とも凄い!あたしがイメージしてたのを超えるような演奏だ!)
奏も気持ち良くなってきた所で大量のビールを引っさげたゴンが帰ってくる。
すると空気を察したのか、ゴンもスティックを取り出して演奏に参加した。それは奏の最悪だった気持ちを一瞬でも忘れさせてくれるような最高の時間だった。
(そうだ…。音楽はこうやって人の気持ちを幸せにする事ができるんだった…。でも今のあたしに人を幸せにする事なんてできるのかな…。)
そしてそのまま曲の出来ていた部分までの演奏が終了する。
「やっぱ奏っちの曲ってすげぇな!スピード感も重さもあってノリやすいし、なによりカッケェわ!」
「ほんまそれな!でも前回のオーディションの曲よりメッセージ高そうな曲やな。どんな気持ちで作ったん?」
「えっと…。『人は変われる、変えられる』って感じですかね…。その友達のために作ったんで…。」
また奏に重い感情が心にのしかかってきた時、カナはプシュッとビールの缶を開けて奏に渡してきた。
「ここって飲食良いんですか?」
「ええのええの。どうせゴンの親父さんがオーナーのスタジオやし。」
そう聞いて奏はドラムに座っているゴンの顔を見ると、頭が痛いといった感じで呆れた表情をしていた。
が、ゴンも立ち上がるとビールを取ってグイっと飲み始める。
「奏ちゃんも遠慮せんでええから飲みや。カナとケンジには何言うても毎回飲むし、いつものことやから。」
「じゃ…じゃあいただきます!」
ビールが苦手な奏であったが、陰気な自分の雰囲気を吹き飛ばすためにグイグイ飲み始める。
すると、苦手なはずだったのにビースカッシュと一緒に飲むビールは何故か凄く美味しく感じた。
それを見たカナは『おー!!』と拍手をすると、少し真剣な表情に変わり、奏に先ほどの相談の答えを話し始めた。
「人にはな、出来ることと出来ないことがあるんよ。なんでもかんでも完璧にこなせる人間なんて1人もおらへんねん。
奏っちの中の理想ではその友達の事を全部助けて引っ張っていくってのがあったんやろうな。
でも奏っちの前にも大きな壁が出てきてそれにぶち当たってしまったと。
そしたら助けるはずだった友達に逆に助けられた。ほんまはその子の方が辛い立場やのに。
それでやるせなくなって自暴自棄みたいな感情に頭悩まされてると。」
「はい…。そうです…。」
「アホやなぁ!助けられたんやったら素直に助けられたらええやんか!その子に対して何ができるだろう…なーんか後からなんぼでも考えたらええんよ!でけへん事はでけへん!しゃーない!
ほな今の奏っちには何ができる!?」
「そ!それが分からなくて!」
「曲作ったりーや!その子のために作ってあげた曲なんやろ?その歌でその子の気持ちを助けたり!
その子も奏っちの歌が大好きやったんやろ!?
どんな夢でも諦めなければ叶うってとこ奏っちが見せたったらええねん!それが奏っちが1番その子にしてあげたかったことやないの??」
カナの雑で大雑把なアドバイスが奏の頭の中の悩みをスッパリとぶった斬ってくれる。簡単に言えば『無理なものは無理!やれる事をやれ!』とそんな当たり前の事だが難しく考えすぎていた奏には最適なアドバイスだった。
凛桜が別れ際に言ってくれた『応援してる、みんなを幸せにしてあげて』という言葉を思い出す。
そうだった。奏は凛桜に『夢は叶う』ということを見せたかったのだ。
そして、人間は想いと覚悟があれば生まれ変われる事を教えてあげたかったのだ。そう、花びらが散って空を舞うように。
神代とか鬼山とか、あの日起きたことが大き過ぎて訳がわからなくなっていた。
「お?ちょっとはスッキリした顔になってきたやん。」
「ありがとうございます。なんか勘違いな悩みだったみたいです。今はっきりあたしがやれる事が分かりました。」
「良かった良かった!ほなとりあえずこの曲の曲名でも決めてあげたら?やっぱそこが決まってないと良い曲は作られへんで!」
「はい!曲名は決まりました!あたしが表現したかった事!」
奏はタブレットを取って曲名を打ち込んでいく。その顔は自分の進むべき道がはっきり見えていて、目に力の籠もったいつもの奏の表情に戻っていた。
そして打ち込み終わった曲名をカナ達に見せる。
『ええやん!』とみんなが口を揃えて言ってくれた。
凛桜や、奏の歌を聴く全ての人達への想いが込められた曲。
曲のタイトル部分、そこにはこう書かれていた。
『桜花は空を舞うため一度散る』




