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第31話 待雪草は紅く散る

凛桜達が鬼山から逃げ出してから5分程経っただろうか、たかがその数分で雪の身体には十数か所の切り傷が刻まれ、血があちらこちらから溢れ出る。

特に右足の太ももの傷は深く、力を入れて踏ん張ることさえままならない状態になっている。


雪が鬼山に手こずっている原因はただ1つ、雪のナイフによる素早い攻撃に臆すること無く鬼山は懐に入ってきて山刀を振り下ろしてくる。

『肉を切らせて骨を断つ』、そんな言葉が可愛らしく思えてくる程の攻め方である。

なにより、雪のナイフが鬼山の身体を切り裂いても

痛みを感じていないのか、相手の表情は笑っている。その事が雪の中で恐怖に変わり動きが鈍くなってしまう。

まるで意思のあるゾンビと戦っているような気分であった。


(この男は脳のリミッターを外すとか関係なく強い。たぶん初めから脳が壊れてる。お兄ちゃんが雪に協力をお願いしてくるわけだ…。)


雪と同様に切り傷を負う鬼山だったが、どれも致命傷にはなり得ない浅い傷ばかりだった。


「楽しいなぁ…。こんなに楽しいのは生まれて初めてやで…。でももうええわ。お前、もう限界やろ?」


鬼山が凄むとまたあの強大で恐ろしい『殺気』と『悪意』を辺りに撒き散らす。

常人であればそれだけで腰が抜け、地面にへたり込んでしまうだろう。


だが雪はそんな鬼山に対して一歩も退かずにナイフで服の袖を切り取って、それで太ももの傷を縛り、止血を施した。

そして脳から全身へと力を駆け巡らせ、強くなるためにもっともっと深く狂おうとする。

神宿みじゅくの力のおかげなのか、限界を越えて力が溢れてくる。


(凄いなぁ、神宿の手の力って…。力が溢れてくるよ…。

ううん…違うな。頭にあるのはみんなを守りたいって気持ちだけだ。たぶんそれが限界を超えさせてくれてるんだ。)


雪は今まで本能に従い獣のように戦ってきた。だが今なら冷静にそれを制御して戦う事ができる。

傷だらけの身体からはもう痛みを感じない。せっかく辿り着いた鬼山をも倒し得る強さの極地だが動けるのはもうあと僅かだろう。

それでも雪はニコリと明るく笑って鬼山にナイフの先を向け、宣言する。


「お前はここで雪が殺す!」


「あー…最高や…。夢見てるその顔…。」


そしてほぼ同時に相手へと駆け出し、刃と刃のぶつかり合う音が再び鳴り響き始める。



その頃凛桜達は走り続け、追ってきた鬼山の部下をマリアがなんなく倒し、やっと本殿近くの開けた場所へとたどり着いていた。

息を切らせながら奏が凛桜へ質問をする。


「はぁ…はぁ…。凛桜!その裏道って知らないんだよね!?」


「うん…。私はそんな道のこと聞いたこともなかった…。だから正面の入り口にいる謙信さん達と合流しないと…。」


そして一息ついた所でまた走ろうとしたその時である。進行方向から4、5人の人影がこちらへと走ってくるのが見えた。

それは黒子衆のような服装ではなかったのですぐに鬼山の部下達だと分かった。

マリアがいち早くみんなへと指示を出す。


「くそ!みんな!戻って違う道を探すよ!!早く行って!時間稼いだるから!」


こうしてマリアが凛桜達を先に行かせようと殿しんがりを買って出たが、よく見ると様子がおかしい。

その男達はこちらを狙っているというか、恐怖で顔を歪ませながら何かから逃げているような様子だった。

そして凛桜達の方には目もくれずに立ち止まったかと思うと、持っていた武器を構えて後方へと振り返り臨戦態勢を取り出した。

すると各々が震えながら喚き散らしている。


「な!なんやねんあいつ!みんな一瞬でボッコボコにされたやないか!」


「知らんわ!寝返った敵の奴らも何の役にも立たんかったぞ!」


「あんな化け物おるって聞いてなかったし!早く鬼山さんのとこに行かな俺らもやられてまうぞ!」


腰が引けながら喚く男達の向こうからまた新たな人影が2つ現れる。

それは無傷の謙信と百合であった。無傷とは言ったが謙信の拳からは血が滴っている。おそらくは相手の返り血なのであろう。


「き…来たーー!!!お前行けや!!」


「無理じゃ!お前が行け!」


慌てふためく男達を見た謙信は呆れた様子で溜め息をついた。


「はぁ…なんと情けない。それでも男か。もう面倒だから逃げるな。神代に仇をなして無事に帰れると思うなよ。」


そんな謙信を見てもうどうにでもなれと思ったのか、『わーー!!』と情けない声を出しながら敵の男達は謙信に向かっていった。

が、結果は何もできずに一瞬で叩き伏せられてしまった。

そして、汚いゴミを触ってしまったかのように手を払い、謙信はスーツのポケットからハンカチを取り出して手を拭いた。


「お母様!謙信さん!無事だったんですね!」


凛桜が急いで2人の元へと走り寄る。


「凛桜様こそ無事で何よりです。」


「無事で良かったわ。あなたのところでは一体何があったのです?」


百合からの質問に先程までの出来事を細かく説明する。

鬼山の襲来、小早川の裏切り、雪に神宿の手の力を使った事、そしてまだ奥で雪が自分達を逃がすために鬼山と対峙していることなど全て話す。


「やはり小早川は裏切っていましたか…。他の黒子衆も裏切った者達以外が見えないのはどこかで倒されている可能性がありますね。しかし、鬼山と雪が戦っているとは…。」


謙信は雪の事を心配しつつも、今この場にいる者達を守れるのは自分しかいないというのも理解している。

雪の元へと駆けつけてやりたいという気持ちを抑え、凛桜達を裏道へと案内しようとしたその時、百合がポンッと謙信の背中を押す。


「行ってあげなさい。私がみんなを裏道へと案内します。」


「いえ…しかし…。敵がどれほどいるか分からないこの状況で…。」


「雪はまだ神代に必要な子です。あなたが助けに行きなさい。必ず2人で戻ってくると信じていますから。」


そんな百合の優しさに甘え、雪を助けに行くことを決心した謙信は『ありがとうございます。』と言い、雪の所へと向かおうとした。その時、突然アマネが謙信の腕を掴んで涙ながらに訴える。


「雪ちゃんを…お願いします…。」


小さく震えるアマネを見て謙信はただ一言だけ伝える。


「任せろ。」


それだけ言い残し走り出す謙信。


そして残されたみんなは百合の指示に従い、脱出口である裏道へと向かうのであった。



謙信が全力で走り、後もう少しで小屋の場所へと辿り着く手前で不穏な気配を察知し、その足を止める。

すると前方からズルズルと何かを引きずる鬼山が現れた。


「おっ!なんやなんや。めちゃめちゃ強そうな奴がまだおるやんけ。この場所最高やな。」


ケラケラと笑う鬼山をよく見てみると、鬼山は血だらけの雪の髪を握って引きずっていたのだ。

何の反応も見せない雪は、遠目では生きているのか死んでいるのかも分からない。


それを見た謙信は、怒りなどを飛び越えた憤怒の感情で拳を握りしめる。その手からは血がポタポタと滴り落ちる。


「お前………何をしている………。」


「ん?あー、これの事?中々楽しかったわ。めちゃめちゃ頑張って俺を殺そうとしてきたけどな。

ほんでこいつが最後に倒れた所でな、絶望した顔を見たろうと髪掴んで持ち上げたら…。」


少し間を置いて鬼山は心底嬉しそうな満面の笑みになり恍惚の中こう言った。


「泣きながら『お兄ちゃん…ママ…ごめん…』って言うてたで!

あー………美味かったわぁ………。思わずそのまま2発ぐらい顔面殴ってもうたもんなぁ…。」


最低最悪の悪魔のような歪んだ笑顔でそう語る鬼山に謙信は一瞬我を忘れそうになる。

怒りに任せて戦っても勝てる相手ではない。そして怒りをなんとか抑え込んで絞り出すように謙信は質問をする。


「その子は…生きているのか?」


「知らん。もう興味ないし。ただこいつのこの姿見せてさっきの奴らが絶望するのを見たかったから連れてきただけやし。」


「そうか…。もういい。その子を返せ。」


「ほな奪ったら?」


隙だらけの鬼山に対して謙信が一気に距離を詰め、そして鬼山の腹に思いっきり前蹴りをする。

謙信の足のつま先が鬼山の水月に深くめり込んでいく。その威力で鬼山は思わず雪の髪から手を離し、雪を手放してしまう。

そのままの勢いで吹き飛ばされて膝をつく鬼山に謙信は上からこう吐き捨てる。


「楽に死ねると思うな。外道が。」


鬼山は口から血を流しながら不気味に笑う。新しい獲物が目の前に現れた歓喜に身を任せながら。

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