第3話 凛桜の夢
東京某所にて。
朝方、まだぐっすりと寝ていた三嶋のスマートフォンに着信が入る。
その鬱陶しい着信音にイライラしながらも三嶋は重たい体を起こす。時計を見ると朝の6時を少し過ぎたぐらいだった。
着信画面を見ると羽山の秘書をしていた中田からだった。
苛立ちを少し抑えつつ電話に出る。
「もしもし、一体こんな朝っぱらからなんなんだ?」
「み!三島さん!大変です!羽山さんが!!」
羽山と言う名を聞いて三嶋はドキリとする。
なぜなら昨日の夕方頃に神代村から帰ってきて別れたばかりだった。
羽山の名前を聞くとあの怪しい村や儀式の事が脳裏をよぎる。
「羽山さんがどうした?事故にでもあったのか?」
「じ、事故とかではないんですが…!裏金問題など羽山さんが関わった黒い噂がマスコミに流れてしまっているらしく!証拠も揃っているのでこれが世間に公表されると…!」
三嶋の頭の中は真っ白になった。
羽山が政治家らしからぬ怪しい動きをしていたのは分かっていたが、党内でも絶大な権力を羽山は保持していたため三嶋は羽山を選んでついていっていたのだ。
電話口から中田の慌てた声がする。
「と、とにかく三嶋さんも今すぐに来てほしいので連絡しました!」
「わ…分かった…。準備をしたらすぐにそちらに向かう。」
そう言って三嶋は電話を切った。
絶望の中、髪の毛をクシャクシャにして膝から崩れ落ちる。
「なんでこのタイミングで!!羽山の野郎!!やっぱりあんな儀式意味がなかったじゃないか!!」
三嶋は自分で言った『儀式』という言葉に引っかかる。
頭の中を整理しながら冷静に考えようと必死になった。
(まず羽山は『内閣の支持率を上げたい』とあの女に願った。どうやって支持率を上げるとか細かい設定はできるのか?
いや、今はそんな事を考えている暇はない。このままでは羽山は辞職に追い込まれてしまう。願いとは真逆の事が起こってしまう。
自分が次期総理になるために羽山についていったのに…!クソ!このまま羽山が総理の立場を追いやられてしまった後に総理の席に座るのは…)
次の総理になる人間の事が頭に出てきた瞬間。あの儀式の願いから今の羽山に起こったこの状況に1つの答えが出ようとしていた。
「次の総理は『内田 幸雄』…。」
『内田 幸雄』とは民進党の中においてまだ50代と若手だが、党内の悪しき風習を根っこから正そうと行動している議員だった。
そういった姿を国民は見ていたため、国民からの支持も厚い人物である。
その努力のおかげで今では内田の派閥は民進党内でも羽山の派閥の次に大きくなっていた。
「確かに内田が総理になれば内閣の支持率も回復するだろう…。」
これで『支持率の回復』という願いは叶う事になる。
しかし、このままでは羽山はもう政治家としては生きていけない。
「願いの代償か…。いや、その代償を回避するためにあれだけの大金を身代わりにしたと羽山は言っていた!クソ!もうあれこれ考えていても仕方ない!」
三嶋は急いで準備をして家を飛び出していった。
自分にも火の粉が降りかかるのではないかという恐怖に怯えながら…。
・
・
・
場所は変わって『神代村』。
社の中で百合が1人で御神体に手を合わせている。
「もう6月だというのに肌寒いですね。」
百合が独り言のようにそう呟くと社の大きな柱の影から坊主頭の黒いスーツを着た男が現れる。
この男の名は神代家に仕える黒装束の頭領、
『本多 謙信』
である。
「百合様、羽山が失脚に追い込まれているという情報が入ってまいりました。」
百合はそれを聞いて正座をしたまま謙信の方へ体の向きを変える。
そしてあの怪しい笑顔を浮かべ、
「願いの代償ですか…。自分の支持率を上げて政治家を続けていきたいという願いに対して、支持率が上がっても政治家を続けていけなくなるという代償。まさにプラスマイナス0ですね…。いえ、あの人にとってはマイナスですか…。」
全て分かっていたかのように百合は話した。
語っている百合の目は落胆したかのように力なくゆっくりと1度閉じた。
そしてもう一度目を開けて真剣な眼差しで謙信を見る。
「謙信、凛桜から目を離さないようにお願いしますよ。神宿の手の力は人を滅ぼしてしまいます。人から願いという欲望が尽きない限り…。」
「はい、おまかせを…。」
そう返事をして謙信は百合の前から姿を消した。
社で1人になった百合は御神体の方を見つめながら呟く。
「『ハカナバナノカミ』様。凛桜は一族悲願の願いを叶えてくれるでしょうか…?」
その百合の質問は静寂の中に溶け、そして消えていく。
人の願いのように…。
・
・
・
「ねーねー!凛桜!あたし外に出たらダメなの??」
押し入れの隙間から奏が顔だけ出して凛桜に質問する。
奏の危機感の無さに凛桜は困ったように答える。
「ダメなんです。本当に私の家は特殊で…。外から来た人は絶対に入れたらダメって言われてるんです!」
「なんで?」
必死な凛桜に対して奏は鼻をほじりながら軽く質問を返す。
これには自由云々ではなくただただガサツなだけではないのかと凛桜は困惑した。
神代家の事について話す事は禁じられているが、このまま何も説明しないと奏は今にも部屋の外に出ていってしまいそうだった。
「仕方ないですね…、私の家について少しだけお話しておきます。ただ!!絶対に他言無用ですからね!」
「オッケー!教えて教えて!」
その軽いノリに凛桜は頭を抱えながら『はぁ…』とため息をつく。
気持ちを切り替えて凛桜は奏に説明する。
『神代家について』、『神宿の手について』、『この場所が完全に国によって隔離されていることについて』、それを短く、だが分かりやすく奏に伝える。
「こういった色々な理由で奏さんは足が治ればこっそりと逃げ出してもらう事になります。」
「そしたらさ、あたしって見つかったらどうなるの?」
「迷い人が来た際には、黒装束の者に怪しい香を嗅がされて記憶を消された状態で遠くの山に捨てられるか、その場で殺されます。というか、さっきの私の話を信じてくれてるんですか?」
どうせ信じてもらえないと思いながら話をしていた凛桜は、あっさり受け入れている奏を不思議に思った。
「ん?だって凛桜は嘘つくタイプじゃないじゃん。それにこの場所の説明してる時…すごい悲しそうな目してたし…。嘘を言ってる人にはできない目だったから。」
自分の気持ちを見透かす奏に凛桜は泣きそうになった。
かごの中の鳥のように自由無く神代村に縛り付けられていた自分。神代のためだけに生きて、そして死んでいく運命。
そんな毎日が凛桜は本当に嫌で嫌で仕方がなかった。
凛桜が本当にずっと欲しかったもの、『友達』と『自由』。
奏なら全て分かってくれるような気がした。
しかし、その気持ちをグッと抑える。それほどに神代家の呪縛と教えは凛桜を縛り付けている。
なので本当の自分の気持ちを隠しながら話を続ける。
「そうですか…、信じてもらえて嬉しいです。だからできる限り早くここから逃げた方がいいので…。」
泣くのを堪えるために奏に背を向けながら話す。
奏と真正面から話すとまた心の中の『本当』を見透かされそうで怖かった。
すると奏から思いも寄らない答えが返ってきた。
「凛桜さ…、この場所嫌いでしょ?」
それを聞いて、『そんなことない!』と言いながら凛桜が振り向くと押し入れにいたはずの奏が目の前にいた。
「一緒に逃げ出そうよ!」
「え……?」
「一緒に外の世界に出よう!!あたしが連れて行ってあげるから!!!」
「ぜ、絶対に無理ですよ!」
「ずっと…ここから飛び出したかったんじゃないの?」
凛桜にとって生まれて初めての対等に話をしてくれる人。神代家がどうだとか考えずに話せる人。自分の本当の気持ちに気付いてくれる人。
そんな色んな事が一気に頭の中を駆け巡る。
もう凛桜が涙を堪えることは無理だった。
自然とポロポロと流れる涙をそのままにクシャクシャになった顔のまま凛桜は奏に訴える。
「ずっと…ずっとここから外の世界に行く事が私の『夢』だった!全てを捨ててでも私は広い世界を旅したい!」
凛桜の本当の気持ちを聞いた奏は飛びっきりの笑顔でこう答えた。
「まかせろ!凛桜の『夢』はあたしが叶えてあげる!」