第26話 受け継がれる想い
母が涙を流すところなど初めて見た凛桜はどう言葉を掛けて良いのか迷ってしまった。
頬を流れる涙を着物の袖で上品に拭く百合。そして涙を流した事が無かったことのように話を進める。
「私達神代の女は神宿の手の力を持つ事から、巫女だとか神の使いだとか持て囃されてきました。名も『神の代わり』と呼ばれていたことから由来しています。
人々の願いを叶える尊き者として…。」
そこで言葉は途切れ、怒りからか悲しみからか小さく身体を震わせる百合は、今までの冷静さとは違い、溢れる感情を言葉に乗せて声を荒げる。
「何が神の力でしょうか!人々の願いを叶える尊き存在!?代償により皆を不幸にするこの力が!?
都合良く利用され、鳥籠が如きこの村に幽閉される私達が!?
幾千幾万の恨みを身に受ける辛さを誰が分かりましょうか…。」
「お母様…。」
「こんな呪われた力を自分の代で終わらせようにも子を孕まされ…そして力も自然と子に受け継がれていってしまう…。
歴代の当主は皆こう思っていました…『この力を打ち消し、自由へと解放されたい』と…。
それぞれが色々な事を研究し、考え、実行してきましたが力が消える事はありませんでした。
しかし、外の世界に触れたあなたになら成し遂げられるかもしれない。桜の光を現せたあなたになら…。そう想いを込めて名前も付けましたしね。」
「私の名前にそんな意味が…。
お母様の気持ちは良く分かりました。そんな想いが代々受け継がれてきていたとは知らずに勝手な真似をしてすみませんでした…。
でも私にはどうすればいいかなど微塵も分かりません。あの時も何故桜色に光ったのかも…。」
百合は立ち上がり、儚花ノ神の御神体の前に置いてある小さな棚の引き出しを開け、そこから数冊の古びた本を取り出した。
それを凛桜の前へと置く。そしてまた座り直し話し始めた。
「その本は歴代の当主が力について書きまとめたものです。当然私も全て読みましたがこれといって何かヒントがあるわけではなかった。
しかし、それを読めばどれだけの強い想いが込められているかよく分かると思います。」
凛桜は本を静かに取り上げ、真剣な眼差しでそれらを読み始めた。
ほとんどの本が墨で字が書かれており、古いものは読み解くことも困難な文章であった。
そしてよく見ると、所々文字が水滴か何かで滲んでいるように見える。
その部分を凛桜は指でなぞり、胸が締め付けられるような気持ちになった。
なぜなら、それが涙が落ちた跡だと理解できたからだ。
「これは…凄まじい歴史だったのですね…。我が子を想う母の気持ちが伝わってくるようです…。」
「私はあなたに外の世界を知ってほしくなかった。夢など抱いてほしくはなかった。
知ればこれから先、余計に辛い思いをすると思ったからです。あなたが村を出ていく時…辛く当たった事は謝ります。
しかし、外に触れたあなたは希望を手にして帰ってきた。」
「謝らなくても大丈夫です。お母様にも思う事があったというのが分かりましたから…。
でも…希望…ですか…。その桜色の現象がどう関係するのですか?」
「今までの事象をまとめて気付いた事があります。
願いとは人の『欲望』、夢とは人の『希望』。
願いを叶える時は白く輝き、夢を叶える時は桜色に輝く。
あなたが桜色に輝いた時、相手は願いではなく、夢を胸に抱いていたはず…。」
「そんな法則が…。でもそれをどうすれば力からの解放に繋がるのですか?」
「神宿の手は本人の『願い』を叶えることはできない。でももし、そのルールが根本的に間違っていたとしたらどうです?純粋な人の夢ならば力を使う本人のものでも叶える事ができるとしたら。
力を持つ本人の夢を叶えた時にのみ桜色に輝く。
それなら相手が代償を負わなかった理由にも説明がつきます。
あなたが桜色の輝きを出せた時、相手の者の夢に同調していた可能性があります。」
「それが本当にできるのなら…。」
試しに凛桜は心に強く『神宿の手の消去』を思う。
だが何も変わらず光さえ放つ事はなかった。
「ダメ…みたいです。」
「簡単な事ではないという事です。今まで神代の女達は外の世界と交わるという事はしてきませんでした。
でも凛桜、あなたは外に出て色々な人の想いや夢に影響を受けました。あなたにならできると思います。力以外にとてつもなく大きな重荷を与える母を許して下さい…。」
『それでは昼食にしましょう。』と百合は先に本殿から出ていく。
しかし凛桜は御神体の前まで行き、儚花ノ神の顔を見つめる。
それはとても悲しそうな顔に見えた。今の百合の話を聞くとまるで悪神のように感じてしまうが、それは違うと凛桜は確信している。
初めは人々の『希望』を叶えていたはず。それがいつしか変わり、人々は『欲望』を叶えることを神に望んだ。
そして最終的には神をも殺し、人は扱いきれないほどの力を得た。
その後も権力者達の良いように扱われる末裔を見て、このような表情になっているのではないか。
「人の夢と書いて儚い…か…。私の夢は…。」
自分の夢の事を考えると奏達の顔が頭に浮かぶ。
みんなと普通に過ごしたい。ただそれだけだった。
そんな思いにふけりながらパラパラと先程の先人たちの残した本を読む。
そこに自分でも読める気になる内容の一文が目に留まる。
『新しく始まるには過去を消す必要がある。それはなんとも難しい事か。強く想う夢ほど…。』
「なんだか前に桜の木の下で奏が言ってた事と似てる。なんだっけ…『花びらは空を舞うには一度散らないといけない』だったかな…。」
変わるにはまだ何かが必要なのだろうと凛桜は結論を出し、御神体に一礼をしてから皆の居る客間へと向かう。
そこには昼食を食べ始めたところの奏達が居た。
凛桜が姿を見せると奏が1番早く反応して立ち上がり、凛桜の元へと駆けつけた。
「凛桜!大丈夫!?何もされてない!?」
「うん、大丈夫。お母様から力について色々聞いただけだから。もしかしたらこの力を消す方法もあるかもしれない。この力さえ無くなればみんなともっと一緒に過ごせる。私はそのために戦うって決めたんだ…。」
「それならあたし達も一緒に戦うから!ね!?みんな!」
奏に呼応するようにみんなが『当然!』と言ってくれる。
そこに百合が遅れて部屋へと入ってきた。先程凛桜といた時のような感情は表情には見られず、いつもの冷静な顔つきで。
そんな百合の姿を見た奏は萎縮してしまっている。
「なんですか?クソババアは一緒に食を共にしてはいけないのですか?」
「あ…いや…その…その節は本当にごめんなさい…。」
そのやり取りを見て雪がまたケラケラと笑っている。
百合が雪へと目をやるとピタリと笑うのを止める。
そして百合の視線はアマネへと移る。
「アマネさん。雪を頼みますよ。謙信から詳細を聞きましたがその子はもう神代では働く事ができないと思いますので。」
「もちろんです。任せてください。」
アマネは笑顔で百合の言葉に即答で答える。
その顔を見た百合はアマネを信用し、安心したのかそれ以上何も言わず席に座る。
「みなさん、これからも凛桜の事をどうかよろしくお願い致します。」
そうやって百合は奏達に向かって深々と頭を下げた。
それを見た全員は予想外のことに面食らったが、『こ、こちらこそ!』と慌てて返答したのだった。
そんな母の姿を見た凛桜は居てもたってもいられず、百合の傍へと行き、
「お母様!私が必ず神代の願いを…いえ!夢を叶えてみせます!」
と、涙ながらに誓うのであった。
その後はみんな食事を終え、今神代村を出ても危険だからということで『もう少しゆっくりしていきなさい』という百合の言葉に甘え、それぞれ部屋に戻ろうとしていた。
そして雪と一緒に散歩でもしようと立ち上がったアマネを謙信が呼び止める。
「すまないが少し良いか?話しておきたい事がある。」
「ええ、良いですよ。」
アマネは謙信の頼みを了承し、心配そうに見ていた雪を置いて、2人で建物から離れた場所へと移動する。
辺りに誰も居ない事を確認した謙信はアマネに呼び出した理由を言う。
「雪について話しておきたい事がある。」
雲一つない青空を見上げ、遠い目をしながら謙信はぽつりぽつりと語り出した。




