第25話 儚花
朝日を背に受け凛と立つ百合に、皆言葉を忘れて見入ってしまう。
周りの景色と相まってまるで百合が神様のように感じていた。その神々しさを身にまとった百合に対して何も臆すること無く凛桜は言葉を返す。
「ただいま戻りました。お母様。」
奏達から見た凛桜の背中には都会に浮足立っていた少女の姿はなく、それは大きな決意を背負った心強い後ろ姿に見える。
「短い間で見違えるようになりましたね。あなたをそこまで成長させたのは後ろの方々かしら。あの日あなたを連れ出したお嬢さんもおられますね。」
百合が首を横に倒し、覗き込むように凛桜の後ろを見た。全員を一瞥すると、奏をじっと見つめる。その目は冷たく恐ろしいものであったが、奥には何故か悲しみのような感情が隠れているような気がした。
奏はあの時と同じ様に百合に飲み込まれないよう強い語気をぶつける。
「用が済んだら凛桜は絶対に連れて帰るから!」
「そうですか。それはこれから私が語る話を聞いた後、もう一度凛桜に聞いてみれば良いでしょう。」
奏はかましたつもりでいたが、ニコリと微笑む百合にその気持ちは流されてしまったと悔しさで拳を握りしめた。
「それではみなさんお疲れでしょう。寝床を用意しておりますので一度お休みになって下さい。」
「私は大丈夫です!だからお母様が私に聞きたいことがあるなら今ここで!」
「話はその事だけではないのです。私からも凛桜に伝えなければならない事があるので…。今のあなたの呆けた頭では意味がありません。なので一度休んでから正午に本殿に来るように。ではこの方達をご案内しなさい。」
百合は有無を言わせない態度で話し終わると女中達に目配せをする。
それに応じて凛桜達に向かって女中は『こちらへ』と案内を開始した。
「良いんやない?みんな飲み会後でしんどそうやし、集まってればきっと大丈夫よ。」
アマネの言う通り、確かに全員の顔からは疲れが見て取れる。危険を伴うことになるかもしれないが今の体調のままでは同じ事である。
仕方なしに全員で女中の案内に従い寝床へと向かう。
こうして広場を去っていく凛桜達の後ろ姿をジッと見つめる百合と謙信。
「確かに凛桜は桜色の発光を見たと言っていたのですね?」
「はい。そう仰っていました。」
「そうですか…。では明日、凛桜だけを連れて本殿へ連れてきなさい。」
「分かりました。」
そう言うと静かに踵を返し、自分の屋敷へと歩いていく百合。神代の歴史が大きく変わろうとしている事を感じ、足取りは何かに引っ張られているかのように重かった。
そして寝床に着いた凛桜達は、やはり疲れが溜まっていたのか布団に入ると全員がすぐに深い眠りについてしまっていた。
それぞれが1人になると危険ということで、個人の部屋がある凛桜も雪も同じ部屋で睡眠をとっていた。
そんな中、奏はある夢を見る。
凛桜が大きな大きな光に包まれて、『これでいいの』と奏に語りかけ、優しい笑顔の頬に涙を流しながら光に飲み込まれて消えてしまう。
「凛桜!!!!」
そう叫びながら何かを掴むように手を前に出し飛び起きる。
驚きで鼓動が早くなり、はぁはぁと肩で息を切らせる奏の頬にも涙が流れた跡があった。
そして我に返り、周りを見渡すとその騒ぎでも目を覚ましていないマリア、アマネ、雪の姿があった。
しかし隣で寝ていたはずの凛桜がいない。
慌ててスマホを取り出し時間を確認すると正午を少し過ぎた所であった。
「凛桜を探さないと!」
「待て。」
奏が起き上がり外に出ようとすると、部屋の横の縁側から謙信の姿が現れる。
「凛桜様は百合様と本殿で大事な話をしている最中だ。お前達はここで待っていろ。」
「そんな事言って凛桜に何かあったらどうするの!?どいてよ!」
奏と謙信の掛け合いで他のみんなが目を擦りながら起き上がってくる。
「一体どうしたのよ。」
「凛桜が1人で行っちゃったんだよ!すぐに追いかけなきゃ!」
「あんたね、凛桜は覚悟を決めて行ったんでしょ。それにあたし達が行ってどうなる?あたし達が出来ることはドーンと構えて、凛桜の出した答えを待つしかないのよ。」
「そうだけど…。」
マリアに諭されそれが正論だと分かっているが、先程の夢が気になり奏は心配でならない様子だ。
本殿の方向を見ると、胸騒ぎは一層激しさを増すのであった。
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そして本殿で向かい合い座る凛桜と百合。
2人の真剣な表情と重苦しい空気は母娘が向き合っているとは思えない。
そんな状況に耐えきれず、先に口を開いたのは凛桜だった。
「お母様、桜色の発光について聞きたい事があったのではないでしょうか?」
「そうね。でもその前に話しておかなければならない事があるの。あなたも知っていると思いますが、『ハカナバナノカミ』とは『儚花ノ神』と書きます。」
「それは知っていますが何か関係があるのですか?」
「儚花ノ神は日本の神の中でも最も人を愛し、人の願いを叶えてきた神なのです。それは地上に降り立ち、人と交わり子を産む程に。その時産まれた女の子が我々神代家の始祖とされています。
当然その子には神宿の手の力が備わっており、儚花ノ神に代わり数々の人の願いを叶えていきました。
しかし、段々と人々はその力を恐れるようになり、儚花ノ神を殺してしまうのです。」
「人によって殺されたのですか!?そんなの初耳です…。」
「こういった真の歴史は当主になってから教える予定でしたから。
そして母でもある儚花ノ神を殺された娘は悲しみで七晩通して泣き崩れ、人々への憎悪を増幅させていきます。
それからも有用とされた娘だけは生かされ、変わらず権力者の願いを叶えさせられ続けるのですが、この頃から願いに対しての代償が発現したと記録に残されています。」
「では初めから代償を伴うものではなかったのですか!?」
「そうです。儚花ノ神が居た頃は桜色に輝き、殺された後は白色に輝くようになったみたいですね。」
「だから私が桜色の光を出した事を気にされていたのですか…。」
「代償は娘の憎悪から生まれたものだと思っています。それから今日迄この呪われたような力が受け継がれていくようになるのです。
ただ、近年で言えば1945年に桜色の発光の記録が残されています。」
「1945年って…。」
「第二次世界大戦が終結した年です。その当時の当主は私の祖母、あなたにとっては曾祖母にあたりますか。
その祖母の元にある人物が『日本の敗北』を願いに訪れるのです。」
「ある人物?」
「昭和天皇様です。」
思いがけない人物に凛桜は驚きを隠せないでいた。
「昭和天皇様は長く続く戦争で国民が苦しむ姿をずっと見ておられました。
原爆を落とされ、それでも戦争を止めまいと息巻いていた軍部を見て、神代を訪れる事を決めたのです。」
「でも何故敗北を願ったのですか?勝利であればなお良かったと思うのですが…。」
「あんなボロボロの状況の日本が勝利する。その願いにどれだけの代償を支払わなければならないと思いますか?
それなら日本の敗北という願いの方が代償が少なくなるとお考えになったのだと思います。
そして願いを叶える時、昭和天皇様はこう言ったそうです。『国民の皆様が平和で暮らせる国になって欲しい。それが私の夢です』と。
すると祖母の手から出たのは桜色の光でした。その後日本は終戦し、敗北という形で戦争を終えました。祖母は桜色の光については気になっておらず、願いの代償は『天皇が君主から象徴に変わる』だと考えていたみたいですね。
しかし、これだけの願いの代償としては少し安い気がします。なので、桜色に光った事実と儚花ノ神が居た頃の史実と合わせると、代償なしで願いが叶ったことになります。」
「夢…。人の夢と書いて『儚』…。」
「私はそこに何かヒントが隠されていると思うのです。その桜色の謎さえ解ければ私達神代の女が代々抱いてきた願いを成就させる事ができると…。」
「神代の…願い…?」
「神宿の手の力からの解放です。」
百合はそう言うと気丈な顔はそのままに、左の目から一粒涙を流すのだった。




