第21話 桜木の気持ち
アマネは一旦奏と凛桜の紅茶とコーヒーを淹れにキッチンに行く。
凛桜、奏、雪の残された3人の間に手持ち無沙汰の何とも言えない沈黙が流れる。
アマネから経緯を聞いたとはいえ自分の命を狙われていた奏からしたら未だに気が抜けない状況である。
狂薬のせいとはいえこの街に来てから雪は犯罪も犯している。その罪はどう償うのか、そんな事ばかり奏は考えてしまっていた。
そんな気まずい空気を和らげるアマネの『おまたせ』という声が聞こえた。
アマネはコーヒーを奏に、紅茶を凛桜の前に置く。
一旦雪の身の回りの事を考えるのを止めて落ち着くために美味しい香りを振り撒くコーヒーを一口流し込む。
そして雪が謙信から聞いていた情報を喋りだした。
「えっとね、お嬢は羽山って覚えてる?」
「うん、あの支持率がどうって願いをした人だよね?」
「そうそう、そのおっさんが何かややこしい連中にお嬢を探させてるみたいなんだよね。」
「そんな…。私を一体どうしようっていうんだろう…。」
「そこは分かんないけど相当恨まれてるみたいだね。お兄ちゃんはさ、基本的には1人で全部解決しちゃうんだけど、今回は初めて雪を頼ってきたから相当やばい奴らなんじゃないかな。」
「どうしたら良いんだろ…。もう神代に帰った方が良いのかな?このまま居たら奏にも…みんなにも迷惑かけるだけだし…。」
雪からの情報を聞いて意気消沈した凛桜は視線を落とし、膝の辺りのスカートをギュッと握った。
そんな凛桜を見て奏はさっきまでの雪に怯えていた顔とは違う凛々しい顔で答えた。
「凛桜はどうしたい?自由に決めて良いんだよ。」
「私…は…。」
本当の事を伝えたい凛桜だが未来の事を考えるとどうしても言葉に詰まる。
「あたしは凛桜と初めて神代村で会った時に約束したでしょ?」
凛桜は奏のその言葉で初めて凛桜の部屋で会った時の場面が頭に思い浮かぶ。
自分の事を受け入れて約束してくれた『夢を叶えてくれる』という奏の言葉。
1回も忘れたことがない、自分に1番勇気を与えてくれた言葉。
このまま自分がこの場所に留まれば全部失ってしまう恐怖を超える勇気を持って凛桜は奏に伝えた。
「私…やっぱりここに居たい!奏やアマネさんやマリアさん…みんなに出会えて本当に幸せだから!でも…でもね…」
最後に尻すぼんでいく凛桜の言葉を遮るように奏はまた凛桜に自由と勇気を与える言葉をプレゼントする。
「じゃあずっと居ればいいじゃん!あたしは約束を守るから!凛桜の夢を叶えてあげるって約束!」
「いいの…?」
「いいよ。その代わりあたしの夢にも付き合えよな!」
「うん…。」
涙ぐみながら笑う凛桜にアマネの優しい手が頭を撫でる。
それを見た雪は嫉妬にまみれて下唇を噛む。
「雪も!雪もお嬢を守ってあげるから!情報もできるだけ集めてみる!」
「雪さん…ありがとう。」
雪もアマネから頭を撫でてもらい非常に満足気だった。
奏と凛桜はお互いの気持ちを改めて確かめ合い、信頼をより深めていく。
そして2人は紅茶とコーヒーを飲み干し、詳しい情報が入るまでは外出をできるだけ控えるということで話はまとまった。
「じゃああたし達は一旦帰りますね。」
「あら?則夫ちゃんとお祝いするんじゃなかった?」
「なんか…今は2人で居たい気分なんです!マリアさんには上手いこと言ってて下さい!」
「ふふふ、分かったわ。気をつけてね!」
こうして2人はアマネの店を出て散歩がてら歩いて奏の家を目指した。
何か話すでもなく、2人はゆっくりと風や景色を楽しんで歩いている。沈黙が痛いのではなく、この2人の空間が凄く心地良いと感じていた。
すると2人の前に大きな公園が見えてきた。
それは少し錆びれた遊具が立ち並んでおり、真ん中の広場には青々とした葉をつけた大きな木が立っている。
奏を先頭にその公園へと歩を進め、中に入ると中心の木のところへと向かう。
「ここね、あたしが曲作りに息詰まったらよく来てた公園なんだ。この木の下でギターを弾いてると良いフレーズが浮かんだりするんだよ。」
「へー!そうなんだね。これ何の木?」
「桜の木だよ。春にはいっぱい花びらつけて綺麗なんだよね!」
「ふーん…。桜ってすぐに花が散るからなんか切ないよね。自分の名前にも桜って字がついてるから余計感慨深くなる…。」
「そうかな?あたしはさ、それはそれで自由で良いと思うんだよ。だって花が散らないとずっとそこにしか居れないんだよ?花びらだって空を自由に飛びたいとか思ってるかもしれないじゃん!だからその夢を叶えるため1回散って、『これでもか!』ってぐらい空を舞うんだよ!そんな気持ちが籠もってるからこそ桜吹雪は凄く人の心を打つんだと思うんだよね。」
「それ良いね!私もそんな桜みたいになれるかな…。なりたいな…。」
「絶対なれるって!だってさ…!」
奏はそこまで言うと何か思いついたらしく言葉を止めて少し手を顎にかけて考える。
「ねぇ…凛桜のおかげであたしがずっと作りたかったコンセプトの曲が作れそう…。ちょっと!早く帰ろう!」
「えっ!?えっ!?奏!急にどうしたの!?ちょっと待ってよ!」
凛桜を置いてダッシュで公園を出て家へと向かう奏を凛桜は慌てて追いかける。
2人にとって最も大切な曲が生まれるとはこの時は思いもしていなかった。
奏達が居なくなった後、桜の木は風に大きく揺れて葉の擦れ合う音を奏でる。それはまるで2人を応援し、静かに見守る様に…。
その頃、『カランカラン』とアマネの店のドアが開く。
「ごめーーーん!おまたせーん!!」
と、勢いよくマリアがバリバリのオネエの格好で登場する。
その勢いと姿に手練れのメイドさん達も少々固まってしまっている。
そんな先輩方を見かねて雪がみんなを守るように前に出てきた。
「出たな!!バケモノ!!お兄ちゃんが言ってたヤバい奴ってのはお前だろ!!雪が成敗してやる!!」
「なによこの子!!失礼にも程があるでしょ!!」
その異様な大声を聞いたアマネがキッチンからひょっこりと顔を出す。
「あら!則夫ちゃん!奏ちゃん達ならもう帰ったわよ!2人で居たいんだって!まぁせっかくだし則夫ちゃんもなんか飲んでいったら?」
「なによもう!!あと本名で呼ばないでっていってるでしょ!!」
こうして少しの間、平穏な日々が続いていくのである。
それはこの先に起こる大事件へのしばしの休憩のように…。




